3-4



 ――神器生成というスキルが、この世界には存在する。


 名前の通り、そのスキルは神器を生成するものだ。そのスキルを持つものは、を外魔力から生み出せる。しかし、



「……、……」



 彼女、エイリィン・トーラスライトが持つスキルは、


 彼女が作るものは、世界を灼いた火の枝も、距離を否定する魔の錫杖も、最初に竜を殺した剣でも、どれをとってもだ。


 彼女自身、自分にどうしてこのような力があるのかは分からない。

 それでも彼女は、かの神話に伝承もじでのみ登場するそれらを、――正確に見た目とスケールのみは再現することが出来た。


 無論、その姿が正確であることを証明する術はない。

 しかしながら、彼女の造る剣を見た者は、だれ一人の例外もなくそれを「本物であると確信する」。


 ――神器粗製。

 それが、彼女の持つスキルの名であった。







「っていうスキルを私は持ってます」


「ほへー」


「じゃん? だから私のアイディア的には、って言うのはどうかなーって思って」



 と言うわけで、これがリベットの作戦の概要である。



「……俺死ぬくね?」


「ダイジョブでしょ? なんか死なないんじゃん」



 さっきの泣いて縋り付いてきたリベットは死んだらしい。俺の散歩〈EX〉の効果を徐々に理解してきた彼女は、刻一刻と俺の人権を忘れつつあった。


 さて、



「ばーーーーー(狂)」


「ばーーーーー(狂)」


「ばーーーーー(狂)」



「……どこまでも来きますねえ、定時とかないんですかねえ」


「……(絶対ないと思う)」



 いかんせん単調な狂信者どもの追跡に、俺たちはもうすっかりと慣れてしまっていた。


 とはいえエイルやリベットには当然体力の限界がある。作戦打ち合わせが完了したらさっさと群れを引き受けてやりたいものだが、



「しかしその場合、俺とエイルで爆竜に当たって、『熾天の杜』攻略はリベット一人になるって話か? それは流石に無理があるだろ」


「えっ!? あー、いやー、別にー?」


「……なに? なんで何かを含むの?」


「別に何でもないって言ってんじゃん転ばすよ!」


「この状況じゃシャレにならねえな……」



 ということで掘り下げるのはよしておく俺。


 その代わりで俺はエイルの方を窺う。



「まあ、流石にリベット一人ではね? 私も同行したいところです」



 そっかー、とリベットは妙に落胆した様子に見える。


 しかしさてと、その場合はこちらに問題が発生する。

 もともと最悪の場合は自爆魔法での「吹き飛んで接近」は考えていたのだが、これは流石に我ながら無茶だと思っていた。


 ……と言うかそもそも、こんなこそ無茶な話である。

 俺が始めにこの依頼を受けた際には、なにせ飛行直線移動する魔物の到達予測が一週間後とのことで、イメージとしては「多分ちょくちょく疲れて休んでるから時間かかるんだろうなー」という目算でいた。


 加えて『赤林檎』程度のサイズ感とも聞いていた俺は、「だったら休憩中にでも背中に張り付いて超高度から撃ち落とせば何とかなるんじゃね?」みたいなプランを考えていたのだが、



「……、……」


 ぶっちゃけ爆竜に先越されたのを見た時点で諦めとけばよかった、などと。

 暗雲立ち込め始めた議論に、俺は半ば自棄となりつつ、



「あ! じゃあさ、この自爆スクロール書き換えるとかして、エイルのそのスキルだか魔法だか使えたりしないの?」



 ふと思いついたことを、思いついたままに言った。

 エイルは、



「……、あー」



 まずは、なんとも妙に黙り込む。


 そして、代わりにリベットが言葉を継いだ。



「いやあ、難しいんじゃない? そもそもスクロールって、この場で消して書き直せるような代物じゃないでしょ?」


「……。いえ。それに関しては、そこの自爆スクロールのみにおいては可能です」


「そうなの?」


「なにせ余計なリソース全部削って自爆命令だけですからね。ぶっちゃけ滅茶苦茶余白があるんです」



 と彼女。



「えー、なにそのキワモノ……」


「そんなわけですから、乱暴ですが書いた部分を破ってしまえば、新品のスクロールと同様に魔方陣を書き込めます」


「ふえー、べんりー」



 完全に緊張感がゼロになったリベットがそう呟く。

 いや待て。なにこれハイキングなの? 後ろには相変わらずヤベえのが控えてるはずなんだけど。



 ……閑話休題。

 とにかくだ。



「出来るのか?」


「あ! そう言えばそっか、公国騎士さまは何でもできないといけないんだもんね!」


「うん? なんだそりゃ?」


「騎士の養成学校があるのよ! そこじゃスクロールの書き込みも必修だってハナシ」


「……おっと」


「(おっとって言った今?)……まあ、そういえばアルネさんもそんなん言ってたなあ。っていうかアルネさん、妙に懐かしいなあ。――とにかく、それなら出来そうだよな?」



 追懐を取りやめて俺がそう聞くと、


 しかしエイルは、妙な取り乱し方をし始めた。



「えっ? ええ、まあ? 私のスキルですから? 魔方陣は書けますケド……。あ、あーでも! いやほら! ここには筆もありませんし? ちょっと難しい!」


「? そこに血なら血河のごとくあるけど」


「鬼だなぁハルくん!」


「おっとっとそうか……。あ、でもほらあれじゃないですか! 後ろがあんな状況で、とても落ち着いて写経って訳には……っ!」


「うーん?」



 エイルのこれは、

 ……取り乱すというより、或いはという感じなのか?



「それは一応さ、俺とリベットで守ってやるから、なあ?」


「まあ、ここまで頑張ったしね、あと少しくらいの無茶ならするよ?」


「えー……?」



「……なんだよ、何がダメなんだよ?」


「いやあの、わたし……」


「なんだってんだ」



「………………スクロールの授業、テンでだめでして」


「…………。」


「…………。」



「……、てへっ☆」


「……、……待てお前。なんだそれは。一番そこが公国騎士の誇りにかけてアウトなんじゃねえの? 公国騎士は撤退をしないとかあーだこーだ言ってる暇あったら勉強しろよな(無慈悲)」


「あ! それはダメ! それは言ったらダメだ! 訂正してください!」


「ばーかばーか(笑)」


「……――チックショウ分かったよやりますよやればいいんでしょ!? ほらもう知らない私正座しちゃうもんね! 姿勢から入っちゃうもんね! よこせそのスクロールっばか!」


「あ、ば、馬鹿野郎テメエこんないきなり足止めたら囲まれちゃうじゃないかッ!」


「あーもう動けなーい走れなーい逃げれなーい守ってもらわないと死んじゃうなー!!」


「だあああああああああああああクソッタレがあああアアアアアアアアアアアア!!!」



 ――ということで始まるエイル防衛戦線。


 はてさてと、



「(……ふざけるな。ふざけるんじゃあないぞ貴様。そんなシレっと捨てられるようなプライドに私は振り回されていたって言うのか!? さっきのアマゾネス一件で溜め込んだこのストレスどうしてくれる!?)」



 何やら呪詛をまた吐き出したリベットとの共闘ってのがあまりにも不穏ではあるが、



「リベットさん? はじまるよ?」


「(呪呪呪)」


「(めっちゃこわっ)」



 なにはともあれ、エイルのスクロールがなくては後が続かない。


 ――ゆえに俺たちはなし崩しに、それぞれの獲物を構えるのであった。



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