(04)
――ありがとうございました。
と、静かな声が僕たちの背にかかる。
ドアベルが鳴って、とすり、と扉が壁に収まる。
「(あべべべべ)」
「(白目)」
……興が乗るにもやりすぎたかもしれない。
僕は彼の肩を借り、または貸しながら死に体で階段を上る。
この店は裏路地の少し低くなったところにあって、日差しの届かない光景は陰気の一歩手前と言った雰囲気だ。
ぽつり、ぽつり、と。
足が、階上へ進む。日差しが近付いてくる。
このあたりがちょうどいい、と僕は、
彼を乱暴に突き落とした。
「ぉあ!?」
「……、……」
ごろごろと、彼が無様に転げ落ちる。
埃が上がって、煙を作る。
「なん? なんだぁ!?」
「――
言って、僕は懐のスクロールを放り投げた。
それは、宙に弧を描いて、彼の更に奥、裏路地の暗闇に落ち、――闇を暴く。
迸るような光が、狭い路地をただ一瞬だけ白に染め上げて、そして「物質」に変わる。
それは、
「――せ、船底?」
そう、彼の言う通り船の裏底だ。それがすっぽりと路地の奥に収まっている。ちょうど、先ほどのスクロールが「膨張」して、向こうの通路に収まったように。
これで、
……彼の退路は、滞りなく断った。
「お、おいッ? テメエ?」
「……、やあ、鹿住ハル? 改めて自己紹介させてほしいんだけど、いいかな?」
「 」
その表情にあったのは絶句だ。今回はそれなりに上手くいっているらしい。僕はしかし、その様子には構わず続ける。
「――特級冒険者、バン・ブルンフェルシアだ。黒幕の一人で、ひとまずの君の敵対者だよ。じゃあ、何か質問はあるかな?」
/break..
俺、バルク・アルソン改め鹿住ハルは、
どうしようもなく呆気にとられて、ただすらにその「少年」のいる方を眺めていた。
暗がりの地下から見上げる通りは日差しが強い。彼の表情が、逆光のせいで判然としない。
「……。」
質問があるか? とあいつは聞いた。
そんなもの、――いくらでもあるに決まっているだろうが。
「……、……」
まずはそう、
――どうして彼、バンは、自分と敵対しているのか、である。
俺自身はこの世界に来てからまだ日が浅い。敵対者が発生した場合に、その理由に想像できる俺の背景は複雑ではない。俺の、この世界における
さて、
「……質問を、受け付けてくれるのか?」
「大サービスだ。最初の一個だけ」
……ここで、
俺の
俺を逃がすつもりがない。そんな剣呑な状況で以って彼はどうして「対話を始めた?」
彼は初めに敵対者だと名乗ったのだ。察するにはそう、それは「彼が交渉者ではないことの意思表示」であった。
ならばつまり、
……ここで、質問をされているのは、俺の方に違いない。
「じゃあ、テメエ。質問だ」
「うん?」
「――何が何でも逃げるって言ったら、お前はどんな顔をしてくれる?」
「……、」
そうとも、
ここで質問を受けているのは、あいつではなく俺の方だ。
あいつの物言い、「質問を一つだけ受け入れる」というのはつまり、アイツが、「
ゆえに、俺が聞き、ヤツが答える。そうしている間、俺は物理的障壁のないままに「足止めをされる」。
だからこそ、彼の目的は聞かずともわかる。
――あいつの方にこそ、俺に尋ねたい何かがあるのだ。
ただし、それが口頭で説明できるような「事情聴取」の類なのか、それとも俺が異邦者であることに起因する「解剖」の類なのかは不明だが。
……さらに加えるなら、彼が手ずからに俺を拘束しに来るのか、或いは控えに本命がいるからこその足止め、時間稼ぎなのかも不明である。
俺に分かるのは、
――彼が、
「……、」
「……、」
彼は、
「ったく。本当に難しいな、今回の仕事は」
と、独り言ちた。
そして、
「……
――また、スクロールを投げる。
ソレは、やはり先ほどのように光を放って質量を膨張させる。
現れたのは、しかし、今度は無機物ではない。
それは、――「枯れ果てた魔術師」としか言いようのない異様をしていた。
「……、……」
「うん? ああ、これは俺のスキルじゃないんだけどね。ただ効果性質で言えば、そっちのエイリィン・トーラスライトが持つ神器粗製と同じ体系だよ。――ほら、うしろの船底の方なら、君も見たことあるんじゃない?」
