『英雄誕生前夜_/2』



 彼女、エイリィン・トーラスライトは、この「爆竜襲来」の一件について作為的なものを感じ取っていた。



 ただし、その理解の到達度は異邦の冒険者鹿住ハルに一歩遅れる。

 エイルが知っているのは公国と国家連合による異邦『者』の秘匿であり、しかしながらハルは、を異邦者としての知識から理解し、そして異邦『技術』の秘匿までを予期できたためだ。


 ゆえに、

 ……彼女、エイルには、この状況があまりにも不可解であった。


 どうして『熾天の杜』が、信奉する爆竜をように見えた?

 どうして『熾天の杜』が、「狂信者の衆」ではなく「傀儡」であるように見えた?


 それに、――何より、



「(どうしてこんなに、なぞにお腹が痛いの……ッ!?)」



 トイレの時間かな? とふとエイルは思う。魔力欠乏によって未だ意識が判然としない彼女には、その鈍痛が鳩尾から発せられる危険信号ものであることに気付けない。



「え、えいるー? どうしたー?」


「わかんない、……おなかいたい」


「あ、そ、そっか? どうする? 休む?」


「いいです。がんばるデス」



「……そっかー(汗)」



 ちなみに、そんなわけで前かがみになってるエイルを見て、主犯リベットは「少しやり過ぎたかもしれないなあ」とちょっとだけエイルに優しくなっていた。



「……、まあ、襲撃者の気配はもう見当たらないけど、夜だし、急げるぶんは急ごうか?」


「…………がんばる」



 ――夜。


 森の、土砂崩れで滅茶苦茶になった個所を抜けた彼女らは、主にリベットの先導で以って森を抜ける道を探していた。


 現在は概ね、崖下に見えた英雄の国跡地に向かって進路を取っている。

 エイルの記憶では、英雄の国から伸びる街道はそのまま公国首都に直通していて、彼女らや異邦者ハルの目的地、ミクス平野をそのまま横断する形になっていたはずである。


 先の「通話」で彼女がハルを逃がしてから、それなりの時間が経っていた。

 恐らく、自分たちの「おとり」は十分に機能しただろう、とエイルはひとまずのアタリを付けて進む。



「(最悪、英雄の国の街道を避ける可能性も考えていましたからね、これはそれなりに良い出目ですかね)」



 森という地形の最中に取る迂回路は、平地で取るそれとは所要時間の差があまりにも致命的だ。

 ただでさえ爆竜の進行が予想よりも早いものであったこの状況で、時間の節約は一分一秒だってしておきたい。


 元来ならば、このように索敵しながら森を進むのも焦燥にかられる場面であって、リベットの冷静な先行は、エイルの精神的な支柱となっていた。



「……リベット、体感だともう少しで、英雄の国が見えてくるはずです」


「英雄の国、元一級冒険者クスノキの隠遁地だって話だわね。冒険者界隈じゃ『最果ての孤島』とか『塔の蜃気楼』とかと同じくらいの御伽噺なんだけど、まさかあの英雄が、こんな場所でまだ生きてたなんてね」



 確かに、一般的な冒険者であればそれらはおとぎ話だろう、とエイルは胸中で呟く。


 英雄クスノキが殆ど特級レベルの戦力を揃え隠居を謳歌していた「英雄の国」も、二つあるものが同一視され語られている「最果ての孤島」も、今まさに自分たちを睥睨しているはずの「塔の蜃気楼」も、……どれも、とは思うまい。


「……しかし、リベット。それも今は壊滅してしまっているようでした。火の勢いを見る限りでは、襲撃はそれなりに前のことだとは思いますが、……それでも、襲撃者の存在には注意を」


「…………そっちこそ眉唾だわ。冒険者に語り継がれる英雄の国のなんて、尾ひれ葉びれの挙句『空の主・クラン・ザ・ブローレン』とタメ張れるようなとんでもない魔王集団ってことになってるんだけど、それじゃあ、『爆竜』やら『熾天の杜』やらの襲撃程度で壊滅するって展開は在り得ないでしょ?」


「……、……」



 それとも、やっぱり噂は尾ひれ葉びれなの? とリベットは嘯く。


 エイルは、



「……噂の方が全て真実だとすれば、襲撃者は『先代・空の主』と同等程度の化け物クラスということになりますね?」


「…………やめてよ、ぞっとしないハナシ」



 ……それに、或いはリベットも。

 二人は、不穏当な予感に、今はまだ蓋をしておくことにした。






 /break..






「英雄の国は、そろそろ見えるはずです」


「……私にも分かるわ。これは確かに、街一つが燃え尽きた匂いだわ」



 茂みの風揺れに、二人は逐一意識を割く。

 これから行くのは英雄の国跡地、つまりは森一つにぽっかりと空いた「空白地帯」であって、白套の狂信者どもにせよ国の殲滅者にせよ、からすれば格好の狩場に違いない。


 耳を済ませども、空気が流れる音しか聞こえない。

 にじりともしない木々たちが空気を柔らかに裂く、どこまでも流麗で「違和感のない音」だ。


 ……の気配は一つとしてない。


 動物や虫さえも、国の惨状に慄いて逃げ出してしまったかのような静寂だ。エイルらの、努めて薄く長くした呼吸ですら耳障りにうるさいほどの。


 しかしながら、



「    」



 動く存在のいないはずの森の空白地帯、

 灰と煤の堆積する「平原」には、


 ――屹立し夜闇を浴びる、があった。



「あれ、は?」


「……『熾天の杜』、ですね。相変わらず、意図が読めませんが」



 よく見れば、先ほどと同様の象牙色の外套が見て取れる。


「彼ら」は一様に、時が止まったかのように空を仰いだまま静止している。


 ゴーレムの休止状態のような光景だ、とふとエイルは思う。……やはりどう見ても、あれらはヒトである以前に傀儡であった。



「……どうするの、エイル?」


「そうですね、彼らがこちらを補足しているのかは不明ですが、ここの外周をゆっくり進むというのもいただけない一手です。場合によっては、連中に意識を割かれているうちに、森の奥に潜伏した別動隊に背後から狙い撃ちされる展開もあるでしょうし、何よりも時間がかかりすぎる」



