..to Night.



 ――死んだ国に、静謐を割る『電子音』が鳴る。


 それはいっそ、そこらの灰でも巻き上げてきそうな遠慮なしの音だ。

 そしてそれは、に酷似したものに聞こえた。



「……、……」



 夜の街に響く。


 俺は、その音の出所に耳を澄まし、そちらへ行く。



 少しずつ、少しずつ近づいていけているのが分かる。

 電話の呼び鈴は、いつまでもなり続けている。



 ――それを、見つけたのは、



 未だぎりぎりで家屋の体裁を保てているような、とある一角だ。




「……、……。」




 印象で言えば街の交番のような感覚だろうか。こじんまりとしたその家屋の一面を煤が葺いていて、


 その最中にあったのは、イメージそのままの見た目の『据え置きの電話機』であった。



「……もしもし?」



 で、良いのだろうか。

 俺がおっかなびっくりで受話器を取ると、



『――繋がった! あ、ハルですか!?』



 予想外に聞き慣れた声が返る。



「――、そっちは?」


『エイルです! ハル! 「英雄の国」はどうなっていますか!?』



 少し、返答に悩む。


 しかし、向こうの声は何か焦ったようなニュアンスがある。俺は、結局は見てきたままに伝えることにした。



「壊滅だよ。さっき、楠木ミツキの死亡も確認した」



 俺が、そう言うと、



『……、そうですか』



 彼女は、そう答えた。


 ……しかし、すぐに、



『わかりました。「国」には後日、埋葬の為に騎士を派遣します。あなたには、別の案件で伝えるべきことがある。よく聞いてください』



 そう、彼女が応える。

 

 ……味気のない対応だとは思わない。むしろ、彼女の切り替えの早さにこそ俺は感心をした。

 なにせ、彼女の焦燥や絶望は、「電話口」でさえあまりにも露骨だった。彼女は察するに、この国の惨状を見て、更には俺の起こした爆発で、俺がここにいることも理解して連絡をよこしたのだろう。恐らくは、知っている連絡先を手当たり次第に当たって。


 閑話休題。

 彼女の心中を察するのは今ではない。今は、彼女の言葉を聞き逃さないようにするのが先決だ。


 彼女は、





!』





 ――まず初めに、そう言った。






「    」






 夜の空を、俺は見る。



 嗚呼。

 が、彼女の伝えたかったものに違いない。






 ――空を覆う、巨大な壁。


 それが、向こうから着て、この「国」の頭上を通って、彼方へと向かう。


 竜と亀を足して二で割れば、ああなるだろうか。

 近付くほどに、耳鳴りが聞こえる。それが、超重量に空気が圧殺される音だと俺は気付く。


 身体の節に立つ苔が見えた。夜の闇気を纏いながらも、ソレの飛行は太陽よりもなお俺の目を引く。内包する熱が、上空の威容を見るだけでも手に取るようにわかる。


 重力さえ放出しそうなほどの圧倒的存在感。

 その姿が、――今、俺の頭上を通過した。







! そちらからも見えるはずです! ハル、出立してください!』



「――――。」



 竜の影が、尾を引いて消えた。


 空に浮かぶように、緩慢に、淀みなく、

 一定の速度でソレが小さくなっていった。あれが、





 ――





『ハル! !』




 エイルの悲鳴が、俺には、

 例えば、だとか、

 そう言った類の、「不可能」に聞こえた。







二章『英雄の国』 完。


 ――第三章『英雄誕生前夜』に接続。



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