第41話「………………何してんの、夏芽」
「おお」
部屋に入った瞬間、声を出してしまった。
声を出さずにはいられないほど、部屋の光景に圧倒されている。
まず壁がすごい。神殿の外壁や内壁はベージュが少し交じった色合いで表面がでこぼことしていた。
しかし、この部屋だけの壁は表面がつるつるとした、大理石のような石材だった。灰色の薄いマーブルの繊細な模様も入っていて、清廉さを感じされる。
その大理石でできた壁で守るように部屋の中には天板に置かれた聖具、祭具が等間隔で並んでいる。さすが、選ばれた人間しか入れない神具が保管されている部屋。
まるで、博物館だ。それも高い入場料を取っていいレベル。
私は部屋全体がフレームに入るようにスマホを固定し、パシャッと一枚撮った。
「金かかってるんだろうなぁ、この部屋だけ」
「杖は?」
「たぶん、あれじゃない?」
部屋の真ん中にあるものだけ白い布が掛かっている。白い布が掛かっていて、他のものより縦に長いことが見て察した。そして台の脚も私の胸元くらいあって、長い。
あれに間違いないと思う。
私と夏芽は互いに顔を見合わせ、それに近づく。
「あの神官が言うには、杖の先には核の青い水晶玉が付いてるんだよね」
私はゆっくりと手を伸ばし、布を取った。
「うん、これだ」
白い布を取ると、まさに『青い水晶体が付いている杖』がそこにあった。斜めになった、杖をぴったりとはめ込んでいる天板に掛けられている。杖の柄は銀色に淡く反射していて、先端には拳ぐらい大きな青い水晶玉が付いている。
眼鏡なし神官が説明してくれた通りのものだ。
こうして見ると、玩具みたい。これがこの国で最も価値のあるものなんだ。
私はパシャ、と一枚記念に撮った。
この杖がホーなんとかの杖か。
名前忘れちゃったな。
「これが?」
「うん、たぶん」
夏芽はさっそくとばかりに杖へと腕を伸ばし、手に取った。
「重い?」
「いや」
夏芽は両手で高く掲げたり片手で振り回したりと、約一分間繰り返した。
「………………で?」
「ん?」
「だから、次どうするんだよ」
「えっと、何か感じない?聖女的なエネルギーみたいな」
「ない」
「………………」
私としたことが。
杖を見つけることしか頭になかったから、杖を見つけた後のことをあんまり考えてなかった。
一応、私らチート級の魔力を持つ聖女らしいから伝説的存在の杖を手に取ったら、なんとかなるんじゃないかと、ふわっとした考え方をしていた。
あ~あ、あの眼鏡なし神官に杖のことをもっと聞いておけばよかった。
「ねぇ、本当に何も感じない?」
「ない」
試しに私も夏芽が握っている部分の柄に触れてみる。
「たしかに何も感じない」
私はパッと杖から手を放す。
「………………ざっけんな。何か起これよ」
夏芽はぶんぶんぶんと強く振り回し始めた。
空中に弧や無限大マークを描いたり、上から下に振り下げたりを繰り返す。
徐々に夏芽の顔が険しくなってきた。
「こらこら、そんなに振ったら床にぶつかるって。壊れちゃったら大変だよ、それ神様が使ってた杖だからね」
これは創造主が使っていたとされる杖。この神殿に保管され、もっとも価値のある杖。何千年もの間神殿から持ち出されることはなかった杖。そして、聖女として召喚された私らが触っても何かを感じることも何も起こることがなかった杖。
「あ~~~~、マジか」
今の私の心境はきっと夏芽と同じだろう。
うさんくさいとは思っていたし、眉唾ものだとも思っていた。でも、私らは何かが起こることを期待していた。むしろ、何かが起こること前提でこの部屋に入った。せっかくの手がかりを得たのに何も収穫を得られないなんて認めたくない。杖に特別な力は宿っていなかった、なんて考えたくない。実は偽物だったなんて話はもっと認めたくない。
もしかして何か呪文でもあるのかな?アブラカタブラ~とかの呪文が必要とか。
また、あの眼鏡なし神官に杖のことを聞きに行くしかないかな?
仕方がない。呪文があるのか、ないのか聞きに行こう。
呪文以外にもまだ私らが知らない有力な情報があるのかもしれない。
そんなものない、なんて言葉を吐いたら今度こそあの眼鏡なし神官の“神官”を潰してやる。
ここまで私らに無駄足を踏ませた報いだ。
でも、どうしよう。あの眼鏡なし神官、いつまでも同じ場所にに留まってないだろうしな。
わざわざ探すなんて手間、取りたくない。
いや、よくよく考えれてみれば別にあの眼鏡なし神官じゃなくてもいいよね。
杖のことだったら、この神殿にいる神官でもいいはずだ。
「ねぇ、夏芽。面倒くさいだろうけど、一旦この部屋を出て、そこら辺にいる神官の一人を拉致って杖の情報を―」
ガン!!
「む?」
なんだ、今のガン!!は。
その時、コロコロコロと何かが足元に転がっていくのが見えた。
「まさか」
私は恐る恐る音がした方向に顔を向けてみた。
「………………何してんの、夏芽」
夏芽は杖を持ったまま、硬直していた。
それもそのはず。今のゴン、という音は杖を振り下げた勢いで床に当たった音で、その拍子に杖の先に付いていた水晶玉が取れてしまったからだ。
これにはさすがの私も言葉を失う。夏芽が壊したのは現在、唯一とも言える帰還の手がかりと言える杖だったからだ。
「………………………」
「………………………」
「………………………」
「………………………」
「何、壊してんの」
「壊したんじゃない。玉が取れただけ」
「同じじゃん」
「違う」
「同じ」
「違う」
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
「「ちっ!!」」
面白くないほど揃った舌打ちのすぐ後だった。
扉のすぐ向こう側から、女の声が私らの耳に入る。
聞き覚えがある声だった。
「「!!??」」
ギョッと私らは扉のほうに目を向けた。
どこかに隠れるべきなのか。
この杖をどうするべきか。
水晶玉はどこに転げ落ちたのか。
そんなことを考える暇もなく、ガチャとした音と共に扉が開いた。
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