第36話ホーリーロッド
1分後。
眼鏡神官はバツが悪そうにしながらも、ぽつぽつと話し始めた。気絶から覚醒させるために、夏芽に往復ビンタをくらわされた頬を真っ赤にしながら。
「ホーリーロッド?」
正座したまま話す眼鏡神官に対し、私たちは首をかしげる。
「はい、その杖を使えばもしかしたら」
なんて、中二病丸出しなネーミングセンス。
まぁ、そういうツッコミは置いておくとしよう。今はそんなのは問題じゃない。
「で、ホーリーロッドだっけ? 何なのそれ」
「ホーリーロッドは双子娘が遣っていたとされる杖で何千年もの間、神殿に祭られています。その杖には人間の魔力とはまったく違う神秘の力が込められているので、お二人が元の世界に還る術をもたらしてくれる可能性があります」
「マジで?そんな杖があるんなら早く言ってよ。ていうか、なんで言ってくれなかったの?」
「実は、私は目にしたことは一度もないんです。その杖は聖職者の中でも限られた人間しか行き来することができない神殿の奥まった部屋に厳重に管理されていますので。それに、その杖はこの国で最も価値が高く、最も神聖とされている杖です。原則として部屋から持ち出すことが禁止されています。もし、その杖に万が一のことがあれば………」
「ああ、私らが壊すかもって思ったから今まで教えなかったんだ」
「い、いえ、そんな」
こりゃ、図星だね。あからさますぎるって。
「いいよいいよ、仕方がない。そんな杖に私らみたいな人間がちょっとでも近づかれでもすれば、聖なる力が汚されちゃうかもって考えたんでしょ。だから、黙ってたってことなんだよね。じゃあ、その杖があれば私らは還れるってこと?」
「わ、わかりません。あくまで可能性があるという話です。杖は管理はされていますが誰も触ったことがないそうです。大司教様でさえ。聖なる杖と謳われている杖ですが、人間の手には余る異質なものでもあります。その杖にもし、彼の地から召喚された聖女様が触れでもすれば、一体何が起こるが予想がつきません」
なんか、だんだんうさんくさく感じてきた。
何年も誰も触ったことがない杖。何の解明もされていない杖。ただ飾っているだけの杖か。
その双子娘が手にしていたとか聖なる力が宿っているとかの話も眉唾物になってくるな。
でも私たちにとって唯一、元の世界に還れる手がかりの杖でもある。眉唾物だろうがうさんくさかろうか、手に取って見てみる価値はある。間違いで召喚されてしまったが、曲がりなりにも私たちは聖女。聖女としての力がこの身に宿っている。もし、本当にその杖に聖なる力とやらが宿っているのなら、聖女である私たちが触ったら何らかの力が反応して帰還できるかもしれない。
そう都合良くいくかわからない。でも、都合良くいく可能性も十分あると思う。
その何らかの力に賭けてみる価値はある。
「神殿ってたしか、王宮と併設されているんだよね。王宮って広いからよくわかんなくてさ。ちょっと教えてくれない?神殿って王宮の西側?東側?ついでにその奥の部屋って神殿のどういう部屋にあるの?」
「……………」
眼鏡神官はぐっと拳を握ったまま、俯いている。
「何で黙ってるの?」
「い、言えません」
バッと顔を上げた眼鏡神官は立ち上がって移動し、私たちの前に立ち塞がるように両手を広げた。
「神に仕える者として、これ以上お二人の暴挙を許すわけにはいきません。私は後悔しています。お二人の強圧的な振る舞いに屈してしまったことを。ですが、私はこれ以上罪を重ねるわけにはいきません。あの杖は決して触れてはいけない絶対不可侵なもの。邪な考えを持った人間を何としてでも近づけさせるわけにはいきません。お二人はもっと己を戒めるべきです。戒めなければ、いずれ罰が下り――」
シュッ!!
夏芽は目にも止まらぬ速さで眼鏡神官の眼鏡だけを蹴りで吹っ飛ばした。
「………………」
突然のことに眼鏡神官は石のように固まる。
「おお、蹴りのコントロール相変らず、すっごい」
夏芽は無言で転がった眼鏡を思いっきり踏みつけた。踏みつけられた眼鏡はバキンとした音と共に粉々になる。
「どうする?今話してくれればこの眼鏡だけで私らの鬱憤をチャラにできると思うよ? それとも、やっぱりチャラ分はその二つの玉にしちゃう?」
「はよ、しゃべれ」
「………………話します」
眼鏡神官もとい、眼鏡なし神官はすぐに神殿や神殿にある杖の奥の場所を教えてくれた。
◇◇◇
天をふと見上げると、蒼穹に徐々に雲が集まりつつあった。
せっかく雲一つない青空だったのに、こうして見るとなんとなくもったいない気がする。
「神殿ってここからちょっと距離あるんだね」
「めんどい」
知っていることすべてを暴露したせいで呆然自失になって身も心も真っ白になった眼鏡なし神官を尻目に早速神殿に向かおうとした時だった。
グゥゥ~。
「はっきりとした腹の虫だね。タイミング良すぎだって」
「………………」
「そんな睨まないでよ。たしかに夏芽の腹の言う通り、ちょっぴり小腹空いたかも」
今日も用意された昼食は相変わらず豪華なものだった。そんな料理を私らはあんまり口にしなかった。思い出すだけで胃もたれする。なんで高級料理って無駄にゴテゴテと盛りつけするんだろう。
私らを太らせたいのか。でも、こんな風に小腹が空くなら無理やりにでもお腹に収めておくべきだったかも。
「私、お城のメイドさんにサンドイッチ用意してほしいって頼みに行ってくるよ。きっと即座に用意してくれるだろうから、ちょっと待ってて。すぐ戻るから」
「暇」
「暇だろうけど待ってて。退屈だからって暴れちゃだめだよ。さすがに今、暴れちゃ駄目だってわかるでしょ」
今から神殿に行くことは誰にも悟らせてはいけない。
王族たちにも神官たちにも。
私たちの目的を知られれば、少し前の眼鏡なし神官のように何が何でも止めようとするだろう。一人か二人ならともかく、大勢の人間が行く手を塞がれるとさすがに面倒だ。下手をすれば、今後監視が付き、今以上に身動きが取れない状況に追い込まれるかもしれない。
「早く」
短絡的な夏芽もそれを十分に理解しているみたいで、不満そうにしながらもそれ以上文句は言わなかった。例え、ふと苛立つことがあっても目立つ暴れ方はしないだろう。
「じゃあね、待ってる間マヨネーズでも啜ってたら?」
私がそういうと夏芽はさっそくとばかり持っていた入れ物を開けて、スプーンですくった。
「あ、あんまり食べ過ぎるとすぐなくなっちゃうと思うから、ほどほどにね」
夏芽はピタッと口に含もうとする手を止めた。
あ、これは別に今言うことでもなかったかも。
あ~あ、さっそくイライラし始めちゃった。
ま、いっか。たまには姉として我慢というものを覚えさせるべきだよね。
私はくるりと踵を返して城の中に入った。
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