口中にて、肯定を返す。
それはまさしく、「俺の世界の船の形」であった。
俺は、
「――なんだ、ちょっとあざといんじゃねえの? バンくんよ」
「……、」
そう、簡単に返す。
……今しがたの彼の行動は、彼が「敢えて」解説して見せた手の内の内容は、どれを取っても俺の「質問」を煽るようなモノばかりだ。
なぜ、敵対するのか。なぜ、エイルのスキルを知っているのか。なぜ、俺の世界の技術を再現できるのか。どれにしたって、俺にすれば喉から手が出るほどにも「聞きたいこと」である。
ただし、――「聞くべきこと」ではない。
聞くべきこと、すべきことなど俺にはない。好奇心と目的意思を混同することはしない。猫を殺す程度の罠なら避けてしまえばいい。
そうすれば俺にとって、彼の「足止め」はまるで意味を為さない。
「――ふん」
バンが一つ、鼻を鳴らす。
俺はその最中にも、たゆまず周囲を見聞する。
……まず、爆発魔術のスクロールや「石」などは、こんな人気の多い場所では使えない。
左右を阻むのは薄汚れた壁、後方には分厚い見てくれの「船底」があって、上は、とてもじゃないが俺の昇れるような壁のコンディションではない。
さて、それでは前方。
「……、」
そこにはバンと、先ほどの多重性コープスなるものがいるのみだ。
階段による高低差こそあるが、連中を攻略すれば抜けて逃げ切るのは難しくもあるまい。
……というか、俺など「本当に特殊な状況」でもなければ身体を損なわれることもない。多少泥臭くなっても無理やり進んでしまえばどうとでもなる状況ではあるが、
「(ただまあ、それはぱっと見だけなんだろうなあ)」
なにせ、彼が用意したのはあまりにも露骨な袋小路である。真に俺を追い詰めたいとすればもっとやりようはあるだろうし、なんならあの「船底」をもう一つ、空いた方の通路にも用意してやればそれだけで足止めは完了だ。彼は敢えて、「密室」ではなく「袋小路」を作った。
「(……でも、その一手を敢えて打った理由だけは推察し切れない。というか袋小路でできることなら大抵は密室でも出来るはずなんだけど、これはまるで、敢えて逃げ道を作ったような?)」
俺の進路を限定して、機雷でも踏ませようという魂胆か? いや、そんな遠回しな真似をする必要などあるまい。或いは、大通りに「船」が露出するのを恐れた? そんなわけもあるまい、衆目の目をごまかす方法など魔法などない世界でも五万とあるのだ。ならば、どうして?
「(――とにかく)」
不用意な接近が致命傷になる可能性は考えておくべきだろう。いや、接近自体は俺がせずとも奴がすれば叶う話である。ならば俺が忌避すべきことは「
「(さて、と)」
ここまでが、前提だ。
これでようやく、本命の考察に移れる。
――多重性コープス。
その名前をどれだけ信用していいモノかは不明だが、「
見てくれはどう見たって魔法使いのそれだが、……果たしてどう出てくるのか。
それと、アイツだ。
バン・ブルンフェルシア。あいつはただすらに、大通りに接する階上からこちらを睥睨している。
その有様には、――或る種の威風さえ介在していた。
「(抜けないな、アレは)」
そもそも俺の「身体」であれば、泥臭く体当たりでもして道を開けさせればいい。斬られようが火を放たれようが関係はない。
なのに、確信がある。俺はヤツを抜くことができない。
……本能による
……まあ、これが「前世の俺に由来した本能」か「現世のそれ」かまでは不明だ。
仮にこれが、死にもしないのに死を恐れているとすれば、全く不要な機能も甚だしい。
「――さて」
俺はそう、声に出して言う。
「それで? こっちには準備なんてねえんだけどさ? どうしたよテメエ、喧嘩だけ売って、だんまりなのか?」
「……。本当に、面倒だ。何もかも見透かされているようで気色が悪い」
「じゃあ帰ってもいいぜ? 俺はね、去る者は追わない主義なんだよ。来るものも拒まねえしな」
――そうかい、と彼は言う。
そして、
「それじゃ、『君』も仕事だ。鹿住ハルを、試しに一つ殺してみてくれ」
「――――。」
亡霊が、――啼いた。
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