第12話「ちっ!」

シーツをぽいっと夏芽は投げ捨てた。


「………………マヨネーズ」


寝ぼけ声での一言だった。


「起きて早々かい」


夏芽はきょろきょろとマイマヨネーズを探す。見当たらないらしく、夏芽の眉間のシワがどんどん深くなる


「サイドテーブルにない?寝る前にそこに置いたんじゃないの?」


私はちらりとサイドテーブルに目をやった。

あれ?あると思ったけど、なかった。ベッドでひと眠りする前に吸った後、夏芽が置いたと思ったんだけど。


「あ、あの………………何か探してるんですか?」


リオン君は恐る恐ると言った様子で夏芽の様子を窺う。

そして、ゆっくりと夏芽に近づいていった。


「何か手伝えることがあったら―」


ぶちゅ。


ん?何、いまのぶちゅって音。


私は音がした方向に目をやった。


「あ~らら」


もしかしてというか、やっぱりというか。


ぷちゅっとした音の正体は床に落ちていたマヨネーズを、リオン君が踏みつけたせいで勢いよく、容器から飛び出た音だった。


「あ~、サイドテーブルから転げ落ちちゃってたんだね」


しかも、さっき夏芽が投げ捨てたシーツでマヨネーズがすっぽりと覆いかぶさっていたから、見えなかった。


「うわっ、な、何?」


リオン君はぎょっとしながら後ずさった。

そりゃ、驚くか。足元に落ちてるなんて思ってもみなかったろうしね。

私だって軽くびっくりしたんだし。


あ~あ、少なかった中身がすっからかんになっちゃった。

マヨネーズでシーツも床もべちゃべちゃだ。


「あ、あの、探していたものって」


「うん、それ」


ぶちゅっとした音はもちろん、夏芽の耳にも入っていた。

夏芽はことさらゆっくりと、中身がなくなったマヨネーズの容器を拾い上げる。


リオンくんは青ざめた。


「ご、ごめんなさい。僕………」


「………………」


うっわうっわ、出てきた出てきた、どす黒いオーラが。


夏芽はゆっくりと首を持ち上げ、表情のないまま初めてリオン君を見た。そして、私のほうに振り向いてきた。


「その子はリオン君。帰還についての説明をしに来てくれた神官見習いだって」


と、妹の考えを読み、軽く説明をしてあげる私ってやっぱりお姉さん。


夏芽はじいっとした視線を震えるリオン君の頭からつま先と、何度も往復させている。

どす黒いオーラはそのままで。


しばらく視線を注ぐとゆっくりと口を開いた。


まぁ、何て言うかはだいたい想像つくけど。


「………………歳、いくつ?」


「え?」


「歳」


夏芽はぎゅっと拳を握り締めながら、リオン君を見据えていた。


ほら、やっぱり。


「え、あ………じゅ………十歳です」


ふぅん、リオン君って十歳だったんだ。


途端に夏芽のどす黒いオーラは弱まるどころが、濃くなっていった。


「ちっ!」


夏芽は大層面白くなさそうに顔を歪め、思いっきり舌打ちをした。そして、そのままの顔で私のほうに顔を向け、無言でドアを指差した。


「あ~あ、せっかく可愛い暇つぶしを見つけたと思ったのに」


思わず、肩がすくんじゃうわ。


リオン君は訳が分からないといった様子で、私と夏芽を交互に見る。


「出て」


「………はい?」


「夏芽からの要求。部屋から出て、だって」


「え?………あの………」


「訳が分からないだろうけど、とりあえず出て出て」


私は困惑気味のリオン君の背中ぐいぐいと強引に押し、扉の外まで押し出した。


「ど、どうしたんですか?」


「君、運がよかったね」


私はドアノブを持ったまま、自分よりも背の低いリオンくんを見下ろす。

もちろん、笑みは忘れない。


「私たちね、一応十歳以下の子は殴らないって決めてるんだ」


「………………………え」


「一応だけど。あ、そうだ」


私はスマホを取り出し、リオン君に向けて一枚撮った。


「じゃあね」


私は手を軽く振って、扉を閉めた。


私はさっき撮ったリオン君の写真を眺める。

うん、やっぱり可愛いな、あの子。SNSに上げたらすぐに話題になるくらいの美少年顔だ。

でも、もうちょっとそそる表情が撮りたかったな。


こんな、呆気に囚われた顔はつまんないかも。


「……………マヨネーズ………マヨネーズ」


いまだにどす黒いオーラを醸し出している夏芽は顔を上に向けながらマヨネーズの容器を出そう出そうと口を開きながら、そこを目掛けて何度も振っている。


「出ない」


どうやら、一滴も出ないみたい。

夏芽は空になったマヨネーズの容器をぎゅっと握り締めた。


あ~らら、これ以上ないほど不機嫌になってる。

そりゃそうか。マヨネーズは夏芽の貴重なエネルギー源だからね。そのマヨネーズがすっからかんになったら、そりゃ不機嫌にもなるな。


こりゃ、今日中のうちに久々にやばいくらいのぷっつんが来ちゃうかも。


どうしよう、すっごい面白そうじゃんか。


ニヤニヤが止まらなかった。だって、本当に楽しみなんだから。

久々に楽しい動画がとれるなぁ。ぷっつんした夏芽って本当にいい動きするからなぁ。それをアップしたのっていつだったかなぁ。


次のキャプションはどうしよっかなぁ………………って、だめじゃん。動画は取れてもアップできないじゃん。できない世界じゃん。


デジャブだ。昨日も、同じような落ち込み方をしたんだった。


あ~あ、せっかくのウキウキ気分が台無しだ。

5秒くらいだったな、楽しい気分は。


「あ~もう~、早く帰りたいよぉ。私にSNSをやらせてよぉ」


私はベッドに倒れ込んだ。


私もしそう。久々のぷっつん。

ある意味、夏芽以上のぷっつんをしちゃうかもしれない。

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