第13話「外行く」

「うわぁ、外国みたいだ。すっごい」


私たちは城下町に来ていた。


鮮やかなパステルカラーの建物が立ち並ぶ街並みは、観光名所のヨーロッパを思わせる。ごみごみした都会の風景しか知らない私は足を進めるたびに「わぁ」とか「すごい」とかの声をたびたび、漏らす。それほど、私の好奇心がくすぐられている風景だ。


街の中心地なだけに大きくて賑わい方もすごい。そして、カラフルな髪、髪、髪。

色々な色合いの髪の毛が横切ったりしていて、目移りしてしまう。


気分はまさに観光気分。


私は足を一歩踏み出すたびに建物、人、風景を何枚も撮り続けていた。

こんな良い被写体、撮らないほうがおかしい。


「まさに異世界って感じの景色。SNSに載せられないってわかっていてもこれは、撮っちゃうわ。ねぇ夏芽、一緒に撮らない?ほら、あそこのピンクの建物で………ってちょっと夏芽、先に行かないでよ」


夏芽は私に構わず、早足で人ごみの中を突っ切っていった。


そんな、ずんずんずんずん前に行かないでよ。はぐれちゃうじゃんか。

この世界じゃ、スマホは使えないんだから。


私は夏芽を見失いように必死で後を追う。


「夏芽、待ってってば」


夏芽は歩く速度を緩めない。


こらこらこら、目的忘れるんじゃない。


「マヨネーズ探しに来たんでしょ、もっとゆっくりと周りを見ないと見逃しちゃうかもしれないよ?今から行く市場にだってあるかわからないんだから」


夏芽は私の言葉に反応し、ピタッと一瞬止まった。一瞬止まると、今度はゆっくりと且つ周囲に目を向けながら歩き出した。


やれやれ、このマヨネーズ中毒め。私はやっと歩みを緩めた夏芽の隣に並んだ。


実は、私たちはある目的のために城の外に出ていた。


──それは30分くらいに遡る。


リオン君を追い出して、5分くらい経った頃だった。


「マヨネーズを探す」


夏芽は唐突に言い放った。しかし、私にとって想定内の一言。


しっかし、マヨネーズを探すって………あるのかな?ここに。

異世界にマヨネーズなんてあんまり聞かない。


たしか、マヨネーズの主な原料って卵黄と酢と植物油と塩だったような気がする。ちょっと前、有名なユーチューバーがマヨネーズを作ってる動画上げてたから、なんとなくだが覚えてる。

この材料だけなら、この世界にはあるはず。高い技術が必要な調理法じゃなかったはずだから、もしかしたら誰かの閃きがあった可能性はある。だから、ないとは言い切れない。


でも、いまいち、ピンとはこない。

私の勘はない、と言っている。


だからといって、私らがマヨネーズを作るなんてもっと、ありえない。

私ら双子揃って料理はからっきし、ダメだからね。マジで目玉焼きすらできない。


「外行く」


夏芽にとって、マヨネーズがない現実なんて耐えられないだろうから、今考えていたことを夏芽にぶつけても、意に介そうとしないのは目に見えている。マヨネーズに関してだけは、私の言うことには経験上ほとんど聞く耳をもたない。


私はそろーと夏芽の顔を覗く。ああ、あの顔は完全にマヨネーズしか考えていない顔だ。


まぁ、いいか。夏芽が言い出さなかったら、私が外に行こうって言おうと思っていたから。さすがに娯楽も何もない部屋に何時間も居続けたくなんてない。


「待って夏芽、一応外行くって神官たちに言ったほうがいいと思う。黙っていくと、帰還させられるまで牢屋とかに閉じ込められるかもしれないし」


夏芽の肩がピクッと震えた。

そして、ただでさえどす黒かったオーラがますます禍々しいものになっていく。


そりゃ、むかつくよな。いちいち何かするたびに、誰かに報告しなくちゃいけないから。

私だって嫌だよ。でも、後々監禁とか牢屋とかの単語が神官たちから上がるのも嫌だ。


神官達、気をつけたほうがいいよ。今の状態の夏芽の神経逆なでするような言動を取ったら、軽くあばらの数本のひびが入ると思うから。



◇◇◇



私たちは神官や王族たちにこう告げた。


「外に出る」


これは私たちからすれば「お願い」ではなく「報告」だった。


神官や王族たちにこぞって猛反対されたが、夏芽が神官の一人の胸倉をぐいっと乱雑に持ち上げると、面白いほど嵐のような猛反発がピタッと止まった。


夏芽が神官の胸倉を持ち上げている間、私は笑顔で何度も彼らにこう言った。


“絶対に遠くには行かない。絶対に外で問題を起こさない。絶対に戻ってくる”


