3-3



 異邦の冒険者、レクス・ロー・コスモグラフは――、



「……、……」



 公国の対爆竜交戦拠点の影が見えたところで、


 ……すると、身体が数段重くなる。

 また、が、先ほどよりも幾分かしっかりとした手ごたえを返すようになった。


 それでも一応は、馬が引くのとも遜色のない速度を維持してはいるのだが。



「うう。こんな、レクスに馬車馬のような真似をさせるなど……!」


「いいんだって、こっちのが早いんだから」


「俺は一向に良くないですねえ旦那! 馬どっちもウチの持ち物だったんですけれど!」


「なんか拠点の偉い人に言ったらちょっとお金くれるんじゃね?」



 馬車の内側から聞こえるやや遠い声に、レクスも声を張り上げて返す。


 ……ちなみに、元来の馬車馬二頭は、彼が馬車を引く邪魔になるため逃がしてしまった。

 自然に帰る彼らの後姿は、本能の野生を即座に思い出したかのように力強い後ろ姿であったとさ。


 さて、


 ……後方に『熾天の杜』の影は見えない。


 先ほどレクスが半分は蹴散らしたとはいえ、あの無際限の増援である。これは本当に、鹿住ハルが相当上手く働いてくれているようだ。



「とりあえずは、このまま行くぞ」


「ウソでしょ……。私これ、私の監督責任が問われるレベルの馬車のぱっと見だと思うんですよ……?」



 まあ確かに、人が馬車を引かされてる姿の第一印象が良好なはずはあるまい。

 レクスにしたって何も知らずに「こんな光景」を見せられたら、貴族趣味と露出性癖を掛け合わせたドス黒いプレイか何かだと思うだろう。


 しかしながら、拠点は未だ視界の向こうだ。

 すでに切迫した状況下において、節約できる時間は全て節約しておくべきだろう。



「……、でも確かに腹が立つからライスおめーは降りろ」


「えっ!? い、いやあちょっと待ってくだせぇよ旦那! いつさっきのイカれ連中がまた現れるか分かったもんじゃないでしょ? 俺はしがない無力な商人風情でさぁ……っ!」


「その自分を卑下する卑屈な態度が気に食わない。降りろ」


「何言ってんだい旦那! 俺ほど自分を大切に思ってる人間もいないってもんだ!」


「降りろ」


「もう言いがかりのとっかかりもなく命令口調だ! いやだね俺は! 絶対に降りない! ベアトリクスさんもそう言ってやってください!」



 唐突に泣きつかれた彼女は、その眼鏡の奥で豚を見る目をしつつも、



「私としても、公国騎士として人民の保護を投げ出すわけにはいきませんね。レクス、ここはどうか」


「じゃあベアも降りてコイツ守ってやれば解決じゃね? 降りろ」


「(うそまって特殊性癖プレイとは言えレクスとのこの愛の前戯タイムが失われるとかたまったもんじゃない!)――豚、降りなさい」


「おーおー納税者になんつう横暴だふざけんな公務員!」



 というやり取りがライスの必死の延命措置で泥沼化してしばらく、結局そのまま馬車は公国拠点の付近まで進んでいく。


 果たして……、



「……貴様、止まれ」


「……。」



 ――拠点近くにて、

 

 馬車は、そこを巡回していたらしい守衛二人に槍で進路を塞がれた。



「……? なんだよ?」


「…………いや、分からんか? ここは性癖をこじらせに来る場所じゃないんだ、帰れマゾ」



 と、守衛のうち一人が言う。もう一方も、妙に視線が斜め下であった。



「……。」



 馬車内から二人分の羞恥煩悶の気配がするがそれはそれ。

 こういうのは気持ちで負けちゃいけないんだ、と彼は至極真顔で言う。


 ……ただ、自分をマゾ扱いしたこのクソッタレの顔だけは覚えて帰ると心に決めてはおきながら、



「……。冒険者レクス・ロー・コスモグラフだよ。そこの、公国騎士ベアトリクズ・ワートスの直接の依頼で、爆竜討伐に参加しに来たんだ。通してくれ」


「……し、失礼。しかしその、なんだ。…………このまま行く気か?」


「途中アクシデントで馬を失くしてな。涙モノの自己犠牲だろ?」


「あー、なるほど、これは本当に失礼した。助力感謝する、レクス殿。……ただ、最後に聞かせてくれ、そのアクシデントと言うのはやはり『熾天の杜』の襲撃か?」


「うん? ああ、耳が早いな」


「――やはりか。では、早速ですまないが司令部に案内する、馬車を運ぶのには、俺が手を貸そう」


「良いね、助かる」


 その言葉に馬車内のベアトリクスが唐突に悶絶する。

 一方で、大方「この馬車を自分が引いてライスを降ろしてレクスに乗って貰えば良かったんだッ!」とか不可思議なことを考えているので間違いないと察していたレクスの方は、特に反応を返さないでおいた。


