第9話妹の面倒を見るのも姉の務め
女神官はぽかんとした顔からぎょっとした顔に変わる。
「はぁ?」
あ~あ、やっぱりこうなっちゃったか
私は寝息を立てる夏芽の顔を覗き込んだ。
「おば………お姉さん、運がよかったね。夜じゃなかったから今以上の残念な顔になってたと思うよ」
夏芽は基本、夜遅くまで起きていられない子なんだよね。だから、今回のように騒音でたたき起こされる形になって暴れても、すぐぷつっと糸が切れたかのように眠ってしまう。
前に深夜までかかった喧嘩のせいで、道端でバタンキューしたことがあった。
あの時は私が家まで背負って帰ったっけ。めちゃくちゃ、大変だったな。
もう、背負うのは勘弁してほしいので喧嘩の後、どんなに眠くても家までがんばれって夏芽に言ったんだった。結構、強めに言ったから、あの時以降から道端でバタンキューすることは基本、なくなった。
そんな夏芽も今回ばかりは限界だったみたい。
無理もないか。精神的にも体力的にもきつい一日だったろうから。歌まで歌ったからね。
私の予想だと深夜十二時はとっくに過ぎてるんだろうな。あんまりないからね、十二時過ぎまで起きてるなんてことは。
今回ばかりは仕方がない。妹の面倒を見るのも姉の務め。
ベッドまで運んであげよう。
それにちょっと今、気分いいし。小恥ずかしかったけど魔法みたいなものを使えたんだから。本当は手から何か出す系をやってみたかったけど、これはこれで大満足。
いやぁ、人生何が起きるかわからないもんだね。
聖女として召喚されたり、ゲームの中に登場するようなモンスターが生で動いているのを見たり。
モンスターを倒しちゃったりさ。
モンスターを………倒したり………?
「あ~~~~~~!!!」
なんてことだ。
私は膝をつき、項垂れた。
女神官がびくっと肩を震わせたのが見えたような気がするが、そんなこといちいち気にしている場合じゃない。私としたことが、私としたことが。
この私が消滅時のモンスターを撮り忘れるなんて。
大雨だろうが大雪だろうが、大量の鉄パイプで攻撃されようが返り血がべったり服に付こうが、貴重なシャッターチャンスは絶対に見逃さない、この私が撮影の「さ」の字も忘れるなんて。
あ~あ、思いも及ばない小恥ずかしいことをしたせいだ。この世界に来て、調子が狂いっぱなしだ。
たとえ、SNSにアップは無理でも「撮らない」なんて選択肢には私にはなかった。
撮影係のプライドが許さないから。
そのプライドが今、すごく傷ついている。
「………………あ~あ、おうちに帰りたい」
「な、な、なんなのこの二人。これが聖女?信じられない。言い伝えによれば、召喚されし双子の聖女はかの地きっての清廉さの持ち主のはず。慈悲深き二人の聖女ならきっとこの国の現状に心を痛め、救ってくれると信じていたのに………………一体、どこが清廉さの持ち主なのよ。まるで真逆じゃない」
なんか隣で女神官がぶつぶつ言ってる。あ~でも、今は顔上げらんないや。
「………あ、あの………ちょっとよろしいでしょうか」
興奮がすでにおさまっている女神官の元に人が集まってきた。
顔を上げていない状態だけど、足がいくつもあるからそれだけはわかる。その中の一人である、女神官と同じ格好をしている男性が女神官に恐る恐るといった声音で話しかけてきた。
「………………実は………その、とんでもないことが判明しまして」
「一体何のことかしら?」
「何かがおかしいと思って、不躾ながら聖女召喚のために大司教様が読み上げた聖典を一枚一枚目を通して見たのですが………その………一ページ飛んでいたんです」
「………は?」
「28ページと29ページがくっついていたんです」
「じゃ、じゃあ、聖女召喚の詠唱呪文は完全じゃなかった?」
「召喚は成功したと思うのですが………不完全な詠唱呪文のせいで………その………聖女選定に誤りが出たと考えます」
「つまり、その誤りというのは清廉さとは真逆の聖女が召喚されたってこと?」
しんとした気まずい沈黙が流れる。
全部の会話は聞こえなかったが、どうやら想定外のトラブルが発生したらしい。
聞こえたのは「不完全」とか「誤り」とかの言葉だった。
夏芽、すうすう寝てる場合じゃないよ。
もう、憎たらしいな。こっちは写真撮り損ねて落ち込んでるっていうのに。
「まぁ、いっか。今日のところはこのくらいにして、私も寝よっかな」
私は寝息を立てている夏芽をよっこいしょ、と言いながら背負った。
おっとと、ちょっとこの前背負った時より重い気がするんだけど。もう、最近マヨネーズを
まったく、姉ってものは損な役回りばかりだね。
ずっと気まずいままでいる周囲の人間たちの前を素通りしようとしたが、あることを言っておきたくて、ピタッと足を止めた。
「なんか、ちょっと会話が聞こえたんだけどもしかして、私らって間違って召喚された?」
ちらりと見ると皆が皆、わかりやすくびくっと肩を震わせた。
あ~あ、図星っぽいね。夏芽が眠っててよかったね、あんたら。
「そんなにびくびくしないでよ。この子はともかく私は別に怒ってないからさ。間違いは誰にでもあるからね」
「そ、そうなの?」
「うん、面白い体験もできたし」
女神官を筆頭に全員があからさまに肩の力が抜けている様子がわかる。
これを伝えたかった。私は怒っていない。「今」はね。
私はにこにことした笑みを浮かべた。
「だって、私たちを明日にでも家に帰してくれるんでしょ?私らは間違ってこっちに来たんだからさ。還してくれるのに怒るなんてことしないよ」
「………………え?」
「じゃ、おやすみ」
満面の笑みを保ったまま、王座の間を出ようと足を進めた。
私はふと、王座の間を見回した。
よく見たら、ぐちゃぐちゃだな。
大理石のような床は割れ、目に付く数本の太く白い柱は大きなひびをいくつも付け、金の壁飾りは粉々に砕かれているのが見える。しかも、あちこちに兵士が装備していただろう、ちぎれた服の布切れや鎧の欠片が落ちている。所々、血しぶきも床に飛び散っている。
こりゃ、掃除が大変だ。掃除の猶予はあったほうがいいかも。
「………………う~ん、さすがに明日はちょっと厳しいか」
滅茶苦茶になっている王宮の掃除を一日で済ませろなんて言うほど私も鬼じゃない。
私は再び、足をピタッと止めた。
「あんたらにもいろいろあるだろうけど、できれば早めに私たちを家に還してくれたら嬉しいな。夏芽はね、ストレスが頂点に達すると三日に一回、人一人を殴らずにはいられなくなるからさ。その一方で私は――」
くるりと振り向き、またしてもにこっと笑顔を向けた。
「ストレスが頂点に達すると一日のうちに5人を半殺しにしないと気が済まなくなる性分だからさ♪」
「「「………………………」」」
「さて、寝よ寝よ」
その場にいる全員が凍り付くが、私は意に介すことなく、最初に案内された賓客の間に戻ることにした。
さすがに一日は5人は誇張しすぎだよね。正確には3人なんだから。
「早く帰りたいね、夏芽」
私はすでに夢の中にいる夏芽にぼそりと呟いた。
ほんと、SNSが使える現代が恋しいな。
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