(05)
――亡霊が、啼いた。
「――――っ!」
多重性コープスなどと呼ばれた「枯れた魔術師」が、遠慮なく俺に突進する。
俺はそれを半ばまでも瞠目しながら確認し、他方、バン・ブルンフェルシアはただすらに、静かな目で戦況を俯瞰していた。
「(っていうか! こんな魔術師ルックで接近戦なのか!?)」
或いはそもそもからしてタイマン勝負だ。(たぶん)長々と詠唱とかしなきゃいけないんだろう魔法が、こんな近距離戦闘で出張ってくるはずもないのか。
さて、亡霊は――、
「っ!」
――地を這うように奔り、
「(体当たりっ!?)」
……をする直前で、俺の後方へとそのまま逃げるように身体を翻す。
それは、「屈むように俺の視界を切り、攻撃のしづらい場所へ身体を持っていく」という、明確な「体捌きの技術」であった。
「(達人の
俺はそちらへ蹴りを放つ。ただし、目算も曖昧なうえに向こうはしっかりと重心を下げた体勢であって、俺の一撃はあっけなく亡霊の片手に収まる。そして……、
「 」
隙間風のように小さな囁き声。
――否、それは詠唱であった。
遅れて俺はそちらを見る。ミイラじみた貌の昏い眼孔の最中に、俺は「四つの瞳を見た」。
亡霊が啼き、こちらに「杖」を構える。小ぶりな杖で、もはやタクトと言っていいサイズ感である。それが、煙を放射した。
「ッ!?」
ゼロ距離によるその噴射が、したたかに俺の顔を打った。
反射的に俺は片手で顔を守るが、しかし痛みや違和感は感じない。
「(視界に問題はない? 粒子の粗い煙なのか? しかし、だったら、どうしてここでそんなものを打つ?)」
言っては何だが、このタイミングは完全に俺の虚を突いていた。
俺はまるで何も知らぬガキのように
ここで、最高の
……いや、
「(なん、だ?)」
ぱしゅ、ぷしゅ、と音が鳴る。
俺の周囲、全方位から。
「(……腐食してる? 無機物だぞ?)」
それは、通路の壁や背後の船底が泡を出して解け落ちる音だった。
酸味のあるような不快なにおいが鼻を突き、それが俺に頭痛を催す。
しかし、――どうやら幻痛だ。俺のスキルは滞りなく身体的弊害を纏めてシャットダウンしている。
なるほど、
貴様の目的はそう言うことか、バン・ブルンフェルシア。
「……テメエの魂胆、分かったぞこの野郎」
「……、……」
俺は、未だ掴まれたままの足を乱暴に振り回して亡霊を蹴り飛ばす。
そうして、無様に尻もちをついたソイツを組み敷き、拘束する。
「だから俺からも大サービスだ。無駄だからやめとけ」
――そう、
そもそも、先の俺の疑問は的外れであったのだ。
この亡霊は、はっきりと俺を殺すつもりで魔法を選んだ。
……あの煙は中途半端な煙幕などではなく、拡散範囲を腐食させるような類の「攻撃」であった。
ならばつまり、――バンが俺に求めるのは「交渉の類」ではなく、「解剖」の方だ。仮説検証として一つ、ここに「バンは俺の散歩スキルを知っている」という前提条件を放り込んでみれば、どうだ。
当たり前に食らえば滞りなく死ねるような攻撃を、敢えて足止めするような真似までして引き留めた俺にぶつける。その矛盾は、俺のスキルに限っては矛盾ではない。
彼、バンは、俺のこのスキルの「限界値」を「解剖」しているのだ。仮に俺に敵対者がいるならば、そいつは何よりもまず俺の不死性についてを考慮すべきであるからして。
さてと、では、
……ここで改めて、滅茶苦茶なピンチに俺は陥ったことになるわけだ。
「(うわあ、これ、シンプルに物理的な拘束をされたら流石にヤベエんじゃねえの? 簀巻きにされて海にドボンとか、俺永遠に深海魚とお喋りしてるしかなくなっちゃうんだけど……っ!?)」
ゆえにひとまずは挑発をしておいた。俺的にはここで何としても、「もういいやめんどくさいからコイツ一旦簀巻きにしよう」って展開を避ける必要があるゆえに。
ってことではてさて、どう出るか。
――彼は、しかし、
「――じゃ、次のプランだ。試してくれ、君」
と、それだけ言った。
「ッ!!??」
足元の質量が消失する。亡霊が、マジの亡霊のように一瞬にして消えた。
いや、その光景を俯瞰して思い出せば少し違う。亡霊は、たった一瞬だけ「四つの霞」に分かれて、そして、
――今、間抜けな格好で地に伏せている俺を、ただ目前にて見下ろしていた。
「(やっべぇ……ッ!!)」
遅れて脳内に鳴り響くアラーム。しかし遅い。亡霊が宙をノックするように二、三度杖を振ると、杖が、錫杖に変わる。俺はそれを、時間さえ停滞したような感覚で以ってただ眺めていた。
亡霊が錫杖を片手で掲げ、その切っ先をこちら向けて、――振り下ろす。
「ぅおっ!!?」
そしてそれが、俺の心臓部分を突き刺し抜けて地面を穿つ。反射的に暴れようとする俺だが、錫杖に縫い付けられては虫のようにもがくのが関の山であった。
「(痛いっ? あっ、よかった痛くない! いやでもこれ心臓に悪いなぁ!)」