 ……さてと、


 どうやら『熾天の杜』による妨害は既に耳に入っていたらしい。或いはなにせ、これは連中で言う「ご神体」の活動である。

 まあ、



「(うん? あれ?)」



 彼はその思考に、何かの違和感を感じる。

 しかし、



「ぅお!? こりゃあ、流石に重いな……!」



 馬車の引手に潜り込んできた守衛のうめき声で、彼はいったん思考を打ち止めにした。


 なにせ先ほどはその失礼な態度に憤慨させられ、あまつさえ顔を覚えて帰るつもりだった彼による気遣いである。心を打たれぬわけにもいくまい。



「では、私は引き続き見回りを」


「よろしく頼む。レクス殿、行こう」



 と、別の守衛とのそんなやり取りを経て、馬車は再び進み出す。



「(……、……)」



 特段レクス一人でも苦のない作業ではあるが、兵士が手を貸している姿も見せておけば、拠点にいる連中的にも事情を察しやすいに違いない。


 それに何より、作業を分担で請け負ってくれるという、その優しさがこそばゆい。



「(なんだよ、良いやつじゃないか……)」



 顔を覚えて帰るなどと物騒なことを考えるのはやめだ。、彼と共に馬車を引いた。



「(……うん? あれ? なんかおかしいぞ?)」


「(ああ、また旦那がバカな時の顔をしている……)」






 /break..






 ――俺が、エイルとリベットに伝えた作戦について。


 まず、レクスにも言ったようにこの作戦には、「爆竜を討伐するもの」、「爆竜を撃ち落とすもの」、「『熾天の杜』をどうにかするもの」の三手が必要になる。

 公国拠点の方に別の異邦者がいるのであれば話は変わるが、なにせ元来の到達予測時期は一週間後のことだ。俺のようにでここに向かってくる手合いがいないとも限らないが、こちらはこちらで最悪のパターンを考えて行動するのが最善に違いない。


 さて、


「爆竜を討伐する」のはレクスに任せる。恐らくは、先ほどのあのこそが彼の、「墜ちてきさえすれば倒せる」という言葉の根拠なのだろう。

 ただ一度見ただけの俺にしてさえ、と、そう思わせられるだけの説得力があった。


 ゆえにそこは、信頼して丸投げする。

 では、残りの二つについて、


 これは、「爆竜の撃墜」を俺が、「『熾天の杜』の攻略」をエイルとリベットが担当すると決めて……、



「オッケーか!? ここまでお前ら分かったかッ!?」


「オッケーオッケーっ! ってぇ、ひゃわああああああああああ!???」


「どうするんですかハル! !!?」



 そして改めて、――問題はこの現状である。


 後方には殺到する狂信者。先ほど確認した通り、その最高速度は馬脚にも引けを取らない。


 回り込んだりもせずに直線軌道で走ってくれるものだから、一応は牽制の爆発石で一定の距離を保ててはいるが、それもどこまで続くかは自信がない。



「ってな状況だけどさっきの続きな!」


「死ぬぅ! 死ぬぅううう!!??」


「あぶねッ! わぶっ!? どっひゃあああああああああ!!??」



 悲鳴っぽいけどこれは多分相槌だろう。先を続けることにする。



「俺が一応撃墜担当で行くつもりなんだけど、ただな、俺のプランで行くには爆竜の背中に乗らなきゃいかんのよ! なんか良いアイディアないかね!」


「何を馬鹿なことを言っているんですか! どう見たって飛行船艇の保護魔術がないと凍って死ぬ場所飛んでたじゃん!」


「いやほら、そこは俺のスキルがあるからさ!」


「なるほどいやああああああああああああああッ!?」


「そうだなとりあえず、上に乗って、自爆して撃ち落とす! それで行こうと思う!」


「うわあ自爆って言った! 今度こそハルが死んじゃうのか!??」


「そんなわけでさっ? なんかないの!?」


「なんもないようぅうううううううううううぎゃあああああああああああ!!」



「あ! 待った!」


「「え!? うそなに!?(立ち止まる俺とエイル)」」


「……っうおおおそこに落とし穴があるよーとかじゃない『待った』だから止まらないで死んじゃう!」


「だ、……だあああああチックショウ今のはテメエが悪いよなあぁああああああああああ!?(全力疾走)」



「それはホントごめんだけどそうじゃなくて!


 ――ほら! ! !」



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