第37話それにしてもよかった
私は広い廊下を歩きながら、メイドの誰かを捕まえようと思いながら、きょろきょろと辺りを見回す。しかし、探しているときに限って一人もメイドの姿を見つけられない。
いくら城の中が広いからって一人も一人も見つけられないなんて。
まぁ、ある意味自業自得かも。
ただでさえ敬遠されている私らは昨日の一件以来、ほとんどと言っていいほど誰も近寄ってこなくなった。やり取りといえば、本当に必要最低限だけのもの。
それ以外の時は私らを目にした途端、皆一目散に逃げていく。
もしかして、現在メイドの一人もロクに見つけられないのは私の気配か何かを感じ取って、身を隠しているとか立ち去っているとかしている?
困ったな、夏芽にはすぐ戻るって言っちゃったからな。
「う~ん、メイドを見つけてたとしても、軽食持ってこさせるのに時間かかるかな」
メイドを探すよりも直接厨房に言ったほうが早いかもしれない。
ちょっと歩くけど、どこにいるかもわからないメイドを探すよりも効率的なのは確か。厨房には嫌でも料理人の一人か二人はいるだろうし。
私はメイドを探すのをやめ、厨房に向かうことに決めた。
それにしてもよかった。還れるかもしれない方法が身近にあって。
還る方法が世界に散り散りになった玉を集めなくちゃいけないとか、願いを叶えるためにダンジョンに潜って戦うとかの方法じゃなくて、本当によかった。
そんな二転三転するような恐れのある展開はお断り。
そんな風に考えていると、廊下の曲がり角の先から話し声が耳に入ってきた。
おお、やっと人を見つけた。
「ちょっと、待ってください」
ん?この声はもしかして。
私は足を止め、ひょいと顔と体を半分出して様子を窺ってみた。
視線の先には見知っているオレンジ色の頭が見えた。
やっぱり、リオン君。
リオン君は10代半ばの先輩らしき男子の神官見習い二人と話しをしている
リオンは白いシーツらしきものを数枚抱えたまま、困惑して表情を浮かべて二人を見上げていた。
この王宮には白いローブに身を包んでいる神官が多く出入りしている。たしか、この王宮内にはあの大司教を含め、位の高い神官達の居住地にもなっているんだよね。
それでも、使用人よりは神官たちのほうが多く感じる。
やっぱり、私ら聖女を召喚したからなんだろうな。
「洗濯物はこれだけだったはずです。それに、教会の書庫の掃除なんて話は昨日の時点なかったと思います」
対している二人はにこにこにこにこと笑っている。
不気味なくらいのにこにこ顔だ。
教会って王宮に隣接しているあの、白い建物のことだよね。
教会はここからすぐ近くだから、いいな。
「ううん、昨日ちゃんと言ったはずだよ。昨日、当番を代わってあげる交換条件として、今日は二部屋分のシーツを洗濯してもらうって。書庫の掃除もね」
「で、でも」
「昨日リオン君、いつもより急き気味だったから、忘れているんじゃない?確かに言ったよ?」
「そう、でしょうか」
「そうだよ。落ち着いて考えてみればわかることだよ」
何の話をしているのかよくわからないが、二人が強引にリオン君を納得させようとしていることはわかる。リオン君は自分の記憶にはっきりとした確証がないみたいで、二人の言葉をはっきりと否定することができないみたい。
「でも、これから僕、ポーション作りが………」
「それは僕らがやっておくよ」
「え、でも………」
「そうだよ、安心して」
「………………」
リオン君は嬉しそうな反応を示さなかった。むしろ、どこか迷惑がっているように見える。
「だから心置きなく、残りの洗濯と掃除をしてて大丈夫だよ?何にしても掃除や洗濯は僕らがやるよりは君がやったほうがいいと思う。僕らなんかよりも君のほうがはるかに掃除も洗濯はうまいからね」
「うんうん、その通り。前に神官長に褒めてもらってたよね。君にはちまちまやるようなポーション作りよりもそっちのほうが似合うよ」
「あ、ありがとうございます」
礼を口にしているリオン君の顔は曇っていた。
私、リオン君と同じことを考えているのかも。
褒め言葉を言っているようで、いないということを。
二人だって自分たちの言葉がリオン君の表情を雲わせているってわかっているはずだ。
わかっているはずなのに、尚も言葉を続けようとしている。
「君の掃除や洗濯も上手さってやっぱり、お姉さん譲り?」
ピクッとリオンの肩が震えた。
ふぅん、お姉さんがいるんだ。
「随分長い間、顔を見ていないような気がするけど――」
「何言ってるの、この子のお姉さんは重い病気にかかったせいで神殿に来ることができなくなったじゃないか」
「あ、そうだった。ごめん、リオン君」
何、あの芝居かかったやり取り。わざとらしすぎる。
通りすがった私ですらそう思うんだ。リオンはきっと私以上に嘘くさく感じているに違いない。
リオンは姉の話題が出た途端、俯いてしまっている。
「でも実は僕、他の神官たちが変な噂をしているのを聞いたんだよね。君のお姉さん病気じゃなくって―」
「そんなわけないじゃないか、噂で決めつけるのはよくないよ。ね、リオン君」
ん?噂?
「あの!」
リオン君はばっと顔を上げた。
「シーツの洗濯がまだあるのなら、早く始めようと思います。書庫の掃除もあるのなら尚更」
まるで、姉についての話題を打ち切らせようとするかのように捲し立てているみたい。
「………………あ、そうだね。そろそろ始めないとね。掃除だけじゃなくあの広い書庫の掃除を一人で掃除しなくちゃいけないから」
「確かにね。それに僕らも早くポーション作りに取り掛かからないと。お姉さんについての話はまたにしよっか」
なんか、リオンの一言で興が冷めたって感じにみえる。
にこにこと笑い合う二人はひらひらと軽く手を振りながら背を向け、反対方向に去っていった。完全に二人の姿が見えなくなるとリオン君は緊張の糸が解けたかのように「ふぅ」と息を吐いた。
その様子を見計らって私はリオン君の真後ろに立った。
「リオン君、お姉さんいるんだ」
「ひい!?」
「ひいって失礼だね」
別に足、忍ばせて近づいたわけじゃないのに。
よっぽど驚いたらしいリオン君は白いシーツをぎゅっと力いっぱい握り締めていた。
「ミフユ様………」
「うん、そうだよ」
リオン君は何度も瞬きすると、安堵するかのようにシーツを握り締めていた拳をゆっくりと開いた。握られていた部分の白いシーツは案の定、そこだけ皺が大きく付いてしまっている。
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