Epilogue..



 風が聞こえる。

 遥か彼方からの風だ。


 星が一つ墜ちた。


 それで俺、鹿住ハルは、

 ……なるほど、確かに。と思う。



 全力疾走を一時停止したままでは、あまりにシュールに違いないが、しかし気付くのをやめることはできない。

 俺はその気づきが、胃の腑へ落ちるのを心地良く享受する。


 ――そう。

 確かに、『時間』を止めてしまったら星を見ることはできないのだ。だから彼は、『世界』を止めた。

 絵画と現実の差異の根幹は、それに時間が宿っているかどうかであるゆえに。




「    」




 ――人が、

 死を覚悟するには、どれだけの時間がかかるのだろうか。


 場合によっては寿命全てをかけてもなお覚悟が決まらないことだってあるはずだ。しかし、






「――






 彼はすぐに、夜空から視線を切った。







 /break..







「――――。」



 爆風が晴れる。



 人と肉塊の中間と成り果てた楠木が、「国」の死骸の最中に伏している。


 死を受け入れて、痛みを全て受け入れたのだろう。彼は至極穏やかな表情で以って、

 ――俺に、話しかけてきた。



「なあ、ハル?」


「……、……」



?」



「…………、ああ」



 彼の、俺に切っ先を向けた表情は、まるで幽鬼のソレであった。


 修羅ではなく、幽鬼だ。彼の眼孔には、あの時点で既に生きる意志がなかった。それにその後についてもだ。生きる意志も、それに恐らくは勝つ意思も無かったはずだ。


 だからこそ、




は、お前を殺すので払えってことだろ?」




「ああ、……君は本当に、すごいな」




 そう言って彼は、乾いた笑いを起こした。




「ほんとにさ。さっきから思ってたんだけど、君は新参で間違いないんだよな?」


「……、……」



「その様子じゃ、前の世界で何をしていたのかは、教えてくれないんだ?」



「……悪いな」




「……いいよ、別に。俺は今のお前しか知らないしね、知ってる以外のことには興味ないや」




「なあ、楠木」



「うん?」




「聞いていいか? お前はさっき、俺に、勉強代だって言ったじゃないか?」



「ああ、言ったよ。俺は君に、それなりに役に立つ経験を分けてやれたって気がしてるけど?」




「お前と戦うのが、か?」




「うん? ああ、いやね。……この世界は変わりつつある。次の世界じゃ、異邦人同士が戦うことが必ず起こるはずなんだ」




「……、それは、どんな確信があって?」




「そりゃアレさ。じつはね、俺もさっき戦ったんだよ。――





「――――。」




。竜やゴブリンや剣の異邦者は見たことがあるんだけどね、あれは初めて見た。……なんだ? 君もアレを知ってるのか?」



「……ああ、少し縁があってな」





「じゃあ、一つ言っておくけどな。。それ以外は分からない。悪いな」




「いいや、別にいいさ」




「なあ、君さ」




「うん?」




「もし、……よければなんだけどな?」




「なんだよ? もったいぶるな?」





「よかったら、俺の国の仇も、一緒に取ってきてくれないか?」




「……、……」





「いやか?」





「仇って、お前な……」





「なんだよ。どうせ、そういう用事なんだろ? 駄賃はそうだな、『これ』だ。俺の短剣でどうだ?」





「……、……しかたねえな、わかったよ。あの剣は確かに魅力的だし」





「そっか。……ははは、ありがとうな」





「楠木?」





「ああ」










「……どうして、お前、死のうと思ったんだ?」


















「……、なんでかな、なんかこう、



 ――死ねばまた、ゼロからやり直せるような気がしたんだ」










「……。」





「イチからは、ちょっと大変すぎるけど、ゼロからならやり直せるって思ったんだよ。……この世界に、 ――来たとき、みたいに」






 そして、

 彼は。






「あー、悪いな。――疲れちゃって、少し、眠く」




「……ああ、別にいいさ。ゆっくり休めよ」









 ――安心したように、息を引き取った。







 /break..








 元々、俺は、



「……。」



 ……この短剣を彼の墓標にしてやるつもりだった。


 墓を掘ってやるつもりなどは無い。ただこの街の真ん中にこの剣を突き立てて、それでおしまいだ。

 俺がこの街に支払うべき義理など、例のウイスキー一杯分が関の山であるゆえに。



「……、……」



 しかし、そうもいかなくなってしまった。

 なにせコレは俺の駄賃だ。感傷一つに苛まれて墓標に使ってやるわけにはいかない。


 ゆえに、これ以外で以ってウイスキー代を支払う他に無くなった。

 ならば、仕方がない。


 ……少しくらい俺が多く払うつもりで、街の住人の土葬くらいはしてやってもいいのかもしれない。



「……。」



 街を、検分する。


 それにあたって、目についた遺体は一か所にまとめる。一通り探してみて、見つけた遺体の数は五〇を下回る程度であった。


 ……これで国を名乗るのは型落ちが過ぎるのでは? などと言うのは一つ冗談として。


 どうやら彼らはここに残った手合いであるようだ。

 少なくとも、この「国」の規模で人口を推測するなら五〇にもう五〇ほど掛けても足りないはずだ。



「……、……」



 いや、或いは、


 ……跡形も、無くなったのかもしれない。



 少なくとも楠木の表情は、全てを失った人間のそれだった。



「……まあ、いいや」



 関係などは無い。

 もう終わったことだ。


 考えるのをやめて良いはずだ。風に耳を澄ませて、気を紛らわせた方がいい。



 妙な気分になっているのは、きっと、今夜は死に顔を見過ぎたから、なのだろう。



「……。」



 ふと、そこで



「?」



 俺が耳を澄ませるのを待っていたように、――かすかに、が聞こえた。







 /break..









