第35話ピクニック日和
雲一つない蒼穹、頬を撫でる柔らかな風、体を照らすうららかな陽気。
まさに、今日はピクニック日和と言っても過言ではない。特別アウトドア派というわけではない私でも、この青空の下で体を思う存分動かしたいって思ってしまう。
そう、私はぼんやりと思った。
昼下がりの今、私と夏芽は陽の光を思う存分、浴びることができる庭園にいる。
「こんな日にこんな素敵な場所でお弁当とか広げたら、さぞ気分がいいんだろうね」
私は首を持ち上げ、どこまでも続く青空を見上げた。その時、青空を突っ切るように飛ぶ鳥が一匹、目に入った。地上からかなり高いところまで飛んでいるため、何の鳥だが判断ができない。
「ここからだと何の鳥だか、わかんないな。タカ?トンビ?………というか、そもそもタカとかトンビとかこの世界にいるのかな。ねぇ、あなたはどう思う?あの鳥、なんの鳥だかわかる?」
「………………」
「そんな怯えないでよ。普通に質問しているだけだよ、今はね」
私は目の前にいる眼鏡神官に話しかけた。
眼鏡神官は昨日、私に大司教の部屋の前で大司教の様子を教えてくれた親切な人。たった数分だったけど、眼鏡神官とはおしゃべりというコミュニケーションを図ることができた。他の神官よりも気安さを比較的感じているから、私は眼鏡神官を選んだ。
私、人見知りだからね。
だから、そんな風に怯えないでよ。私、傷ついちゃうじゃん。
ちょっと強引に連れ出して、連れ出したところがちょっとひと気がなくて、ちょっと壁際に追いやってて、私たちが二人同時にちょっと見下ろしているだけなのに。
しつこいようだけど、そんな怯えながら壁際にへたり込まないでよ。まるで、私たちがいじめているみたいじゃん。ただ、うららかな日差しの下、話をしたいだけなのに。
ほら、夏芽だって話がしたいって顔をしているよ。
じーと穴が開くんじゃないかって思うほど眼鏡神官を凝視していて且つ、手に持っているマヨネーズを一切口にしようとしないんだから。私と同じように何が何でも今、話したいって思っているんだろうね。
「う~ん、やっぱりここからだとどんな鳥だかわかんないよね?答えられないのもわかるよ。だから今のはナシということにしよう」
ははっと、私は笑って見せた。眼鏡神官はびくりと大げさなくらい肩を震わせる。
もう、ちょっと笑っただけでそんな風にビクつくことないじゃん。
「それにしても本当にいい天気だよね」
私は澄んだ空気を思いっきり吸い込み、大きく吐き出した。
「こんな素敵な天気なのに、ピクニックができないなんて、本当に残念だって思うよ。だって、私らもうすぐ還るんだから、ね?」
私は満面の笑みを浮かべた。
「還れるんでしょ?すぐに」
その笑みのまま、一歩近づいた。
「五分後?十五分後?三十分後?一時間後?」
一歩近づいた後、屈みこんだ。
「ねぇ、答えて。早く」
「そ………それは、その」
ダン!
