第40話日頃の行い
今のところ、神殿周辺には誰もいない。
私はきょろきょろと見回しながら、もう一枚神殿の写真を撮った。あまり目立つことは控えるべきだとわかってはいるが、良い被写体が目の前にあると沸き上がる撮影力がどうにも抑えることが難しい。私は撮った写真を確認する。
「さっきよりはマシになった。ズレてない」
本当は真正面のほうがいい写真を撮れると思うけど、そんな贅沢は言っちゃ駄目か。
あ~あ、これが観光だったらよかったのに。
観光だったら、こんなこそこそせずにいられたのに。
「夏芽、1分程経っても人が出入りしなかったら、神殿の中に入ろうと思うから準備――」
「今、人いない。今行く」
夏芽はスッと立ち上がり、スタスタと神殿のほうに向かって行った。しかも、人目を忍ぶ様子もなく堂々とした足取りで。
「ちょ、ちょっと待って」
私はスマホをスカートにしまい、急いで夏芽の後を追う。
「もうちょっと周囲確認しなって。さっきも言ったけど、見つかったら大騒ぎになるから」
「そんなこそこそしてたら、日が暮れる。見つかりそうになったら半殺しにすればいい」
そう言って、夏芽は歩きながらスプーンで入れ物に入ったマヨネーズを掬い、パクッと口に入れた。
「………ま、それもそっか」
こんな風にこそこそするのは私たちらしくないな。
見つかりそうになったら、騒がれる前に気絶させればいい。姿を見られた直後の記憶だけを消去する自信がある。そういう、半殺しの仕方は私にもできる。
私たち二人は神殿の扉の前に立った。遠目で見るよりも重厚感があって大きい。
「夏芽、ずっと気になってたんだけどその入れ物持ったまま、神殿入るの?」
「悪い?」
「邪魔じゃない?」
「邪魔。マヨネーズが入ってなかったら、ぶん投げている」
「それでも持っていくの?」
「悪い?」
「夏芽がいいならいいんじゃない」
「還ったら、マヨネーズを思う存分啜ってやる。そして寝てやる」
「私は思う存分、SNSに写真を投稿して、呟く」
くすっと笑ってしまう。こんな時でも、緊張感のない会話も私たちらしい。
「じゃあ、入るとしますか」
私たちは同時に扉を開け、同時に足を踏みいれた。
◇◇◇
私は鈍感なほうじゃない。日頃の行いが一般人よりも悪いって自覚している。日頃の行いが悪いと不運に招きやすいと誰かが言っていた。私はそんな迷信めいた話はどちらかというと信じないほうだ。日頃の行いが良かろうが悪かろうが不運に見舞われる人間は見舞われるし、見舞われない人間は見舞われない。
私らの場合その迷信を信じるなら、とっくに人間的にも社会的にも抹消されているはず。でも、最近はそういう迷信めいた話もちょっとは信じてもいいと思っていた。こんな不便で不快な世界に召喚されてしまったのだから。
私らにとっては、最大で最悪の不運。
今まで、好き勝手やってきた罰が当たっている。
迷信通りに考えるとそうなってしまうんだろう。
だからもし還ることができたら日頃の言動を改め、ちょっとはおとなしくすべきなのかな、って思った。おとなしくすべきだと、さっきまでは思っていた。
つい、さっきまでね。
これも誰かが言っていた。日頃の行いが良い人には小さな幸運を手に入れることができる、と。
つまり、日頃の行いが悪い人には運に見舞われないということだ。
信じかけていた迷信めいた話は、やっぱり信じなくていいかも。
だって、数十人は出入りしているだろう神官に一人も遭遇していないんだから。人目を忍んでいるわけでもなく、堂々と廊下の真ん中を歩いているのに。今の私らの状態は完全に余裕綽々といった感じになっている。
神官達の気配はする、話し声も耳に入る。でも、上手い具合にすれ違いになったり向こうからの視界に入らなかったりと、騒がれる様子は一切ない。これが鬼に見つけられないように目的地まで行く鬼ごっこゲームなら、最高点をもらえる自信がある。
運もタイミングも完全に味方についている状況。
小さな幸運が日頃の行いで決まるんだったら、完全に的が外れている。
「つまり、日頃の行いが良かろうが悪かろうが運がいい時はいいし、悪い時は悪いってことなんだろうな」
「何だそれ?」
「あ、口に出した?何でもないよ」
そういう普段考えないどうでもいいことを考えてしまうほど、緊張感もなく廊下を歩いている。
神殿の内部は上下左右斜めすべてがほぼ白い石造りでできていた。高い位置に窓が等間隔で並び、光が差し込んでいた。壁には女性二人が対になったレリーフや彫刻が彫りこまれている。おそらく、この女性二人は以前説明された双子の女神のことだろう。
神殿の中は予想以上に広く、通路や回廊が入り組んでいる。
似たり寄ったりな壁、ドア、柱、建造物に頭が少しこんがらがる。眼鏡なし神官から目的地までの道順を教えられていなければ、確実に迷子になっていただろう。
「もうそろそろだよ。突き当りを右に行って真っ直ぐ進むと扉があるみたい。杖が保管されているのはその部屋らしいよ」
私は左右に分かれた廊下を指差しながら言った。
私らは今、ちょっと運がいい。だから、右に曲がっても人がいない可能性が大だ。
神殿に入った時は私なりに人目を気にしていた。
一応、姉だからね。それなりの責任感はあるつもり。半殺しにすればいいと夏芽の意見に同意はしたものの、警戒心をまったく持たないというのもいかがなものかと思ってた。
だから、私は夏芽よりも先に歩き、分かれ道があるたびに様子を窺っていた。でも、警戒するのも馬鹿らしく感じてしまうほどまったく遭遇することがなかったので、最終的に面倒くさくなり、今は夏芽と同じように普通に廊下の真ん中を歩いている。
私と夏芽は同時に突き当りを右に曲がった。
うん、やっぱり誰もいない。
長い通路を歩くと、奥まった位置にある木製の古ぼけた扉が目に入った。
私は扉の前に立ち、深呼吸する。
「さてと、一体どんな杖なのか」
帰還の手がかりと言える杖がこの扉の向こうにある。
期待感を募らせながら扉を開けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます