第10話神官見習い、リオン

翌日。抜けるような青空が眩しい、昼下がり。

私はベッドの上で仰向けになりながら、スマホを持ち上げていた。


「一晩経って圏外か………」


スマホ画面の左上をじっと見つめる。私はそのままスマホを振る。


「振ってもやっぱり圏外」


そのまま起き上がる。


「起きてもやっぱり圏外」


そして、再びベッドに仰向けになり、ごろんと横に1回転する。


「回転しても圏外か………あ~あ、やっぱり辛い」


圏外ということはSNSができないということ。試しにアップしようとしたが、やっぱり駄目だった。

あ~、つらいな。


私はバタンと両腕を横に伸ばした。


「むぐ」


隣りで縮こまるようにしてまどろんでいる夏芽の体に軽く当たった。


「あ~ごめん夏芽」


夏芽はギロリと睨むと、再び目を瞑った。


もう、ウトウトしているよ。相変らず寝つきいいな。


私たち双子は現在、異世界にいる。しかも、聖女として召喚された。


私たちは選ばれた………………というわけではなかった。そう、なかったんだ。

不完全な詠唱呪文で本来、呼ばれることのなかった私たちが召喚された。つまり、完全な手違い。


豪華な昼食を食べた後、改めて女神官から説明され、謝罪された。


私は優しいからね。

たぶん、間違いで召喚されたと夏芽が知ったら、あの場にいた人間全員のあばらを折りに行くに違いなかった。だから、召喚は間違いだったという内容は省いたほうがいい、と夏芽に気づかれないように女神官に耳打ちしてあげた。


謝罪している間、女神官ずっと青い顔してたな。


でも、夏芽は謝罪されている間、仏頂面を崩さなかったが手も足も出すことはなかった。

私のアドバイスのおかげだね。なんて私って優しいんだろう。


昨日も女神官達に優しいアドバイスをしてあげたんだよね。


私の昨日のアドバイスのおかげか、すぐに帰還の儀の準備を取り掛かってくれるらしい。まず、帰還にはあの王座の間をなんとかしないといけないため、現在、王宮の人間総出であの部屋を整備している。昨日の今日なのか、かなりごたついているようだったので他の説明はもう少し城内が落ち着いてからということになった。


だから、私たちは待機中の状態。待機はついさっき、十五分前に言われたことだった。


「あ~あ、つまんない」


SNSが使えないとこんなに退屈なんだね。スマホどころか、ここには退屈しのぎにできるものが一つもない。テレビだってないし、漫画だってないし、オーディオプレイヤーだってない。令和に生きる現代っ子の女子高生に家電のない世界なんて苦痛以外の何物でもない。それでも何かないかと部屋の中を漁ってはみたけど、あるのはこの国の活字だらけの数冊の歴史書くらいだった。

3秒で飽きたわ。


夏芽はいいよね。夏芽の趣味といえば、マヨネーズを啜るか寝るか喧嘩くらいなんだから。

マヨネーズはともかく、あとの二つはこの世界でも十分できることだ。


私はジトーとした目で横にいる夏芽を見る。

いくらなんでも、寝すぎだっての。今日だって、夏芽が正午まで眠っていたせいで今日の最初の食事は朝食ではなく昼食になった。

まぁ、かくゆう私も昨日の出来事のせいで、夏芽が起きる30分くらい前までぐっすり眠りこけていたから、人のことはいけないけど。


私はむくっとベッドから起き上がった。


こんなファンタジックな体験、夢オチであってほしかった。昨日のことすべてが夢での出来事だったら朝起きた時、こんな面白い夢を見たとネタとして、SNSに呟けた。


でも、これは間違いなく現実。ネットやSNSがない、まったく面白みのない世界にいる。


なんでもいいから、早く戻りたいよ。ネット社会とこんなに長く離れるのなんて初めてだ。今だってこんなにもやもやしているんだ、これが長時間続いたらどうなるか自分でもわからない。


「ああ、早くネット社会に戻らないと、禁断症状がでちゃうよ」


ああ、ネットが恋しいSNSが恋しい。投稿したい、呟きたい。


悶々とした思いでいた時だった。


コンコン。扉をたたく音にはっとする。


「あ、あの………聖女様、入ってよろしいでしょうか?」


扉の向こうからおずおずといった少年の声が聞こえる。


「ああ、うん、入っていいよ」


暇だからこの際、この世界の人間の誰でもいいから話し相手になってもらいたい。


「は、はい」


扉がゆっくり開いた。少し開いた扉から鮮やかなオレンジ色の髪がひょいと出てきた。


「失礼します」


入ってきたのはフードの付いた白いローブを羽織った十歳くらいの男の子だった。くせのかかったオレンジ色の髪にくりくりとした大きな萌黄色の瞳に、鼻筋が通った顔立ちの整った美少年。


わぁ、可愛い子。そんじゃそこらの子役タレントなんかとは比べるのもおこがましい程の美少年だ。写真一枚撮ったらその手のマニアに高く売れそうだな。


美少年は緊張しているのか、手をもじもじさせ、長い睫が乗った瞼を何度も瞬きしている。

私はその様子がちょっと面白くてしばらく眺めた。


「あの、そっちに行ってもよろしいですか?」


意を決したかのような口ぶりだった。


「いいよ」


私はおいでおいで、と手招きする。

美少年がベッド脇まで近づくと、私もベッドからゆっくり降りた。

近くで見ても、やっぱり可愛い。肌白い、顔ちっちゃい、睫長い。

髪の色もおいしそうなオレンジ色だ。


ん?よくよく見ると召喚された時、その場にいた顔のような気がする。

いや、いたな、そういえば。部屋の隅の隅の隅に。


「あ、あの聖女様」


「深冬でいいよ」


「では、ミフユさま。あの、起こさなくていいんですか?」


「え?………ああ、夏芽のこと?」


美少年はちらちらといまだに起きようとしない、夏芽の様子を窺っている。


「いいよいいよ、起こさなくて。話の内容は後で私から言うから」


「は、はぁ」


「それで、君は誰?」


「あ、はい」


美少年は一呼吸置いた後、ゆっくりと口を開いた。


「僕は神官見習いのリオンと申します帰還についての説明をしに参りました」


大きな萌黄色の瞳が私を捉えた。


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