2-2
「この小競り合いには裏がある。その上で俺たちは、どうしようもないからそれに乗る予定だ。……そっちは別に、好きなタイミングで降りてくれていいぞ」
だから、それまではよろしく。と、
レクス・ロー・コスモグラフは、そう言って改めて握手を求めてきて……、
――しかしそれを女の子の野太いめの悲鳴が遮った!
「っどわあ蜘蛛だッ!?」
「えっ? どこどこどこ!?」
「鹿住ハル! あんたの襟に這入った! うぉおおぞましいッ! 近寄らないで頂戴!」
「うっそ! うわあ怖い怖い怖い取って取って取ってぇ!」
「……アンタら、一瞬で仲良くなったな?」
レクスが呟くのを、俺こと鹿住ハルも、彼女ことメガネ女子のベアトリクス・ワートスもまともに聞いてない。
馬車の揺れよりもなお激しい暴乱は、謎に俺と彼女との距離を縮めた。
……閑話休題。
「……うん。まあとにかくだ、俺とベアは爆竜退治に向かう、依頼を直で受けた冒険者の一人だよ。そっちもそうなんだろ?」
「うん? ああ」
「何があったのか聞かせてくれ、運転手は気にしなくて大丈夫だよ。彼は一応、俺の素性も分かってくれてる」
「腐れ縁ってやつですな。……切りたい類の(ぼそっ)」
「なんだってぇ聞こえなぁい!(大声)」
「すみませんでした間違えました旦那!」
「……、……」
なんとも独特な関係性が出来上がっているらしい。
と言うかこのレクスっての、割と怒らせたら怖い系なのかもしれないって思った。頑張ろう。
「えっとだな、なんだ。聞いてんのは俺の方の事情でいいんだな?」
「ああ」
そう返されて、俺は言うべきことを文脈にまとめ上げる。
さてと、
……これは始めから話すのが一番の早道だろうか。
「俺も直接依頼を受けた口でな、公国騎士の立ち合いで、航空経路で平野に向かってたんだ。そしたら、正体不明の敵の攻撃を受けて、英雄の国に不時着した」
「英雄の国?」
「知らないか? ここからでも大して離れてはいないはずだけど」
そこでレクスは、すこし言葉に迷う。
そして、それを取り次いだのはベアトリクスであった。
「英雄の国、という呼び名もありますね。元一級冒険者クスノキの隠遁地。レクスも、訪れたことはあります」
「あー、楠木さんね」
その、楠木という発声に、妙な流暢さを俺は感じ取る。
異邦者の特徴なのか、この世界の住民よりもイントネーションにつまりがないような印象だ。
「今回は、クスノキさんへの挨拶は省略しての行軍です。そもそも私たちは、公国首都やミクス平野にもほど近い位置に根を張っていましたので、補給中継の必要はありません」
「ああ、それに楠木さん、こういうのは苦手なんだよ。それでも、頼んだら助けてくれるだろうけどね」
――それであの人、今夜も酔っぱらってた? とレクスが笑って聞く。
俺は、
「……少し長くなるよ」
「……?」
まず初めにその言葉を置いて、そしてため息をついた。
/break..
