第54話 曇り空でも私の心は晴れ模様だ

「あの………」


リオン君はおずおずと私たちに歩み寄ってきた。


「ごめんねリオン君、驚かせて。申し訳ないんだけど夏芽、しばらく起きそうにない。ベッドとかで寝かせたいんだけどいいかな?」


「あ、はい。僕の部屋のベッドでよろしければ。姉さんのベッドより小さいですけど」


「ああ、大丈夫大丈夫。夏芽と私、そんなに背丈高くないから」


私は夏芽をひょいっと背負った。ズンと背中に重さがかかる。

デジャブだ。モンスターを倒した直後も突然倒れて背負ったっけ。まさかまた、夏芽を背負う羽目になるとはね。しばらくは背負わないと思っていたのに。

重いし面倒くさい。妹と言えどそう何度も人間なんて背負いたくないっての。こんな不快な思いを抱えているにも関わらず、ベッドに運ぼうとしている私ってなんて優しいんだろう。


私は夏芽が目が覚めた時、前よりももっと口酸っぱく言うことを決めた。

人様にならどんな迷惑はかけてもいいけど、お姉様には迷惑はかけるなって。


◇◇◇


リオン君の部屋は、明かりがついていない。しかし、薄暗がりにすでに目が慣れてしまった私はスムーズに背負っていた夏芽をリオン君のベッドの上に置けた。リオン君のベッドはお姉さんよりも小さかったが、夏芽を寝かせるには十分の大きさだった。


「ベッド占領しちゃってごめんね。一時間くらい経ったら無理やりにでも起こすから。夕方までには王宮に戻らないといけないし」


「はい、僕のベッドでよろしければ」


そう言ってリオン君はすやすや眠っている夏芽に掛け毛布をかけてくれた。

マジでいい子だな、リオン君って。


さてと、一時間どうするかな。いつもの如く、スマホの写真の整理でもしようかな。

さっきの動画もちゃんと確認したいし。


私はさっそくと思い、スマホのホームボタンを押した。


………なんか目がショボショボする。


明かりがまったくついていない暗がりの部屋でスマホから発せられる光を見続けるとやっぱり目が疲れるな。


ていうか、この家の中ってだいたいこんな、薄暗い状態なんだよね。

リオン君やお姉さん、よく生活できているな。

生活リズム大丈夫?


「リオン君、こんなところに住んでて平気なの?」


「え?」


「外はまだ明るいのに、部屋の中はこんな真っ暗でさ。朝起きた時もこんな薄暗いんでしょ?起きれる?」


玄関に窓が一つあるが、光を遮断するかのように高い建物がそびえ立っているため、意味がない。

たぶんこの建物は集合住宅みたいなものだろう。欠陥のある集合住宅。


「慣れました」


リオン君は苦笑した。


慣れ………か。

まぁ、慣れようと思えば慣れるかもね。

私は慣れたくないな。そして住みたいくないな、こんな住宅に。


「私ちょっと出るね。外の空気も吸いたいし」


「あ、はい」


こういう薄暗くて狭くて、空気がこもっている部屋ってどうにも苦手だ。

体がムズムズするというか、そわそわするというか。


だから、こんなところがぐっすり眠れる夏芽ってすごいわ。悪い意味で。


私はスマホをポケットに入れて、外に出た。



◇◇◇



裏路地から抜けた瞬間、背伸びをする。


「ふぁ~、外明るい空気おいしい」


天気は相変わらずの曇り。一切、日光なんて出ていない。それでも日暮れ前の空模様と薄暗い室内とは、明るさが雲泥の差だ。風通しの悪い薄暗い空間から解放されて、気分がいい。

曇り空でも私の心は晴れ模様だ。


「そういえば今、何時なんだろう」


私はレンガ壁にもたれながら、スマホをポケットから取り出し、確認しようとする。


「………って、ダメじゃん。今スマホの時計、動かないんだから。どうしよ………ここら辺に時計って………」


「三時五十五分です」


「うわっ、びっくりした。リオン君も外に出たんだ」


いつのまにかリオン君が私の隣に立ってる。懐中時計を手にしながら。


「時計持ってたんだ」


「はい、神殿に務めているものには全員に支給されているんです」


「へぇ、そうなんだ。じゃあ、ちょうどいいや。一時間経ったら、教えてね」


「はい………の、ミフユ様!」


リオンの私の名前を呼ぶ声に力が入る。

リオン君は背筋をピッと伸ばし伸ばし、真剣な眼差しを私に向けた。


「姉さんを救ってくださり、ありがとうございます」


「その礼はさっきも聞いた。私は何もしてないって言うのもさっき言った気がするけど」


「いいえ、お礼はお二人に言うべきだと思っています。本当に、本当にありがとうございます」


バッとリオン君は頭を下げた。


「律儀だね」


礼儀正しくて優しく手先が器用な顔がいい優等生。そして孤児でもある。


一部の人間からみれば、リオン君みたいな子って鼻につくんだろうな。あのリオン君の先輩神官見習いがリオン君をいじめる気持ちもわからなくもない。


子供のくせに妙に物分かりがいいのが気に入らない。

孤児のくせに優等生ぶっているところが気に入らない。

手先が器用なのか気に入らない。美少年なのが気に入らない。

なんとなく気に入らない。


………こんなところだろう。


一回、気に入らない要素が出ると、人間はどんどん粗探しを始める。

言うなれば、イジメてもいい『理由』を探す。

これは大人子供関係ない。人間なら、だれでもやりがちになることだ。


私自身それを身を持って知っている。


「リオン君、もし私らがお姉さんのことを知ってる発言とかしなかったら、どうしてた?」


「………え」


ずっと頭を下げていたリオン君は困惑顔のまま顔を上げた。


「だから、夏芽がマヨネーズの恩だからリオン君の家に行くって言わなかった場合の話。リオン君からお姉さんこと、ちゃんと言い出してた?」


「それは………」


リオン君は気まずそうに押し黙った。


意地悪な質問だって自覚している。もしもの話をしても仕方がない。

それでも、リオン君をあえて困らせる言葉を選んだ。私は別にリオン君が私の満足させてくれる答えが返ってくることを期待していたわけではなかった。


ただ単にこの優等生のリオン君を困らせてみたいと思った。

この気持ちは普段ヤンキーを夏芽がぶちのめす姿を写真に収める、あの嗜虐的なものとは少し違う。この気持ちは、リオン君をただ気に入らないとイジメるあの見習い神官と近いだろう。

子供じみた、世間一般的な感情だ。


「それは………わかりません」


「わかんないの?夏芽がリオンの家に行くって言いだす前に、何度もお姉さんのことを言いかけていたし、リオン君も言おうと思っていたって言っていたから、てっきり首を縦に振ると思っていたけど」


「確かに僕は姉さんのことを何度も言おうとしていました。でも、言おうとするたびに喉元に言葉がひっかかってしまったのも事実です。それに僕は………臆病な性格なので、言わなかった可能性のほうが高いかもしれません」


「臆病なんだ」


「はい、僕もわかってるんです。もっと………毅然とした態度でいようと思っても上手くできなくて………流されちゃダメだって思っていてもそれとは反対のことを言ってしまいがちになって………」


「自覚はあったんだ」


やっぱり、自分がいじめられているって自覚はあったんだ。

まぁ、いじめられても『自分はいじめられている』と公言できない気持ちもわからなくもないけどね。神殿に務めている人間だったら、余計にそう思ってもおかしくない。


曲がりなりにも神に仕える神官見習いが人を間接的にイジメ、イジメられていると思いたくなかったんだろうな。




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