第三章『英雄誕生前夜』

intro.



 春の夜を、星々が暴く。



 透明度の高い夜空は、黒と言うよりも藍色に近い。


 虫鳴りと風が唯一の音だ。

 それは、とある静謐の夜の、死んだ「国」での光景である。




『空を、見てください!』




 エイリィン・トーラスライトが、俺にまずそう告げる。受話器から聞こえる声は、不思議なノイズを介在させていた。


 そして俺の視線の先、空には、



 ――「大陸」がいた。



 爆竜パシヴェト。この世界の生態系における頂点、竜種の一角。

 ソレは飛行など在り得ない超重量で以って、しかし空気を圧殺する耳鳴りのような音を立てながら夜を飛ぶ。




『ハル! どうか、どうかソレを、倒してください!』




 エイリィン・トーラスライトは、

 焦燥を隠すこともせず、俺にそう言った。






 /break..






 私ことエイリィン・トーラスライトは、受話器カード型スクロールに向かってそう叫ぶ。


 場所は、先ほどリベットに連れられて辿り着いた崖の上である。ここからはいまだ、夜と、国の遺灰もえのこりと、そしてあの爆竜の威容が見える。


 しかし私は、

 ――



『どうして焦ってるんだ。俺はここにいるぞ、合流しないのか?』


「出来ません。残念ですが」



 そう、彼に返した。



「エイル、――


「……、……」



 同行していた冒険者、リベット・アルソンが言う。

 しかし、彼女の持つような冒険者レンジャーとしての素養などなくとも、濃密な人の視線は手に取るようにわかる。


 べたり、べたりと、

 視線それが私の身体を這う。



「ハル、西。あなたはあなたで、最短距離で爆竜を追跡してください」


『何があった?』



「敵襲です。あなたまで足止めをさせるわけにはいかない」


『……。』



「――エイルッ!」



 森が揺れる。


 その胎内から吐き出されたのは、――だった。


 空気の壁を裂く甲高い音が響き、私たちに殺到する。私はそれにあたり、

 まずは受話器スクロールを握りつぶした。



武器生成ウォール・シフト!」



 ――スキル、武器生成。


 外魔力オドを成形し武器を成すスキルである。空気中の水分が結露しダイヤモンドダストとなるように、私たちの前に「武器の壁」が生成され、それらが放たれた矢を弾く。


 静止。


 ただ一瞬だけ、空気が明確に静止する。森の奥の粘つく視線と、断崖絶壁に立つ私たち、彼我の距離感を明確に断絶する「武器の壁」が、私たちに冷静さを取り戻させる。



「……エイル、どうする?」



 リベットが聞き、



「決まってる、――全て無力化です」



 私は、そう答えた。



「彼らの素性は、英雄の国の壊滅か、爆竜の襲撃か、どちらかには縁があると考えるのが自然でしょう?」



 ……第二射は来ない。


 敵が引いたというわけではあるまい。視線はいまだ、私の身体を這いずり回っている。

 私には、この手の視線に心当たりがあった。



。私だって公国騎士ですからね、この手合いの処理は何度だってしてきた」


「なにっ? 敵の正体が分かるの?」


「ええ、恐らくは」


 言って私は、目前の武器の壁から一つを手に取る。

 選んだのは反りのない細身の長大剣。教会の十字架を逆さにしたような見た目のそれを、私は横倒しに構えて、




「――。竜種という圧倒的強者に酩酊した、質の悪いテロリストですよ」




 そして、投げる。

 弧を描いて森へ吸い込まれたそれが、まるで鎌が草を刈るように森を蹂躙する!



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