1-4



 ――その馬車の乗員は三名。


 華奢だが、眼鏡の奥に意志の強そうな瞳を携えた少女と、頭のてっぺんからつま先まで露出皆無な甲冑男と、そして馬車の運転手。


 彼らは一様に、緊張に五感を研ぎ澄ませていた。



「――――。」



 少女、騎士ベアトリクス・ワートスは馬車の外を見る。


 狂信者集団『熾天の杜』に追われる緊急事態、緊張状態において、

 彼女はしかし、どこまでも条件反射で以って声の主に視線を合わせた。


 ……その時ばかりは、弓をつがえ狙う後方集団への視線を切ってしまう。

 即座に彼女はその、未熟な反射行動を悔いて、しかし、



「空いてますよね? 乗りますよ? 乗りますからねー乗りましたー」



 ……やはりどうしても、緊張状態を維持することが出来ない。


 馬車のうなじにかかるドス黒い殺気が、「この男」の一挙手一投足で以って即座に霧散する。



「お、お客さん!?」



 乗員の誰よりも早く返事をしたのは、この馬車の運転手だった。ベアトリクスはもちろん、にしても大した反応は示せない。



「よう運転手さん? 。なんだか困ってるように見えてさ、よかったら用心棒役が代金ってことで、タクシーやってくんない?」


「タ、タクシー?」


「おっと追い付いて来そうだよ? どうする?」



 その男、の言葉で運転手の手綱がブレる。その緊張が、馬を伝って馬車の車体を鋭く揺らした。



「わ、わかった! 頼むよ旦那、アイツらを追っ払ってくれ!」


「よし来た!」



 男、バルク・オルソンが言うと、


 何か、スクロールを投げたのだろうか。――






 /break..






「――いや何、俺が見つけてよかったじゃねえかなあ? アンタらはどうにも、後ろの連中を振りきれないでいたんだろ?」


「……、……」



 ベアトリクスはその言葉に、まずは無言で返す。



「なんだ? 喋れないのか?」


「……いえ」


「喋れるのか。ならほら、俺にお礼はどうした?」



「…………感謝をする謂れはありません。私は公国騎士です、あのような手合い、物の数ではない」



 その言葉に、バルク・アルソンは調で返し、運転手の方は溜め息で返した。


 なにせそう、『熾天の杜』に追われ始めて以来ベアトリクスは、躊躇ばかりで具体的な対応策などは取れずにいたのだ。

 公国騎士が荷物兼護衛だと聞いて「楽な仕事」だとアタリを付けていた運転手からすれば、この展開はまさに溜息モノに違いない。



「……、……」


「まあ、いいさ」



 沈黙するベアトリクスに対して、バルク・アルソンはそのように言う。



「それよりもほら、俺は前払いで仕事を済ませたぜ? 運転手さんよ、仕事はしてくれるのか?」


「そりゃあもちろん……、と言いたいところなんだがね。事後交渉で申し訳ないが、先にそっちのお客さんを連れて行くぞ?」



 バルク・アルソンが、

 そこで少し、考えたようなそぶりを取る。



「ちなみに、はどちらに?」



 ベアトリクスに彼は言う。お嬢さん、と言う言葉に強いイントネーションを起こしたのは、運転手から返答が来るのを遮る意図があったのだろう。

 しかしながらベアトリクスは、そのような冷静な分析よりもまず先に「お嬢さん」などと呼ばれた侮辱に腹が立ち、ぞんざいに返答をした。



「……ミクス平野です」



?」


「ええ」



 あくまで冷静に、ベアトリクスは反応を返した。

 対するバルク・アルソンは、調である。



「まあ、ならちょうどいいよ。なあ運転手さん、俺もその辺で降ろしてくれていいから」


「え? いいんですかい?」


「おう。俺も実はそのクエストの話を聞いた一攫千金狙いでね、ちょうどいいんだよ」



 その言葉に、運転手が柔和に返した。


 相手が公国騎士か身分不肖かなど関係がない。今この空間においては、『熾天の杜』を退けられたバルク・アルソンにこそ信用がある。……と、そういう態度であった。



「よう、お嬢さん? よろしくな」


「……、……」



 目前の、片手を差し出す「その男」を彼女は見る。


 ……長くも短くもない黒髪に、毒気の足りない顔が隠れている。

 公国の平均的な身長よりは少し下で、冒険者の体格とは思えないほどに細身だ。いっそ幼いとさえ表現してもいいだろう。


 馬車の運転手が、振り返っただけではなくちゃんと彼を見分すれば、改めて頼りにしていいのか不安を催しそうな見た目である。


 しかしながら、表情にだけは不穏がない。

 どこまでも飄々として、彼はこちらに片手を差し出して、


 そして、



「……よう、レクス・ロー・コスモグラフだ」



 ――






 /break..