「ひっ」
夏芽は壁を背にした眼鏡神官の顔面の真横に向けて思いっきり、足ドンをくらわせた。
あらら、力入れすぎだって。壁にひびが入っちゃってるよ。
「ほら、夏芽も早くって言ってるよ」
「あ、あの………今日中にはやっぱり、まだちょっと、ちょっと、ちょっと」
眼鏡神官は目を泳がせながら、必死で言葉を綴ろうとしている。
「還れない、なんて言わないよね?………………言うなよ」
「う………そ、それは」
「あはっ、冗談だよ冗談」
私は屈ませていた体をぐんと伸ばした。
「さすがの私も今日中には無理だって思うよ、ごめんね?意地悪すぎたかな。あ、そうだ、お礼をするのを忘れていたよ。昨日は部屋の掃除、手伝ってくれてありがとね」
「い………いえ」
「それで、いつ私たちを還してくれるの?明日?明後日?明々後日?具体的に教えて。私ら、それに合わせるから」
「………………え」
「さすがの私も立て続けにこういう冗談は言わないよ」
私は再び屈み、ここぞというばかりに笑顔を消して見せた。
「あんたら、私らのことナメてない?気づいていないとでも思ってるの?あんたら、このまま帰還の話をうやむやにするつもりでしょ。私らが帰還についての話をしだしたら、イエスともノーとも言えない返事をしてさ。昨日、こういう話も神官らがしてたね。“頭の悪そうな双子だから適当に煽てて乗せればそのうち浄化をさせるはず”ってさ」
「そ、そんな私たちは、そんなつもりはまったく」
「あ~、はいはいそういう誤魔化しはいいから。私らのことは別に怖がってもいいよ、近づきたくなかったら近づかなくてもいいよ。でも、そういうナメられ方を何度もされるのはちょっと我慢ならないんだよね。それに、そろそろ別の意味の我慢の限界もあるんだよ?言っている意味わかるでしょ」
ダン!!
またもや、夏芽の強い足ドン。
「ひっ!」
「ほら、夏芽も我慢の限界だって」
「さっさと還らせろ。見るもの聞くもの全部がうんざりでイライラする」
あ~あ、今度は足が壁にめり込んでいるよ。
でも、よく耐えてるな。ギリギリてぷっつん、起こさないんだから。
私だってこれでも、ぷっつんするのを抑えている方なんだよね。
でも、まだぷっつんはしちゃダメだ。一番大事な本題をまだ、話していない。
「ねぇ、私らを日本に還す方法って本当に大司教の記憶を戻す以外方法はないの?大司教以外に魔力量を持った人間はいないの?」
「………」
「本当に他の方法はないの?」
「………………」
「ねぇ」
「………………………う」
あ、ちょっと目を逸らした。こりゃ、何か隠しているな。
ちょっとやそっとじゃ口を割らないとみた。
「へぇ、そっかぁ、その様子を見る限り、やっぱり無理なんだ。残念だけどしょうがないね、これ以上駄々をこねるほど私らも幼稚じゃないつもりだよ」
私は大きく肩を揺らし、大げさなほどがっくりと項垂れてみせた。
「あ、あの」
「安心して、もう帰還の話は終わりにするから」
私は眼鏡神官に向けて、しかたがないといった優しい笑みを向けた。眼鏡神官は私の言葉を聞くと、少しほっとしたようで体の緊張を解いていった。
「その代わり、あなたには私らの鬱憤を晴らすための手伝いをしてもらうから」
「………………え?」
一瞬で、眼鏡神官の顔と体が強張った。
「安心して、殴ったり蹴ったりをしないよ。ただ、いらないだろう“モノ”をちょっと再利用させてもらおうかなって思って」
「再利用?」
「神官さんのいらない“神官”をぐしゃりと潰させてもらおうかなって」
「!!??」
「“それ”を潰すのって実はけっこうストレス発散になるんだよね。それに、神官さんの“それ”だってどうせ、いらないものなんじゃない?神様に仕える人間って操を立てているって言うし。だから、私らの鬱憤晴らし神官さんの“それ”を再利用させてもらおうかなって。まさに一石二鳥って感じ」
眼鏡神官は見る見るうちに青くなっていった。
「あれ、違った?神職に就いてる人間が操を立ててるって、古いイメージだった?まぁ、いいや。どっちにしても潰すから」
眼鏡神官はじりじりと壁を背に、逃げようとしている。
おっとと、まだ話は終わってないよ。