俺が話して聞かせたのは、不時着にあたってのエイルらとの離散から、英雄の国の現状、楠木の最期、そこに俺が携わっているということ、……そして最後に、エイルとの「通話」と爆竜の目撃までについてだ。
搔い摘んだつもりではあったが、それでも妙に長い時間がかかったように思える。
或いはそれは、彼らが静かに聞いていて、静寂がひどく印象に残っていたからだろうか。
話し終えて、俺がいつしか前傾していた姿勢を正すと、
……それを待っていたように、レクスが言葉を吐き出した。
「そうか」
「……、……」
「実を言うと、楠木さんはあそこで、死者蘇生についての研究をしていたんだ。本が多い街だったんだけど、それも文献漁りの戦利品だったらしい」
「……
「……、……」
俺の問いに、彼は少しだけ、静かに目を閉じた。
「分からないままだったんだろうね。その最期を聞く限り。……そもそもあの人は、死者を冒涜するのは怖いって言って、実例探しと術式構築の『先』までは行けないままだったから」
「……。」
「――ゼロからなら、また始められる気がしたってのが遺言なんだろ?」
言葉を起こすのが憚られて、俺はただ首肯のみで返す。
がたん。と一つ、
馬車が揺れた。
「……そもそも、俺にはアンタを責められないよ。責めるにしても、それはあの人を絶望させたクソッタレの方だ。――ありがとな、あの人、最近は疲れてたみたいだから」
「……そうか」
それでも彼の表情が痛ましいのは、恐らく、楠木を失ったことだけが理由ではない。
あの街には他にも、たくさんの「ヒトたち」が住んでいたはずだ。
それに、或いは、
――この馬車が今夜、挨拶をしに行っていれば、などとも。
「さあ」
しかし彼は、
強く一つ、手を叩いて言った。
「とにかく、落ち込むのは後にしないとな。俺たちの事情も話すべきだろうが、お察しの通り俺たちも爆竜の飛ぶのを見たんだ。そんなわけで今は、落ち着いている暇はない。だろ、ベア?」
「は、はい。そうですね。……私たちの状況はほぼ一言で済みます。依頼を受けて、そこに向かっている」
「ああ、それなら二つ良いか?」
俺のその問いには、レクスが視線を和らげるようにして応えた。
「まず初めには、倒すアテだ。二人はどうやって爆竜を倒すつもりでいる?」
ここについては、依頼を受けるにあたっての説明で聞いていた。
エイル曰く討伐までのプランを、依頼を受けた者たちは各自固めておくように、とのことであったが……、
「ああ、それなら」
果たして、
レクスは一つ、間を置いて、
「向こうが降りて来てくれれば倒せるんだよ。問題は降りて来てくれるかどうかの方でな」
「倒せる? アレを?」
「ああ」
――真正面から、騎士サマが悪竜を退治するように、と。
彼は迷うこともなく、そう言いのけた。
「……。」
傍らのベアトリクスにも妙な様子はない。どうやら、レクスの自己評価が不当に過大などと言うことではなさそうだ。
……あとあり得るのは二人そろって慢心し切っていると言う展開だが、ひとまず、そこの見極めは後に回そう。
なにせ、次の質問で以って彼らの実力はある程度窺えるはずだ。
「じゃあ、次の質問だが、さっき言ってたことの真意を聞かせてくれ」
「うん? さっき言ってたこと?」
「そっちが初めに言っただろ? この小競り合いには裏があるって。どういう意味だ?」
と分からないふりで聞いては見るが、しかし俺の中でそれなりに返答は予測できる。
そもそもこの「人VS竜」の構図を指して「小競り合い」という表現を使っている時点で明白だ。確実に彼はこの依頼を、「人対竜」ではなく「人々対人々」、或いはさらに踏み込んで「公国首都対テロリスト」と見ている。
……そこからもっと言えば、俺の所感で言えばこの「小競り合い」はそもそも公国と国家連合によるマッチポンプ、或いはそれらの組織内紛争による暴走と解しているだが、出来ればこれに対する彼の所感も聞いてみたい。
――この依頼のスポンサーが国家連合であり、それを公国経由で発注していること。
異邦者秘匿の立場では考えられないほど軽率に異邦者を衆目に晒し、あまつさえ衆人監視のもとで彼らを英雄に仕立て上げようとしていること。
そして、それでいて、あくまで
これらの違和感はしかし、あくまで俺の感じたところであり、具体的な証明などは一切できない状況だ。
案外ここまで条件を揃えておいて、「これらは首脳陣が総無能で陥った不測の事態でありテロリストなんて存在しない平和な世界だった」なんてこともありえる。
「……、……」
異邦者を知らない大多数ならば違和感を感じ取ることさえできないこの状況下に、俺と似たようなことに思い至った相手と言うのは貴重な存在だ。
そんな彼は、先の俺の短い問いに、……しかし、重く難儀しているような表情で考え込んでいる。
悩んでいるのは、そもそもの情報量の多さから、体系的な説明を成すための文脈の継ぎ接ぎに苦労しているためか。或いは率直に、俺にどこまで話していいのか選びあぐねているためか。
まあ、そこについてはどちらでもいいことだ。
なんにせよ俺は、彼の次の一言を「聞く」だけである。
「……。」
彼が「結論」を出すまで、
俺はまた少し前傾するようにして、ゆっくりと待った。
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