2-3



 エイリィン・トーラスライトとリベット・アルソンの周囲には、異様な光景が広がっていた。



「……、……」



 進む右手には森が鬱蒼としていて、時折風が、左手へと流れ、そして「止まる」。

 

 そして、左手の灰の平原。



 ――そこはまるで、時が止まってしまったかのように沈黙を保っている。



 棒立ちの狂信者の足元を見れば、踏んで巻き上げた灰もまた、空中で静止しているようだ。


 その光景に、




「……、」


「……、」




 二人は一様に声さえ上げずに進む。


 高い崖の間際でも進んだ方がまだマシだ。

 自分たちが、先に投擲した槍や風のように「あの空間に侵入してしまい制止する」というイメージが、死よりもなお恐ろしい責め苦のように思えてならない。


 その、異様な光景に一定の距離を保ち、またそこを、ぐるりと外周に沿うようにして、


 ……二人は出来る限り速足で進み続ける。



「……、……」


「……。」



「(……エイル、エイル)」



 沈黙に気圧されてか小声で言うリベットに、彼女もまた小声で返す。



「(なんですか、リベット?)」




「(……笑ったら負けのゲームしない?)」


「っぶほ?(よだれ)」




 たまらずエイルが噴出して、それでリベットもちょっと笑った。



「(なにっ、何を考えているんですかリベットっ? こんな緊急事態に妙なことを言わないでください!)」


「(だってさあ、襲撃もないし、静かだし、なんか声出しちゃいけないみたいな雰囲気だし)」


「(いや別に、声出しちゃいけないわけじゃないんですよ? なんか静かで気が憚られるのは分かるけど……)」



「――わッ!」


「っどわあ!?(びっくり)」



 唐突に破られる静寂。エイルの耳元に向けて放たれた一声が、そしてさらに大きい悲鳴が、右手の森に反響して消える。



「(きっ貴様何をする!?)」


「(貴様てww、貴様て言ったよwwwwびっくりし過ぎじゃないwwwwww)」



「(……、……)」



 なんだか目の座り始めたエイルを見て、リベットはひとまず笑いを押し殺すことにした。



「(エイル、エイル)」


「(……なんですか今度は)」



「ハルのモノマネをします」


「ばふぅッ!!??(はなみず)」



 まさかのネタ前に噴き出すエイル。綺麗に散って虹を描いたそのよだれに、リベットも堪えられずちょっと笑う。



「(ちょっと、なんですぐ笑っちゃうかなぁ?)」


「(いやだってwww、なんか急に小声で喋るのやめるからwwww、真顔だしww)」


「(めっちゃ笑ってんじゃん……www)」



 ジト目しつつもニヤケ面が耐えきれないリベットは、しかし、



「(まあぶっちゃけ、ハルのモノマネとか別になかったんだけどねー)」


「ばっふん!!(噴)……(い、いや! じゃあなんで急にそんなこと言ったんですか!)」


「(面白いかと思って)」


「ぼひゅとふ!??(飛沫)」


「(なんて?wwwなんて言ったの?wwwwぼひゅとふってなんだwwwww全部笑うじゃんwwwwww)」



 閑話休題。


 リベットはそこでふと、

 ……「とある可能性」に、思い至った。



「(ね、ねえエイル?)」


「んんッ!(咳払い)……(なんですか、もう私は笑いませんよ。なんですかリベット?)」



 フリかな? と思いつつもとりあえずはスルー。

 それよりもリベットには、早急に共有すべき一つの思い付き、ともいうべき予期を、彼女に伝える必要があった。



「(あの、……そこで止まってる連中さ?)」


「(狂信者たちですか、ぶふ、それが、……んっん! ふふ、どうしました?)」



 この子多分今何しても笑うなあ、とは思いつつもマジで今はやめておくリベット、


 なにせ……、




「(――?)」


「……、……(蒼白)」




 ――血の気の引く音が聞こえてきそうなほどの唖然が、エイルの表情に浮かび上がる。


 二人はその、おぞましい光景を思わず脳裏に思い描く。

 静寂の空に、緊張の帳に、……突如動き出し襲い来る、彼らの姿を。


 ……それは怖い。ホラーが過ぎる。マジでやめて。

 二人の脳裏には、もはやそんな語彙貧弱ワードしか浮かばなくなる――。



「(え、えいるぅ……)」


「(なっ、何を馬鹿なッ! わっはっは! 何を馬鹿なことを言う! あんなにばっちり止まってるじゃないですかほら、アレはもう動きませんよ! 絶対動かないでしょう!?)」



