第38話抑えなきゃ、抑えなきゃ
私は一回り小さいリオン君をじっと見下ろした。
「で、さっきも聞いていたけどお姉さんがいるの?」
「え、は、はい。僕と同じ神殿に勤めている神官です。ですが………少し前に、体を壊してしまったんです。今は副神官長様の配慮で、長期療養を………取っています」
「ふぅん」
理由は聞けばなんてことのない話だ。しかし、どこか歯切れが悪いような気がする。
あの二人が言っていた「噂」と何か関係があるんだろう。
ま、いいや。私には関係のない話だ。
「ところで、ミフユ様はここで何を?」
「私?ちょっと小腹が空いちゃったから、厨房で何か作ってもらおうかなって。二人分の」
「そうなんですか………あの、僕のお弁当のサンドイッチでよろしければ」
そう言ってリオン君は足元に置いていた茶色い紙袋を私に差し出した。
ていうか、足元にあったんだ。気づかなかった。
「サンドイッチ?」
紙袋を受け取った私は中身を見てみる。分厚いサンドイッチが二つ入っている。
「いいの?昼食食べてないんじゃないの?」
「いいんです。またすぐに洗濯に取り掛からなくてはいけないので。夢中で洗濯や掃除をすれば、すぐに夕食の時間になると思うので」
「そっか。じゃあ、遠慮なく」
ラッキー。食堂に行く手間が省けた。
「話を聞いていてちょっと思ったんだけど、昨日の当番の話って、夏芽が頼んだマヨネーズ作りと関係ある?………いや、関係あるか、マヨネーズを作るために掃除当番を代わってもらったの?」
私は淡々と言うと、リオン君は必死に首を振った。
「い、いえ、ナツメ様のせいではありません。そもそも僕が自分から作りたいって言ったので。僕は休憩中の先輩に無理を言って代わってもらったんです」
「………私、別に夏芽のせいとか言ってないけど」
つまり、こういうことか。お礼とお詫びを兼ねたマヨネーズ作りのために本来やるべきだった掃除当番を代わってもらったってことか。掃除当番を代わる条件として、あの二人の当番である洗濯のシーツをずっと洗っていたってことか。
「洗濯、まだ終わらないの?すぐにまた取り掛かるって言っていたけど」
「は、はい。もう一部屋分のシーツを洗わなくてはいけなくて。それに書庫の掃除も」
「ねぇ、その交換条件って一人に言ったの?それとも二人に言ったの?」
「………頼みに行ったときは“どちらか”に頼んだつもりでした」
「一人に頼んだにしろ、二人に頼んだにしろちょっとおかしくない?たった一回、しかも当番を代わってほしいって言ったのは君だけでしょ?それなのに二人分の仕事を交換条件として出されるのはおかしくない?しかも書庫の掃除のおまけもついてさ」
リオン君もおかしいって思ったはず。おかしいと思ったからこそ、二人に抗議をしたんだろう。
結局、二人に言い負かされていたみたいだけど。
「いえ、あの二人の言う通り、聞き逃してしまったんでしょう。それに休憩時間の後の貴重なポーション作りの時間を奪ってしまってむしろ申しわけなく思って………」
「ポーション作り?」
「はい、神官の役目の一つです。神殿に務める人間は皆、生まれながらに癒しの魔力が身に宿っているんです。この僕にも」
「ああ、この前、私の手を治してくれたっけ」
「小瓶に入っている液体にその魔力を付与するんです。特に冒険者や騎士の方々が治療のために使うそうです」
「へぇ」
「高い地位にある神官は様々な種類のポーションを短期間で魔力を付与できるんですが、僕はまだ未熟なので、一日に体力回復薬のポーションを三個までくらいしか付与できないんです」
「ふぅん」
「ポーション作りは神官のレベル上げの鍛錬にもなります。それにポーションを一つ作った分だけ、報酬も得られます」
現代風で言うと、出来高制ってやつね。
「だから、ポーション作りは見習い神官にとってはレベル上げも報酬も得られる貴重な時間なんです」
「その貴重なポーション作りを本来だったら今からやる予定だったんじゃないの?君だってやりたかったんじゃないの?」
「仕方がないと思います。僕も昨日の二人のポーション作りの当番を奪ってしまったようなので………僕が無理に頼んだせいで」
リオン君は皺になったシーツを指先で何度も伸ばしながら呟いた。
「奪ってしまったようなのでって………もしかしてその話、さっき初めて言われたの?」
「は、はい」
「ねぇ、今回みたいなリオン君に非があるような聞き間違いって一度や二度じゃないんじゃない?」
「………………」
この間は、図星だな。
「君、もしかしていじめられてる?」
「ち、違います」
おお、さっきよりも首の振りが激しい。
「僕は殴られても蹴られてもいませんし、酷い罵倒も受けたことがありません」
「殴られたり悪口を言われるだけがいじめじゃないよ」
私からすれば、さっき二人がリオン君にしていたもののほうが余計性質が悪く思える。
直接的なものだったら抗議や反論のしようがあるが、遠回しな嫌味や相手を傷つける意図などまったくないように見せる間接的なものだと、正面切っての抗議が難しくなる。
さっきの二人のあの言い回しは、その間接的なものだ。
あれは絶対、わかってて言ってる。
陰湿で嫌らしいな。
どこの世界でもあるんだね、そういうの。
夏芽だったら直接的だろうが間接的だろうが関係なく神経が逆撫でされたら、一発ビンタをお見舞いするだろうね。あの二人みたいなにこにこと笑いながらの嫌味攻撃だったら、連続ビンタに違いない。
「リオン君だってわかってたでしょ、あれが陰湿なものだって」
「………………」
にこにこと二人は笑い合っている間、リオン君はずっと俯いていた。
俯きながら、二人の陰湿攻撃に耐えていた。
「でも、やっぱり直接何かされたわけではないので」
「いや、されてるじゃん。洗濯と掃除を押し付けられてるじゃん。怒んないの?」
リオンはこれ以上伸ばせないとわかっているにも関わらず、シーツの皺を指先で何度もなぞった。
「いえ、二人の言う通り、僕はポーション作りより掃除と洗濯のほうが得意なんです。一人前の神官になるためにはきっとこういう作業も必要だと思いますし」
「あ、そう」
「僕は自分から諍いを起こしたくないんです。誰かを憎んだり傷つけたりなんて、したくありません。憎しみは憎しみしか生みませんので」
「あ、そう」
「怒りという煩悩を振り切ってこそ、本物の神官だと教えられました。すべては己の信心が足りなかったからだと考えたほうが誰も傷つかないし、建設的です」
「あ、そう、小さいのに偉いね………………………ちっ」
おっと、いけないいけない。私の黒い部分が出ちゃったみたい。
抑えなきゃ、抑えなきゃ。
「話はここまでにしよっか。リオン君も洗濯とか掃除とかしなくちゃいけないだろうし、私も夏芽を待たせてるし」
いつも通りの自然な笑顔で対応しよう。
例え、内心かなりイライラしても。
「あ………は、はい」
あらら、自然の笑顔のつもりだったけど、リオンの表情から察するに違和感丸出しの笑顔だったみたい。ここは早々に立ち去った方がいいかも。
「じゃあね、サンドイッチありがさん」
私はくるりと体を回し、早足でその場から離れた。
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