私はダン、と思いっきり壁ドンをした。
「ひっ」
男女の間での壁ドンってこういう使い方するもんじゃないんだけどね。まぁ、そんなの今更か。
「ねぇ、夏芽はどっちのほうを潰したい?前?後ろ?」
「潰して鬱憤晴らしするなんて言ったつもり、ない。それだけじゃ、鬱憤は晴れない」
「夏芽、ずっと足ドンしたままだけどその位置だとパンツ丸見えだよ」
「潰す、私が最初に」
ばっ、と足を下ろした夏芽はギロリと眼鏡神官を睨んだ。
「夏芽が最初ね、わかったわかった。じゃあ私、抑えとくね」
私は屈みながら眼鏡神官を後ろ向きでぐりんと私の前に回した。そのまま右手を眼鏡神官に首に回し、左手を眼鏡神官の左手を後ろに固定させた。
「な、ちょっ、本気ですか?嘘ですよね」
今まで緊張と恐怖で体を上手く動かせていなかった眼鏡神官は私たちが迷いなく事に及ぼうとしているとわかると、バタバタと暴れだした。
「あれれ?ここで暴れちゃうの?ずっとおとなしかったからてっきり、潰されるのを同意してくれたんだと思ったけど」
「そ、そんなわけないじゃないですか!や、やめてください!何を考えてるんですか!そ、そんな下品な真似、仮にも聖女様が!」
「聖女?だって私たち二人って本来召喚されるはずのない偽物の聖女なんだよね?偽物の聖女だから、下品なのは仕方ないんじゃない?」
「い、いくら何でも酷すぎます!待ってください!今、多くの神官たちが必死になって大司教様の記憶が戻れるよう方法を………」
「あ~もう、そういうのいいから。今のあなたが考えることはいかに私らの鬱憤を上手く晴らせることだけだから」
「ひ、そ、そんな」
今にも泣きそうな眼鏡神官。
よし、あともう一押し。
「でも、もしね、もし、還る方法が他にもまだある話があったら今からやる鬱憤晴らしもちょっとは我慢しようかなって思うんだけどね」
「う、それ、は」
わかりやすいくらい眼鏡神官の思考がぐらぐら揺れ動いているのがわかる。
私は捲し立てた。
「でも、そんなのないんだよね。残念だよ。だから、潰すしかない。大丈夫だよ、潰すなんて一瞬のことだから。私、男じゃないからよくわからないけど、たぶんちょっと痛くて、ちょっと苦しくて、ちょっと身動きが取れなくて、ちょっと死にそうな思いをするだけだから。だから安心して潰されてね」
夏芽はバタバタと動かす眼鏡神官の片足を抑えるように思いっきり踏みつぶす。
「いっ!」
「ある意味天国に召されるんだから、あなたも本望なんじゃない?潰されてる間、そう前向きに考えることをおすすめするよ。じゃあ夏芽、そろそろやってあげて。もう一つのほうは私のために残しておいてね」
夏芽は股間目掛けて振りかざそうと足を上げた。
「あ………や、やめ」
「ほら早くやってよ。こうやって抑えつけているのも実はけっこう疲れるんだから。一、二、三で潰してね、はい、一、二………」
「あります!あるんです実は!還れるかもしれない方法が!」
よし、やっと言ったか。
「ってちょっとちょっと夏芽、一旦ストップ」
眼鏡神官の話を聞いていなかったのか、夏芽は一切の迷いなく足を股間目掛けて振りかざした。でも、私にストップをかけられた夏芽は眼鏡神官の股間に当たるギリギリで足を止めた。その瞬間、眼鏡神官の体がビクンと跳ね上がった。
おっとと、大丈夫だよ神官さん。まだ潰れてないよ。
「ああ?」
ああ?じゃないよ。
わかっていたけど夏芽、私の意図がまったく伝わってなかったんだね。
「なんで止めんだよ。潰すってそっちが言ったんだろ」
「いやいやいや、聞いてなかったの?せっかくこの人が今から還る方法を教えてくれるっていうのに。だから一旦ストップして」
「………………」
何、その初めて知ったみたいな顔。
「聞いてなかった?」
「聞いたなかった」
「どんだけ、潰すことしか考えてなかったの。まぁ、いいや。とにかくさっそく聞かせてもらうよ」
私は拘束していた眼鏡神官を放した。
「って、ありゃりゃ」
眼鏡神官はいつのまにか白目をむいて気を失っていた。
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