第45話うおおおおおおおおおお
大司教の記憶は戻ったが、それとは相反して副神官長が記憶喪失になった。この事実は瞬く間に王宮内にいる神官たちや貴族たちに知れ渡った。そのため一夜明けた現在、私たちの召喚時以上にかなり王宮内がバタバタしている。
「それにしても、よかった。なんとか昨日、誤魔化せて」
記憶を取り戻した大司教は記憶を失った間の記憶はまったくないらしい。
つまり、勝手に奥の部屋に忍び込んだ私たちと鉢合ったことや夏芽が杖で副神官長を殴ったことも思えていないということだ。
私はこれ幸いとばかりに、目を覚ました大司教に状況を説明してあげた。
“帰還の手がかりになりえるかもしれないホーリーロッドを私たちに見せるために副神官長が保管庫まで連れて行ってくれた。同時に記憶を取り戻すきっかけになるかもしれないからと、大司教も一緒に”という、色んなものをオブラートに包んだ説明を。
ついでに副神官長が記憶を失ってしまった理由も付け足した。
“よろけた大司教を支えようとしたけど支えきれず、転倒した。その時、二人は同時に床に頭をぶつけた”
と、私らに責任がないことを押し通すために、微妙に大司教のせいするような言い方で説明した。
ラッキーなことに、大司教は私のその場しのぎの嘘を信じ込んだ。そのまま私は私たちが間違いで召喚された聖女だとも伝えた。
“私たち二人は不完全な儀式魔法のせいで異世界に飛ばされた被害者”と。
ほんとラッキーだ。
大司教が予想以上に単じゅ………いい人で。
大司教は私の話を聞いて、平謝りを続けた。
それこそ、土下座をする勢いで。
しばらく大司教は私たちに謝り続けた後、今度は記憶を失くしてしまった副神官長に何度も何度も頭を下げ続けた。迷惑をかけてすまない、自分のせいで記憶を失くさせた、と涙ぐみながら。
そして、大司教は私たちに言った。すぐにでも、帰還の儀を執り行うと。
すぐさま、大司教は記憶を取り戻したことを神殿にいる神官たちに公言した。
神官達、めちゃくちゃ驚いた顔していたな。ほぼ全員は「ええ!?」って叫んでいた。
そりゃそうか。大司教が記憶を取り戻すなんて思っていなかっただろうしね。
私だって思っていなかった。
まぁ、あの「ええ!?」には神殿にいるとは思っていなかった私らの姿を目にしたせいも入っていると思うけど。驚嘆したまま神官達に、大司教の代わりに副神官長が記憶を失くしたことを話してあげると、神官達は顎が外れそうなほど口をしばらくあんぐりさせていたな。
いやぁ、あの神官達のあんぐり顔、今思い出しても笑えるかも。
写真、撮りたかったな。
でも、私はあの場ではそれを泣く泣く我慢した。帰還の要である大司教にはできるだけ、私たちは間違いで召喚された可哀想な双子、と印象付けたほうがいいと考えたからだ。
写真撮って、妙な不信感を抱かれたらややこしいことこの上ない。
そのほうがすんなりと帰還できること間違いなしだ。
それに、大司教がよからぬ思考に行ってしまったら、まずいからね。
『浄化ができるならこの双子が聖女でいいのではないか』と。
そんなまずい思考に陥られたら、還れなくなる。夏芽も私と同じようにそれはやばいと思ったのか、大司教の前では終始大人しくしていた。
あの場で私たちがやったことといえば、一つだけ。
帰還の儀がとんとん拍子にいくように、神官たちに私たちが今までしでかしたことを大司教に教えないようにと、大司教が見てない隙にちょっと脅しをかけた。私たちはあくまで可哀想な双子だとアピールしなくてはいけないから。そして思惑通り、私らに対して罪悪感いっぱいになった大司教はよからぬ思考に陥ることはなかった。
特に私たちが神官達に念入りに言っていたことがある。
それは大司教をぶん殴った真犯人が夏芽だとは絶対に教えないこと、だ。
運が良いことに大司教は記憶を失う直前のこともまったく覚えていないらしい。
これ幸いと思った私は“私らを召喚したとき、足をもつれさせて転んで頭を打った”というめちゃくちゃベタな説明をしてあげた。その説明を大司教は信じ込んだ。大司教、めちゃくちゃ“なんて自分は不甲斐ないんだ”って言ってたな。
いやぁ、マジでラッキーだ。
大司教が予想以上に頭が悪………お人好しで。
そして今に至る。
現在、王宮内総出で帰還の儀の準備中である。大司教が言うには今日に帰還の儀を執り行ってくれるらしい。私たちはその準備のため、賓客の間で待機している状態だった。
「本当はすぐにでもその帰還の儀を執り行ってほしいんだけど………まぁ、少しぐらい待ってあげてもいいかな」
私はベッドの上で軽くあくびをした。実のところ、あまり眠れなかった。大司教が記憶を取り戻し、帰還についての話し合いを軽くして、賓客の間に戻ったころには二十時を回っていた。すっかりくたびれた私達二人はすぐにベッドでバタンキューした。
私らがベッドでバタンキューしている頃、王宮内は大騒ぎ。誰もが諦めかけていた大司教の記憶が戻り、しかもその大司教が急ピッチで帰還の儀を進めようとしているのだから無理もない。貴族や王族たちが大混乱している姿が目に浮かぶ。昨晩からその騒ぎがまったくひと段落しない。何時間も足音や話し声が横行しているため、熟睡できなかった。ずっと寝ては起きて、寝ては起きて、を繰り返していた。
そのため、寝不足だ。寝つきの良い夏芽もこの騒ぎの中では熟睡できなかったみたいで、何度も何度も寝返りを打っていた。今の夏芽の体勢はうつ伏せ状態で足を空中で足をパタパタと動かしている。
「……………あ、また廊下を一人通った」
この足音はメイドかな。一人通っただけでも、部屋の中まで響くもんだな。
もうちょっと静かに走れないもんかね。
私は軽く息を吐くと、背伸びしながら仰向けになった。
そのまま、スマホを持ち上げる。
「相変らずの圏外………」
私はそのまま、スマホを振る。
「振ってもやっぱり圏外」
そのまま起き上がる。
「起きてもやっぱり圏外」
そして、再びベッドに仰向けになり、ごろんと横に1回転する。
「回転しても圏外か………ってこれ、昨日も一昨日も言ったセリフだ」
同じ体勢でほぼ同じセリフを昨日も一昨日も言っていたことを覚えている。
三日連続だと、さすがに笑える。
「………何度繰り返すんだよ、私………ってそれは今日までか」
昨日も一昨日もさっきのセリフを吐いた後、私は決まってうんざりとした気持ちになっていた。私にとって圏外という文字は何度目にしてもまったく慣れない、大嫌いな文字だったからだ。
でも、今はそんなうんざりした気持ちが沸き上がってこなかった。
むしろ、その逆だ。
だって、私たちは還れるから。この圏外という文字ももう見なくて済むから。
「………還れる………日本………今夜………ふっふっふっふ」
うおおおおおおおおおお。
私は足をバタバタバタと動かした。
そう、私たちは還れるんだ。日本に。
テンション上がるわぁ。
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