第4話「帰る」

「私たちは自分たちの都合でこの二人を呼び寄せたんだ。非難を浴びせる資格なんてないはずだ」


私は声がした方向に目を向けた。


おお、イケメン。煌めく銀髪に深い海のような青い瞳の美丈夫がそこにいた。背が高く、すらりとしているように見えて筋肉がしっかりとついていると服越しでもわかった。

私たちより、五つか六つくらい年齢が上かな。


あれが王子ってやつか。オーラがぜんぜん違う。


もしかして隣にいる二人も王子かな?あの美丈夫と同じ銀髪に青い瞳で装いもそっくりだ。

何より容姿も整ってる。

一人は私たちと同じくらいの年齢でじっと観察するようにこちらを窺っている。

もう一人は私たちより三つほど下で中性的な容姿。二人と同じ銀髪だけど長髪で一つに束ねている。長髪君は私たちのことを周囲にいるその他大勢と同じように猜疑心たっぷりの視線を向けていた。

まぁ、この視線が普通だろうな。


長男らしき銀髪の美丈夫はにこにことした笑みを浮かべながら、つかつかとこちらに近づいてきた。なんと、近寄っていったのは私のほうではなく不機嫌丸出しでしゃがみ込んでいる夏芽のほうだった。さすが王子。勇気あるお方だ。


「こんにちは、可愛らしいお嬢さん。外野は黙らせた。まずは立ち上がってくれるかい?」


おお、声もイケメンだ。夏芽は美丈夫を睨んだまま、無言で立ち上がった。


「まずは我々の呼び出しに応じてくれたことに感謝の意を示したい」

 

いやいや、応じたつもりはないんだけど。

というツッコミは後にしてとりあえず成り行きを見守ろう。


「事態をすぐに飲み込めないとは思う。だけど、君たち二人は間違いなく聖女だ。選ばれた二人だ。これは国にとって栄誉あることなんだよ。どうかじっくりと考えてほしい」


勝手に呼び出したと口にしているにも関わらず、微妙に押しつけがましく聞こえるな。


「我々は二人を待ち焦がれていた。どうか聖女として役目を果たしてほしい。もちろん、私たちは二人を陰ながらサポートする」


何にも返事もしてないのに話を進める気かい。

なんかちょっとムッとするんですけど。


あ~あ、私ですらムッとしてるんだからきっと夏芽のほうは………。


私はスマホを持ち上げ、カメラ機能になってるかどうか確認する。

よし、カメラ機能になってる。私の予想だと5秒後くらいだな。


「さぁ、聖女よ。まずは体を清めて浄化の準備をっ、ぐふ!!」


夏芽は目の前の王子の股間を目にもの止まらぬ速さで思いっきり蹴り上げた。キラキラとしたオーラを発していた王子は一瞬にして顔面が蒼白になり、倒れた。


あれま、7秒後くらいだと思ってたけど結構早かったな。でも、私はシャッターチャンスは逃さない女だ。


さっきは逃しちゃったけど。


でも今のはばっちり撮った。


なかなかないぞ、イケメン王子の股間を蹴り上げるなんて。


意外に面白いもんだな。イケメン男の悶絶した顔なんて。


「聖女聖女うるせー」


夏芽は倒れた名も知らぬ王子をまるで虫けらを見るような目で見下ろしている。


「「「殿下~~~~」」」


おお、皆さんすごいな。練習してないのにこうも声が揃うなんて。



「せ、聖女と言えど許せん」

「調子に乗るな」

「偽物の聖女に間違いない」


装いからしてこの国の騎士らしい男たちから敵意を向けられ、武器を構えられた。

おお、すっげぇ。あの剣って本物なんだよね。レプリカとかじゃなくて。

マジであれで戦ったりとかするの?ウケんだけど。


なんて考えている場合じゃないか。


「ああ?やんのか、てめぇら」


そんな視線に夏芽が怯むはずがなかった。

敵意には殺気を、一発のパンチには十発のパンチを、嫌がらせには半殺しを。

それが夏芽のスタイル。


殺気をこれでもかというほど周囲に飛ばす。騎士たちはびくりと肩を震わせ、凍り付いた。

おいおいおい、仮にもあんたらマジモンの騎士でしょ?小娘の視線にそんな簡単に怯んでいいのかい。私が言うことでもないけど、もっとがんばれよ。


夏芽は大きく息を吸い、吐いた。


「帰る」


地を這うような声の一言だった。


「え~、もう帰るの?」


勝手に呼び出されたことには確かにむっとする気持ちはある。

でも、こんな経験する女子高生なんてきっと私たち二人しかいない。その事実にちょっと胸躍らせている自分がいた。


私って意外とミーハーなんだよね。

だから、もうちょっとここにいてもいいかなって私は思っている。


「異世界なんだよ?ちょっと見物してもいいんじゃない?写真撮りたいし」


「さっきからなんなんだよ、異世界って。意味不明」


「あれぇ、異世界わかんない?夏芽、ゲームとかやんな………ってそういえば夏芽ってあんまりゲームとかネット小説とか読まないんだっけ」


「帰るったら帰る。こんなわけわかんねぇ奴らに付き合ってられるか」


「ちょっと待ってよ。まぁ、とりあえず異世界転生記念として最初の一枚をアップ………………あ~~~!!!」


私は思わず叫び、膝をついた。膝をつかずにはいられなかった。

このスマホ、圏外になってたんだ。これじゃあ、SNSにアップできない。

ネットはもちろん繋がらないしインストールしていたアプリだって全部使えない。


私のバカバカバカ。そんなことに気づかないなんて。

もう、最悪。カメラ機能が普通に使えていたから、そこに思考が行きつかなかった。

SNSが使えないなんて、マジ最悪だわ。一気にテンション下がった。


「………………SNSが使えない異世界なんて用はない。おさらばに賛成」


一刻も早くネット社会の現代に帰りたい。だから妹よ、存分に暴れてくれ。


「聖女よ。どうかご自重を」


謁見の間に威厳のある声が響き渡った。

私たちはどこから聞こえたのか首を動かした。


もしかしてあそこからか?天幕の付いた仰々しい壇上からか?


「あなた方の行動はいくらなんでも目に余る。聖女と言えど、これ以上の勝手な振る舞いは許すことができない」


もしかしてこの国の王様ってやつ?

ねぇ王様、そういうことはちゃんと顔見せて話すべきじゃないの?


堂々とした声音に反して王様は私たちから姿を隠すように数人の騎士を前に並べている。だから、王様がどんな姿をしているのかまったくわからない。いくら私たちが得体のしれない余所者だからってちょっと怖がり過ぎなんじゃないの?


「おい、そこにいるオヤジ。さっさと私らを帰せ」


「私も早く帰りたいで~す」


「それはできない。召喚された聖女はこの国に留まり、蔓延している瘴気を浄化するのがこの国の定め。これはすでに決定事項―」


「帰せや、おい」


「聖女よ、不本意なのはわかるが―」


「潰すぞ。☓☓☓☓を」


「すぐに帰還の準備に取り掛かろう」


王様は一切の間を置かない、早い返答を返してくれた。

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