 さて、と。


 俺こと鹿住ハルは無事、馬車の主に恩を売って「足」を得た。

 それにあたってのは、俺の「身の上」がバレるのを忌避したためであるが、それは置いておいて、



「……、……」



 同乗者は三名。

 公国騎士を名乗るメガネで気の強そうな女と、行商人として景気の良さそうな恰幅の運転手と、――そしてRex_ro_Cosmographなる、顔までを鎧で隠しきった甲冑騎士だ。



「……。」



 Rex_ro_Cosmographと言ったのか。

 ではなく?


 ……これはきっと、言語理解のスキルにおける類語表現による齟齬だとか、そう言ったものではない。もっと致命的なエラーだ。


 例えばそう、エイルが言っていた「ステータス項目の異邦者の名前個所は異邦者自身の母国語で表記される」みたいな、そう言った事象ではなかろうか?



「なあ、改めて聞くぞ?」


「――――。」



 Rex、或いはレクスが言う。



「俺がレクス、こっちはベアトリス・ワートスだ。それで、?」


「…………なるほど」



 ……これはつまり、


 俺が外堀から、「このメガネ女子が、公国騎士というであって、そしてどうやら俺と同じように爆竜討伐に向かう道すがらである」と一つ一つ情報を聞き出して彼女らの素性を探っていた他方で、このレクスなる男は、率直に俺の身の上を、「怪しいから」という察して見せた、ということであった。


 それはつまり、言い換えれば、


 ……いやまあ、確かに俺ってば胡散臭いにもほどがあっただろうし。そう言った意味では、相手に腹芸で全力を出させてしまったのは俺の第一印象が原因だったんだろうな。なのでこれはまぁなんというかアレだ俺のミスから来た敗因だしちょっとしたケアレスミスでしかないし、読み合いで負けたとか悔しいとか別に感じてない。感じる必要もないと思うし。マジでね。



「……ったく。うるせえなあ降参だよ、訂正する。――バルク・アルソンじゃなくて、鹿住ハルだ。さっきの詐称は謝らせてくれ」



「そうか。――ハラキリってだけあってやっぱり潔いな、日本のヤツは」


「……(したり顔で何言ってんのこいつ?)」



 ともかく、なにやら納得するレクス氏。


 ただ一人事態を掴めずにいるそこのメガネ女子は、妙に視線を俺とレクスの間でさまよわせる。



「ああ、こっちはベアトリクス・ワートス。俺の監視係だ」


「レ、レクス? どうして教えてしまうんですか?」



「ベア、落ち着いて聞いてくれ、彼は異邦者だよ」


「――。」



 呆気にとられて彼女、……ことベアトリクス(ことベア)がこちらを見るので、俺は改めて首肯を送っておく。



「悪かったな。俺の身分ってのは、隠した方が都合がいいんだろ?」


「え、あの、本当に異邦者?」


「ああ」


「なら、監視員はっ? 監視員はどうしたんですかっ!」



 ベアトリクス・ワートスは強い語調で俺に詰問する。


 ……さっきの態度や、あの妙な「」を追い払えずにいたことなどを見ても分かることだが、彼女は妙に未熟な印象である。


 正義感が暴走して、「自分の中に具体的に根付いてもいないような抽象的な価値観」を信奉して行動原理としている。

 チープに表現すれば委員長タイプだが、言い回しのオブラートを剥ぎ取れば先ほどの狂信者とも大差ない。


 先天的な善悪基準と後天的な善悪基準の折り合いを未だに付けられていないのだろう。全く、

 ……。



「――なあ。ベアトリクスだっけ?」




 その言葉は、妙に質量をもっていた。


 レクスの言葉が響き、そして馬車内に沈黙が降りる。

 と強く呼ばれた彼女は、恩師に叱責でもされたかのように、はっとして、そして首を垂れた。


「悪いけど、とりあえずそっちの求めてる情報から話そうか」


「……。」



 馬車に降りた沈黙を、彼自らが裂いて消した。



「俺たちは、そっちの目的と同じ用事でミクスに行くんだ。同行する上での戦力は多い方がいいからな、歓迎する」


「……、……」


。……アンタはアンタで、好きなタイミングで降りてくれていいぞ」



 だから、それまではよろしく。と、

 ――レクス・ロー・コスモグラフは、そう言って改めて握手を求めた。



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