「(いやそもそも、このとかいうのが正体不明じゃないっ。わかんないけどこれ、いつまでも続いてくれるっていう保証もないんじゃないのっ?)」


「(心配性! 心配性だなあリベットは! 絶対一生永遠に続くと思う私! だって今動き出したらさっ? 逆にじゃあなんで今まで止まってたんだよみたいな話になってくるじゃないですか! 我慢してたのかなって! 動くの我慢してたのかなってなる!)」


「(じゃあ! 動くのを今まさに我慢しているのかも!?)」


「(やめろおおやめろよぉおおぅやぁめぇろぉおおおおおおおおおお!!)」



 街道が今、視界の端に写る。

 目的地までの距離感が明確になったことで、二人の緊張が少しずつ安堵のそれに塗り替わる。


 あと少しで終わる。あと少しで出られる。あと一歩で、このクソくらえの空間からおさらばできる!


 と、そこで、



 ――ぱちん、と。



 



「…………………………………。」


「………………………………(泣)」



 ゆっくりと、二人は振り返るのをやめられなかった。その先には――、



 



「「「っぶばああああああああああああああああああ(狂)」」」



「ぼわああああああああああああああああああああああ!!?(阿鼻)」


「びぇええええええええええええええええええええええええ!!!!!(叫喚)」



 ちなみに、

 ……彼女らがフラグと言う言葉を知るのは、もう少し後のことである。






 /break..






 俺は、揺れる馬車の中、

 彼の出す次の言葉を、ゆっくりと待っていた。



「……、……」



 質問はこうだ。――この小競り合いに裏があると言うのは、どういう意味だ?


 彼はきっと、俺やエイルが考えているようにテロリストの可能性に行きついていて、或いは俺と同じ結論か、それともまた違うテロリストの正体なんかを導き出しているはずだ。


 俺は、全く全てを推測で以って「テロリストの正体は国家連合と特級冒険者である」と考えた。


 彼は、どのような根拠や推測で以って、何を主犯と考えたのか。

 俺はそこを、どうしても聞きたかった。



 しかし、



「――その質問は、難しいな」



 彼、レクス・ロー・コスモグラフはそう答えた。



「……。それはなんだ、もう少し考えてから結論を出したいってことか?」


「うん? いや? そうじゃないんだけどな」



 そうしてまた、一拍の沈黙を残す。



「……。」


「俺はね、鹿住ハル。犯人が誰かよりも、が知りたいんだ」


「……、……。」



 それは、


 ……俺の、予期しない答えであった。



「俺は、アンタが思うほど頭がいい訳じゃない。思い切りがいいから、さっきはアンタにカマをかけられただけだよ」



 首を垂れて、手を組んで、

 彼は、ぽつぽつと唇から零すように言葉を紡ぐ。



「――俺の三つ目の願いは、人に求められ、それに答える人間であることだ」


「!? レ、レクスっ?」



 ……いや、いいんだ。と彼は呟く。


 ベアトリクスがレクスを止めようとしたのは、恐らく、だろう。


 過日の楠木は、そうして恐らくは三つめの願いを『スターゲイザーほしをみるもの』に昇華した。

 確かにあれは切り札と呼ぶにふさわしい力であり、そして同時に異邦者における最奥の一手だ。


 なにせ、異邦者の願いは三つまでしか叶えられない。

 三つめの願いを開示してしまえば、それで以って異邦者の「底」は確定する。


 彼が、それを俺に言って聞かせた意図とは、


 ――つまり、


「最高権力組織によるの破壊。この可能性は確かにあるだろうし、それにそもそも、今でさえそれは破綻しつつある」


「……何?」


「この世界には、破格な英雄が増えすぎたんだろうよ、鹿住ハル。……異邦者であることを隠した有名人なんて幾らでもいるぜ? なんなら、一級冒険者の殆どと、特級冒険者の全員が異邦者だって噂もあるしな」



「……、――お前」



、……世界の変遷には抗えないと思う。だから、その変わった後のことを考えたい」



 そう、そういうことなのだ。


 



「鹿住ハル。俺はね、――」



 そこで、

 馬車が一つ、大きく揺れた。



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