他方亡霊は、更に複数本の杖を「虚空」から取り出した。
片手に三本ずつ、合計六本の杖の先端がこちらに照準を合わせる。
俺は、
「……あー、ちっくしょう!」
ベルトのホルスターを引きちぎるように開ける。そうして中から転がり出てきたのは例の起爆石だ。それらがころころと、間抜けな音を立てて――、
「(しゃーない起爆!)」
――強い光が裏路地通路を染め上げる。
……周囲の破壊は出来る限り避けたかったが、この状況では流石にこだわっていられない。
なにせ、わざわざ俺を地面に縫い付けてまで行うような「攻撃実験」だ。そんな本命筋を受けて「無傷で済ませる俺」を確認すれば、バンはそれこそ本当に「簀巻き」の一手に出るかもしれない。
……或いは、あの六本の内一つにでも「楠木の短剣のような性質のもの」があれば、それで本当に俺はお終いだ。ゆえにどうあっても「この状況」は好ましくない。
「――――っ!」
「 」
亡霊の啼く声が爆音に上書きされる。小規模な爆発ではあるが、この狭い空間で「絞られた指向性」が、俺も亡霊もまとめて巻き上げ、吹き飛ばす。
がいんっ! という大音量は、俺が後方の船底に叩きつけられた音か。見れば亡霊は、先ほど蹴り飛ばした時のように尻もちをついていて、しかし痛痒の様子は見られない。
ならば、……今しかない。
俺はそのまま走り出し、伏した亡霊を飛び越えて階上のバンへ接近する。階段を三段飛ばしに、両手には起爆石を握りこんで、
「(……ごめんね街の人! この辺壊します!)」
「……、……」
対するバンに、焦りの表情は浮かばない。俺は構わず起爆石を投擲する。……その数は8つ。右手の投擲分はまっすぐに全力投球で、左手の投擲分はやや放物線の軌跡を描いてスロウに飛ぶ。それぞれをちょうど、同じタイミングでバンの前後にて起爆させるためだ。
……まずは、爆風の暴威と閃光の目つぶしでバンの思考と視界を殺す。それで俺は、爆炎を突っ切ってそのまましっぽ巻いて逃げる。この辺の人にはあとで謝る。それでハッピーエンドだ。
さて、それでは起爆を、
――っ!?
「――――。」
彼は、あくまで冷静な表情を浮かべている。全力投石した起爆石をすべてキャッチし、放物線を描く方の石も一つ残らず手のひらで受け取りながら。
俺は、その光景に驚愕を禁じ得ない。たった二つの挙動で小石八つを捕まえ切った曲芸に、ではなく、
「(馬鹿なっ! もう起爆命令は送っちまったぞ!?)」
今まさに破裂せんと炎熱を上げる小石を、あくまで当然のようにその手に収めたことに、俺は驚愕と、そして戦慄を禁じ得ない。
――ヤバい、コイツ死ぬ!
「おい!」
「……なんだ、
――心配してくれてるのか?」
……彼の手のひらの最中にて、
滞りなく起爆を起こしたはずの小石たちは、しかしどう見ても細い煙を上げているのみであった。
「 は?」
手のひら、否。
正確に言えば彼の肘から先には、いつの間にやら小手がある。
――いや、端からあったと俺は思い出す。
「(どういうことだ? あの小手には気づいていて、でも俺の意識には上らなかった!?)」
初めから違和感を覚えろ、などというのは土台無理な話だ。小手などこの世界ではありふれているのだろうと、そう考えて済ますのが当然の思考である。
しかしながら、思い返してみればアイツは、カクテルグラスの細い柄を持つのにさえも「あの小手」を外してはいなかった?
どうしt――、
「っぶ!!??」
……そのふざけた光景に呆けたままでいた俺は、あまりにも呆気なくバンに蹴り飛ばされ、そのまま階下へと再び転がり落ちた。
痛みはないが、無理やり空気を吐き出させられた俺の肺がパニックを起こし、思考が明滅する。
「――検証はこんなものだね。君はどうやら、物理的干渉も精神的干渉も、どれにしたって効果がないらしい」
言いながらバンは、俺を蹴り飛ばした靴のつま先をとつとつと鳴らした。
「……いやあ、分かんないんじゃない? もっと試してみたら?」
一応俺は、そのようなことを言ってみるが、
「いや、君が相手の場合は、ダメ押しがむしろ悪手になる。マジで厄介だったよ、君」
「……、……」
その言い回しの違和感に、
――俺は「これまでの違和感」が線で結ばれた思いとなる。
なぜ、こいつはあの乗合所で俺と「会えた?」
なぜこいつは、敵対者であるにもかかわらず、自ら有利な立地への誘導などせず「俺に道を任せた?」
なぜこいつは俺の、「スキルの限界値を解剖する程度のために多種多様な虎の子の情報を言って聞かせた?」
なぜこいつは、
……俺の撃つ起爆石への対応に、あんなにも「最適解」を出したのだ?
常に、そうだった。
――この男は常に、俺に対する「最適解」を、
「じゃあね、付き合わせて悪かったけど。これでお終いだよ、ありがとう」
「おいテメエ、まさか!?」
「――じゃあ、
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