第56話自分たちで行動を起こすしかなかった

私と夏芽の過去を語るにあたって、やっぱり必要不可欠な存在を挙げるとすれば、母親だろう。

反吐がでるけど、仕方がない。


私らの母親は、とにかく頭のネジがゆるい女だった。


世間の常識や良識が年不相応に疎く、頭も弱い。どのくらい頭が弱いかと言うと、幼稚園児でもできる『1+1』の答えが指を出さなきゃ、わからないほどだった。


他人の意見や誘惑に流され過ぎるため、すぐ人に騙される。『万引きをすれば友達になってあげる』と言われれば、きっと何の躊躇いもなくやるだろう。自分で物事を考えるのが嫌いだった母親はすでに家族から見放された状態だったらしい。


緩いのは頭だけじゃなく、股もだった。誘われれば、色んな男と寝ていたらしい女。

そんな生活を避妊なしで続ければ、妊娠してしまうのは自業自得だし当たり前だ。お腹が膨れても『太ってきた』程度に思っていた母親は他人から指摘されるまで、一切自分が妊娠していることに気づかなかったらしい。ほんと、バカにもほどがある。


その時、まだ現役バリバリの高校生だったって言うのがあの女らしい。もう堕胎するのは難しいほど、お腹が大きくなった母親は赤ん坊を産むことになった。仕方なしに生まれたのが私と夏芽。基本、相手の男はゆきずりだったため、父親は母親本人もわからないらしい。

出産した直後に母親は家族から縁を切られ、高校も中退した。

頭が悪く、騙されやすく、学もなく、男に依存しやすい女がどういうやり方で金を稼ぎ、生きていたかなんて容易に想像できる。自分の若い体を利用していたんだろう。そんなやり方だけで子供二人を嫌々ながらも育てていたなんて、ある意味すごいのかもね。


それにしても、あんな生活の中で私らよく死ななかったな。

物心ついたころには、部屋の中はゴミだらけで、着ている服も異臭まみれのボロボロ、水道もよく止められていたから夜、近場の公園の水場で体を洗うしかなかった。


食事も基本一日一食だったから、毎日お腹を空かせていたな。


母親が家に連れ込む男が代わる代わる変わっていたのを覚えている。

いろいろいたな。私らに関して無関心な男、私らを舐め回すような嫌な視線を向けてくる男、私らに躾と称して、殴ってくる男。そんな不快な視線や最悪なストレス発散をしてくる男達も最悪だけど、止めようとしないあの女はもっと最悪だった。


あれは母親にはなれない女だ。一生自分を『母親』だと自覚できない、したくないタイプの女だ。


家も最低だったけど、外も最低だったな。私らがネグレクトを受けてるってどう見てもわかっていただろうに近所の誰も何も言わないし、しないんだから。それどころか、ボロボロの服を着て歩くたびにジロジロみられるしクスクスと笑われていた。小学校なんて遠慮なしに爆笑されていた。同級生には笑われてた記憶しかない。


あ~あ、ちょっと思い出すだけでも胸糞悪い。

あの頃は私も夏芽も言われるがまま、されるがままだった。


でも、私は虐げられたままで終わるつもりはなかった。すでにどうやって劣悪な環境から抜け出せるかを考えていた。近所に助けを求めるのはまず、論外。自身の生活のルーティンのためなら罪悪感を簡単に蓋をするような奴らに縋ってもロクなことにはならないことは目に見えていた。

警察もダメだろう。警察がこういう問題に介入したからといって、漫画やドラマみたいに百パーセント解決してくれないことはもうすでにわかっていた。百パーセント頼りになるのなら、年々虐待やネグレクト問題が増えるわけがないからね。


大人に頼るもの警察に頼るのも無理。それなら、どうするか。


自分たちで行動を起こすしかなかった。子供だから何もできないなんて、私は思わなかった。

むしろ、子供という立場は利用できると思った。どう利用すればこの地獄のような環境を改善できるか考えあぐねながら道を歩いていると、レストランで食事をしているとある人物に目がいった。


テレビをロクに見させてもらえなかった私はとにかく、何かしらの情報を収集するために近所のコンビニで新聞を読みふけり、家電量販店で閉店ギリギリまでその日のニュースを目に焼き付けていた。


緻密な努力の成果だろう。レストランで目がいった人物は新聞やニュースで、見たことがあった政治家だとわかった。『高尚』だとか『公正』だとか言われている、典型的なうさんくさい政治家。慈善活動をテレビで何度もアピールしているドキュメンタリーなんて、めちゃくちゃわざとらしかったのを覚えている。調べたところその男は妻も子供もいない四十代独身で、仕事の都合で最近別宅に住み、週一でレストランで会談しているとのこと。


私らにとってはこれとない、チャンスだった。この男の養子になれば、この最悪な環境を抜け出せると私は考えた。もちろん、ただ養子にしてほしいなんて頼みこんだからと言って養子にしてくれるなんて私は思っていなかった。


ただ頼み込むだけじゃ、ダメだ。絶対、弱みを握ってやると、私は考えた。


私は隠し持っていたお金でインスタントカメラを買い、できるかぎりの時間を使ってその男を付け回した。幸か不幸か、その当時何番目かの彼氏と別れたばかりの母親は若いホストにハマり、数日間家をよく開けていた。やっかいな母親が家にいないおかげで自由に外に出ることができていた。


でも大変だったな。生活費すべてをその若いホストに貢いでいた母親は、私らを完全に放置していたから。元々、ネグレクト状態だったけどあの期間は特にひどかったのを覚えている。

ほんと、ああいうときのためにパンの耳とかをコツコツ集めていてよかったよ。

あれがなかったら、確実に私ら餓死していた。


一体、何日パンの耳をかじりながら男を付け回す毎日を続けていただろう。精神的にも肉体的にもマジでギリギリだったから、覚えてないや。


でも、さすがは私。あの時、諦めないでよかったよ。

政治家の弱みというものを私はついに掴んでやった。


うさんくさいという勘はやっぱり当たっていた。あの男、人妻に手を出していた。

しかも三人も。それも二十代の。私はその人妻3人をそれぞれラブホテルに連れ込んでいる写真をばっちり撮ってやった。


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