「えっと、じゃあ……?」


「正面突破です。私たちであれば殆どの敵には負けませんし、私たちにも勝てない相手がいれば、それこそまっすぐに走って逃げるのが一番だ」


「……そ、そうなのかー?」



 リベットの「体育会系を見る目」は気にしないことにして、エイルは目前の、棒立ちの群れを見る。


 ……最悪を考えるなら、それは自分たちの背後の索敵圏外に『熾天の杜』が待機している可能性だ。

 その場合、仮想敵「自分たちにも勝てない相手」に追い立てられて森で挟み撃ちされるのがあまりにも致命的である。


 それ以外には、例えばここに仮想強者がいなかったとしても、そもそも二人が向かう先は街道一つであって、そこを塞ぐのが敵側戦術の王道であるのは語るにも及ばない。


 やはり、仮想強者や森奥の潜伏者がいるとしてもいないとしても、連中に先を取らせない最短直進の電撃突破こそが最適戦術に間違いない。



「とにかくは、最初の一手です。連中を散らせるような牽制を打ちます。それも、速やかに、進行方向の出来る限り深くまでを、細く長く穿つような一手が望ましい。……あなたの手札のうちで、そのような候補はありますか?」


「……温存したかったけど、スクロールがあるよ。風の魔法で、一点突破だけじゃなく周囲を吹き飛ばすのにも使えると思うけど」


「その場合、問題は足元の灰ですね。巻き上がって煙幕になってしまった場合、電撃突破の速度が鈍る可能性がある。当然、それは相手にとっても障害になり得るでしょうが……」


「こっちが地の利を把握できてないんじゃ、結局は数に不利なこっちのが割を食うよね。分かってる。……先に水のスクロールを撃つって言うのも考えたんだ。灰を泥にして巻き上げるの防ぐ。だけどその場合、私たちの足がとられるっていう展開にもなる。エイル、悪路のスキルは持ってたりしないの?」


「…………。ええ、残念ながら」



 その返答にリベットが脱力する。ただし、正確に言えばエイルは『悪路〈Ⅳ〉』と言うスキルを持っていた。これは、土砂降りでぬかるんだ柔土で出来た傾斜さえ、問題なく踏破する練度のものだ。



「……、……」


「……。まあ、英雄サマの隠遁地をこれ以上荒らすって言うのも気が引けるしね」


「……ええ、あの」



「……いいわよ、それじゃあアイディアその2」



 中腰で灰の平原を見据えたまま、リベットは努めて明るくそう言う。



「さっきの、帯電する雷撃、それでどう?」


「……なるほど、槍か何かを投げて、そこに電撃を打ち込む。そうすればここから槍の到達地点までを繋ぐ直線の導線が出来る?」



「そう、そういうこと。これでも私、は得意でね、見えてる一番向こうまで飛ばせる自信はあるわよ?」



 そう言ってリベットが中腰を解く。


 危険な体勢だ。前方の立ち呆けどもからは目視しづらい位置取りであったが、しかし後方の潜伏者を仮定すれば、彼女の後姿は殆ど丸見えに違いない。



「ほら、急ごうよ。エイル、立派なやつを作ってね?」


「――……。ええ、武器生成スロウ・ランス。……では、どうかよろしくお願いします」



 ふわりと光が立ち、


 ――そして、リベットの腹部まで程度の長さの槍が生成された。


 渡されたのを受け取ると、内部が空洞にでもなっていそうなほどの軽さと、適度に持ち手寄りの重心が分かる。



「合図はいる?」


「要りません」



「じゃあ、――いくよ」


「ええ」



 助走は付けない。

 木々の密集したその場所に、かような空間的余裕はない。


 ゆえにその場で、リベットは槍を担ぐように構える。

 刃は少しだけ上向きに、背筋を引き絞るようにして半身に構える。


 仮想した背後の潜伏者がいるとすれば、今のリベットは格好の的に違いない。エイルは思考リソースのほぼ全てを、背後、森奥の索敵に費やす。

 その間にもリベットは、更にあと少しだけ身体を弛ませて……、



「――



 小さな光の粒子が立つ。リベットの身体にそれがまとわりつき、……そして、



「――――ッ!」



 で以って粒子それが飛沫し、霧散した。


 遅れて、薄い鉄板を穿つような耳障りな高音が響く。

 ――空気の壁が割れた音だ。




「    」

「    ?」




 ただ一度の破裂音が世界を割ってすぐに、


 ……波が寄せて返すように、静寂が空間に満ちる。


 破滅的な風圧が徐々に収まって、木々の葉鳴りが止んでいく。

 二人は、



 その、

 ――槍がただの虚空に突き立つように、風を巻いたまま停止している様を。


 これは、



 



「――――ッ! リベット、何らかのスキルです! 魔術索敵を!」


「分かってる! いや、? ……?」



 なおも焦燥にかられたエイルを脇目に、リベットははっきりと表情にクエスチョンマークを浮かべた。



「……空間、支配?」


「リベット! 私たちにも勝てない敵の可能性がある! 情報を少しでも! リベットっ!?」



?」



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