 エイリィン・トーラスライトとリベット・アルソンは、日の落ちた最中に目を覚ました。



「……夜、か?」



 頭を振って周囲を確認するエイリィンは、まず初めにリベットを見つける。


 ……意識はないが、呼吸はあるらしい。怪我の様子も見当たらない。

 あのフリーフォールでエイリィンが頬に受けた上昇気流は、彼女の目を覚まさせ、適切な一手を打たせるのにしっかりと役立ったらしい。



「(ハルには、感謝をしなければいけないな)」



 まずは、火の魔法を唱え視界を確保する。それを地面に落とし、薪のようにして安定させる。


 ――さて、


 緊急回避のスクロールは正しく起動出来たようだ。エイリィンは、自身の身体を改めて見分し、痛みや挙動の違和感がないことを確認してから、改めてリベットに気付けを行った。



「…………、えい、る?」


「無事ですか? リベット」



「うぁ、……ここ、どこ?」


「分かりません」



 なにせどこを見ても森ばかりだ。星で方位を探ろうにも、木々があまりに鬱蒼としているものだから空が掴めない。



「ただ、コンテナ移動の時間と照らし合わせると、恐らくは『英雄の国』の近隣であるはずです」


「英雄の、国……?」



 リベットが呟く。



「英雄クスノキが拓いた多種族国家です。規模自体は国と言うよりは街ですし、何よりあれは公国の土地の中にあるものですがね、公国は敬意をこめて、あのコミュニティを『国』と呼んでいます」


「……、あれ? ハルは?」



 分からない、とエイリィンは答えた。



「リベット、あなたはあの落下のなかで何かを見ませんでしたか? 街か、それ以外でも何でもいい」



 まち、まち、まち……。

 そう、リベットは呟く。


 妙に視線がうつろであって、思考が判然としないような様子だ。


 緊急回避自体は滞りなく起動したはずだが、身体のどこかに不調が出ているのかもしれない。

 或いは、スクロールの効果時間外に頭でも打ったのか。



「(まずいな、打ちどころによっては洒落にならないかもしれない)」



「まち、まち、……――街、を。見たわ、私」


「ほ、本当ですか!」


 エイリィンが声を上げる。


 見た、というならつまり、少なくとも視界の範囲内にあの『英雄の国』があるということだ。


 あの国ならば自分たちの保護を厭うことはない。ひとまずはリベットの容態も気になるし、何より「あの男」ならきっと『英雄の国』を見つけてくる。



「ええ、もえて、もえて、……――? ……そうだ、燃えてたわよあの街! エイル! 街が一つ、滅茶苦茶になっていた!」


「――――、なに?」



「風の匂いがするわ、エイル、こっち!」



 リベットが、一息に身体を起こし走り出す。

 エイリィンには彼女についていくことしかできない。リベットの背を見失えば即座に遭難しそうな速度で以って、しかしリベットは迷いなく進む。


 ゆえにエイリィンは、彼女の背をただすらに追って、

 そして、

 


 ――森が開ける。



「――――。」



 そこは、だ。

 上も、左右も、下に至ってさえ。


 どうやらここは高所の崖であるらしい。リベットの背中が急に減速したのを見て、エイルも同様に足を止める。

 そして、――景色を見る。


 月の無い夜に、下弦の森はどこまでも影ばかりだ。

 地平まで続く隙間のない森。しかし、その一部では空白地帯が広がる。


 森にポツンと浮かぶそこは、

 ――確かに、篝火の消える間際のような様子があった。



「そん、な」


「エイル? アレが英雄の国なのっ?」



「――そんなはずがない! !」



 そう。

 公国の常識ではなっていた。


 。それがこの国だ。彼の英雄、異邦者クスノキのもたらす叡智は、モノの技術も、コトの技術も画期的であって、特にコト技術、行政施策の類においては竜骨の一つですらあった。

 だから、異邦の歴史から生み出されたその先進した技術に対して、公国は敬意をこめて、「先達の国」と呼んでいるのだ。


 エイリィンの友人であるアトリア・フォン・レイジヴォルンもここで勉強をしていた。彼女はここから帰るたびに、エイリィンに「国」での心躍る日々を語ってくれた。


 なのに、


 ――嗚呼。

 こんな、焼き払われたような惨状で、野ざらしにされて良いはずがない!



「    」



 ふと、



! !」



 上がったリベットの声に、

 ――



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