第57話子供は大人よりも同情を集められる

決定的な写真を撮ることに成功した私は次の日、計画を実行に移すことにした。

その日は男がレストランで会談をする日。私は夏芽に計画を伝えながらレストランに向かい、男が外に出てくるのをじっと待った。


そして男が出てきた瞬間だった。私たちはさっそく計画を実行した。


その名も『とにかくジタバタして、助けざる得ない作戦』だった。


私たちは男の足に縋りついて「助けてください」と大声で叫んだ。

とにかく大声で、みっともなく、必死な形相で。


ボロボロな格好をした少女二人が有名政治家の足元に縋っている現場を目にした通行人の何人かが、何事だと足を止めていた。でも、私たちは縋りつくのをやめなかった。

だって、これが狙いだったから。


皆が見ている前で今まで以上に大声で言ってやった。


『ひどいじゃないですか!私たちを助けてくれるって言ったじゃないですか!』


何度も何度も言ってやった。


当然通行人は私の言葉に困惑。そして、通行人以上に男はパニック状態。


いやぁ、ほんとあの顔は見ものだったな。今でも覚えてる。ボロボロの格好をした子供二人をまるで、得体のしれない宇宙人を見るような形相だった。しばらくして警察を呼ばれたとわかると潮時だと思い、ある事を男の耳元に囁いた。


『愛人の写真を撮った。A公園で今夜十時に話がしたい。一人できて』


そう吐き捨てた後、私たちはその場を去った。


私は公園に絶対、男が来ると踏んでいた。私が言った言葉は男にとってはとんでもない置き土産だったはずだから。


案の定、男は来た。ジロジロと汚いものでも見るかのように私らを見ていた男に写真を見せながらこう言った。


『いいイメージしかない政治家が3人の、しかも二十代の人妻に手を出しているなんて、知られれば大変なことになるね。写真をバラまかれたくなかったら、私らをあんたの養子にして。私らは孤児じゃないけど、あんたの力でだったらそこら辺はどうにもできるでしょ』


ふざけるな、という男にさらに私は続けた。


『持っている写真の他にもまだ数枚証拠の写真はある。もし、私が行方不明とかの事態になったら自動的にバラまくようにしている』


これは嘘だ。写真は手持ちのものしかない。


『それに私らを突き放すのは政治家さんにとってはマイナスでしかないと思うけど。昼間のことは覚えてるよね。私らは政治家さんに『助けてほしい』の他に『助けてくれるって言ったじゃないか』と以前会ったかのようなことを匂わすことを言った。端から見れば、どう思われるだろうね。きっと皆こう思うんじゃない?助けを求めている子供を口約束だけして見捨てた薄情な政治家だって。あなたは私らのことを知らないって当然言うだろうけど、果たしてどれくらいの人がそれを信じるんだろうね。ていうか、あの場面を目の当たりにした人たちからすれば、あなたの言ってることが嘘か本当かなんてどうでもよくなるはずだよ。目の前にいる助けを求める子供を知名度の高い政治家は助けるのか、助けないのかの話題で持ちきりになると思うから』


男は歯ぎしりする。その顔は、テレビや新聞で凛とした表情でインタビューに答えている政治家とは別人かと思うほど滑稽な顔だった。有名政治家が二人の貧相な子供に翻弄されているなんて、記者にとっては格好の餌食になるだろうね。


私はさらに続ける。


『私は別にあなたに父親になってほしいなんて思ってない。ただ、この最低最悪な状況から抜け出したいだけなの。私らはまぁ……見ての通りな生活をしてる。私らは明日のご飯の心配や何週間も洗濯をしていない服を着たりとか、いつ母親がアパートに連れてくる見知らぬ男に犯されるか犯されないかの心配とかなんて、したくないだけなの。私らはただ、三食のあったかいご飯が欲しい、臭いがまったくない清潔な服を着たい、殴られるか犯されるか心配のない明日が欲しいだけなの』


しばしの沈黙。私は一呼吸置いた後、口を開いた。


『政治家さんに、もし他人に対しての憐れみがあるのなら……私らを助けてほしい』


これは脅迫でもあり、取引でもあった。子供が大人相手に脅迫なんて、端から見れば笑いの種になるネタだ。でも、不祥事の少しも起こすことを嫌う公明正大な看板を掲げている政治家さんにとっては決して笑いの種にも無視もできない事柄。


私は色んな人間をよく観察してきた。特に私と夏芽への視線は殊更。

双子に対する好奇心、同情、憐憫、侮蔑、嘲笑、嫌悪。


対峙していた男の目には明らかに嫌悪と侮蔑そして憎悪が宿っている。私らを見下し、底辺だと思い込んでいる多数派と一緒。でも、私は見逃さなかった。ほんの僅かだがその敵意の感情に同情の色が見え隠れしているのを。その理由はわかりきっていた。


それは私らが子供だからだ。大人の手を借りなければ、生きていけない養われる立場の脆弱な存在。それが子供。だからこそ、子供という立場は利用できる。子供は大人よりも同情を集められる。施しも多い。その場しのぎの偽善的な言葉も多くもらえる。


私の見解では政治家の男は虚栄心の塊のような男だが、クズというわけではなさそうだった。アピールで慈善活動をしているのは確か。だからといって、慈善活動自体を馬鹿にしているわけではないようだった。

私は思った。目の前の男は決して巷で謳われているような公正で善良な人間ではない。だからといって、サスペンス劇場によく出てくるようなベタな悪徳政治家でもない。たぶん政治家としても人間としても普通なんだと思った。普通に世間体を気にしていて、普通に体裁を気にしていて、普通に性への欲望があって、普通に悪念を起こす。そして、普通に虐げられている子供への同情心も持っている。


私が狙っているのはその同情心だ。

その同情心に付け入る隙があると踏んだ私はこうやって男と対面している。


私は隣にいる夏芽の手をぎゅっと握った。

すると、夏芽は力いっぱい私の手を握り返してくれた。

私はそれがすごく嬉しかった。


この取引に私らの今後がかかっている。私はこのクソみたいな環境を抜け出したい。

そのためだったら、実の母親を捨ててやる。

子供という立場だって利用してやる。

脅迫だってしてやる。


『父親』になんてなる必要はない。ただ黙って私らの『足長おじさん』になれ。


私は視線に全身全霊の感情を乗せる。


男は私と夏芽を交互に見る。何度も何度も。それを数分間繰り返す。

しばらく経つと煩わしそうに、苦々しそうに、そして心底悔しそうなため息を大きく吐いた。


忘れもしないしんと静まり返った公園の深夜。


その日、取引という名の脅迫は成功した。

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