私たちなりの優しい優しい「お願い」をした。


神官達は揃って頬を引きつらせたり、苦虫を噛み潰したような表情をしていたが、夕方までに絶対に戻ってくることを条件に私たちの「お願い」を受け入れてくれた。そして、女神官を筆頭に何度も言われたことがある。


“絶対に聖女であることを周囲に悟らせないように”


これが絶対条件だった。聖女を召喚したことを知っているものは王宮の中でもほんの一部。

現在、完全に秘匿されている状態だった。


国民にとって、聖女は汚れた土地を浄化してくれる待ち焦がれた存在。そんな、聖女がすでに召喚され、しかもその聖女を一切国民に悟られずに帰還させる準備を整えていることを知られれば、騒ぎになりかねなかった。


神官達に言われるまでもなく、聖女であることを周囲にバラすつもりなんて一切ない。

ていうか、自分から『聖女です』なんて触れ回るほうがおかしいって。

普通、双子だからって信じないでしょ。瘴気の浄化という魔法を披露しない限り、絶対に信じてもらえない自信がある。


普通にしていれば、この異世界の住人にも溶け込めると思う。

私たち二人、そこまで目立つような外見はしてないしね。


装いは召喚された時と同じものを着ているが、たぶん大丈夫だと思う。

着ているものは白いブラウスに紺色のスカート。これくらいだったら、この世界にも似たり寄ったりなものもあるはず。


私たちは神官たちに適当に相槌をうって、外に出た。


そして今に至る。


城下町は私の予想通りの町だった。建物も往来する人間の装いも風景もゲームの映像画面そのもの。

これが本当に観光旅行だったら、もっとテンション上がっただろうな。


本当、つくづく思う。


一枚一枚撮るたびにネットがこの世界にも存在してくれればいいのに、って思う。

マジで悔し涙が流れそう。


「夏芽、私はあくまで写真撮るのが目的だから。マヨネーズはあんたが自分で探すんだよ」


と言いつつ、写真を撮る傍ら私もマヨネーズはないか確認している。

私って、ついつい夏芽の面倒を見ちゃうんだよね。私ってやっぱり夏芽に甘いな。本当はもっと写真を撮るのに夢中になりたいのに、ついつい夏芽を気にしちゃうから。


まぁ、そういう反省は元の世界に還ってからでもいいか。写真のついでにちょっと周囲を確認するくらいは別にいいかな。


「市場はもうそろそろだと思うよ」


私はスマホを掲げながら、周囲をきょろきょろと首を動かしている夏芽に声を掛けた。


もし、マヨネーズというものが異世界にも存在するなら、塩や砂糖と一緒くたになって売られているる可能性が高い。それに、私の勝手なイメージだけど、そういう調味料が多く売り買いしている場所は市場が一番打倒だと思う。


だから、私たちは女神官に市場がどこか教えてもらい、実際にそこに向かっている。この時間帯一番人が多く集まっているから、初めて街に来た人間でもわかりやすいらしい。


「ああ、たぶんあそこだ」


しばらく街を突っ切っていると、多くの露店が集まっている通りに出た。

ざわめきも行きかう人間の人数も、抜きんでている場所だ。


活気があって皆、表情も明るい。


私はふと、思った。


確か、国中に瘴気が萬栄しているんじゃなかったっけ?だから、私らは召喚されたんだよね。

異世界から聖女に助けを求めるほど、国中瘴気で埋め尽くされているんだよね。


それなのに、こうして市場の様子を見た感じだと異世界から聖女を呼び出すほど切羽詰まっているようには全く見えない。それどこか、瘴気で苦しんでいるような悲壮感を漂わせている人間は一人もいない。それに、黒い瘴気のようなものもここに来るまで一切、見かけなかった。


ちょっと話盛った?あの女神官。


いや、城から出るとき、こうも言っていたな。


年単位で発生する瘴気を浄化させるために定期的に聖女を呼び寄せることを国民は知っている。召喚する正確な日付は公表されていないが、近々聖女が召喚されるという噂が国中にかなり流れているらしい。聖女召喚の成功の際は必ずお披露目のパレードをするのがこの国の慣習の一つ。

そのため、今は王都に人が集まっているって言っていたっけ。だからこそ、聖女を召喚したことを外部には絶対に漏らしてはいけない、とも言っていた。


なるほど、合点がいった。

皆、期待しているんだ。そして、安心しているんだ。聖女が瘴気をきっと浄化してくれるから、すぐに苦しみから解放されると。この妙に活気づいた様子もその安心感から来ているものだとしたら納得がいく。


そっか、そんなに双子の聖女に期待してたんだ。そんなに待ち望んでいたんだ。

じゃあ、私たちが還った後に召喚されるだろう双子の聖女は浄化にやりがいがあるだろうな。

がんばってね、次の双子聖女。まだ早いが、私は心の中で次に召喚されるだろう顔も名前も知らない双子たちに小さくエールを送った。


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