第3話異世界トリップって奴だ

周囲は騒然としていた。気絶している大司教と呼ばれた男の元に幾人かが駆け寄り、声を掛け続けている。駆け寄らずにいる人間は私たちに向けて様々な視線を向けていた。


困惑の視線。敵意の視線。驚愕の視線。


うん、やっぱりさっきのヤンキーの男達は一人もいないな。

ていうか、さっきよりも人数多いし。


それにしても、見れば見るほど皆さんすごい格好だな。これほどまでに見事なコスプレ集団、そうそうお目に掛かれるものじゃない。すっごいな、あの剣とかまるで本物みたい。

この足元の光っているゲームにありそうな魔法陣みたいなものもどうなってるんだろう。

マジック?プロダクションマッピング?


あとでカメラで撮っておこう。

今はとりあえず、このわけのわからない状況をはっきりさせないと。


周囲を確認していると、一人の白いローブを纏った女が私たちに近寄ってきた。

30代半ばくらいの女性で私たちにぺこりと頭を下げた。


「聖女様、突然のことに戸惑うのも仕方がないのかもしれません。私たちはあなた方二人を訳あってこの世界に召喚しました。どうか、我らにお力を―」


「何言ってんた、ばばぁ。近寄ってくんな」


「ぷっ」


おっとと、今は笑ってる場合じゃないか。

私は夏芽の肩を軽く叩いた。


「夏芽、気持ちはわかるけどちょっと我慢して。話が進まないから。ごめんね、おば………じゃなかったお姉さん、話進めて」


やばいやばい、口が滑っちゃった。


「…………………いえいえ、さきほども申しましたが、お二方がこの状況に取り乱すのも無理はないと思いますので、どうかお気になさらないでください」


そういえば、この声ってさっき叫んでいた声と同じだ。

だとしたらすごいな、この人。女性が顔を上げなくてもわかる。あからさまに、声や体が震えている。夏芽の言動にブチ切れしているはずなのに、尚も懸命に繕おうとするなんて、すごい我慢強いな。ある意味、尊敬する。


それよりも考えていたことがある。

さきほどからずっと私たちに向けて言われていた言葉を頭の中で整理してみた。


『聖女』『召喚』『この世界』


そして瞬間的に見知らぬ場所にいたこの状況。

さらに目に付く人間全員の格好が中世時代の装い。


私はスマホを確認してみた。さっきまでなかったはずの文字がスマホの左上部分に表示されていた。

その文字は私が最も嫌っている文字『圏外』


これはもしかしなくても「アレ」だ。

ネットで小説や漫画で流行ってる「アレ」だ。


マジであるとは思わなかった。


異世界トリップってやつだ。



◇◇◇



─はるか昔、この世界には魔王という巨悪のモンスターが存在していた。魔王は人類を虐げ、地上に病を伝染させ、天変地異を引き起こした。そんな時、人間の苦しむ姿に心を痛めた創造神が地上に舞い降り、生きとし生けるものすべてを苦しめ続けてきた魔王と敵対し、激戦を繰り広げた。何十年も戦いは続いたそうだ。激戦の末、創造主は魔王を倒すことができた。しかし、魔王を倒しても魔王が放っていた穢れは消えることができなかった。満身創痍の末に魔王を倒した創造主にはもう、地上の穢れすべてを癒すほどの力は残っていなかった。そのため、創造神は自分の子供の双子の娘たちに己の役目を担わせた。


妹は病で苦しむ人々を癒し、姉は枯れた土地を浄化し続けた。


しかし、双子は創造神のように地上すべてを癒すことができず、それどころか魔王の呪いが具現化したかのような黒い淀みが地上に現われ、再び人々を苦しみ続けた。双子たちは全身全霊をもってしても、地上すべてものを癒すことができず、ついに存在が消えかけるまで力を使い続けた。

強制的な眠りにつこうとする寸前まで。


その寸前に陥った時、双子たちは最期の言葉を人間たちに放った。


『私たちすべての力をもってしても地上すべての穢れを浄化することはできない。だから、私たちはかの地にいるであろう、乙女にすべてを託すことにする』


双子は乙女を呼び寄せる呪文を最期に眠りについた。


その後、人間たちは双子の教え通りに乙女を召喚した。乙女は瞬く間に瘴気を浄化していった。姉は土地を、妹は人を癒し続けた。

そして、地上には平和が訪れ人々は双子を聖女と崇めた─



◇◇◇



と、現在女神官に長々と説明を受けている。

数分、女神官の話を聞いてだいたい私たちの状況はわかってきた。


まず、ここは間違いなく異世界。そしてここはブレンダ王国という王宮の王座の間。

そして私たちを召喚という方法で呼び寄せたのが神官たち数十人。国の現状を左右する特別な儀式なため、国の有力者がこぞって集まっているという。


私たちを呼び寄せた理由はかいつまんで言うと、世にはびこっている穢れ、元い瘴気を浄化してくれとのこと。この瘴気というのはつまり、魔王の残りかすということだ。この瘴気というのは魔王を倒して数百年たってもこうして年単位で定期的に発生するらしい。瘴気が人に害を為すまで具現化した時、決まって国は神託によって聖女を呼び出す。


聖女は常に双子。一人は土地を一人は人を、そして具現化した瘴気は二人で浄化するのが常という。


それが私たち二人。


私たちが聖女………ここは異世界………そして魔王がいた………………。



「具現化した瘴気は聖女様たちにしか浄化はできません。だから――」


「すっごいすっごいすっごい!」


「は?」


「マジで異世界なのマジで!」


「あの話を………」


女神官が私を呼び止める声が後ろから聞こえる。

悪いけど、今それどころではない。

思いのほか、私は興奮していた。だって、異世界だよ異世界。


私は魔法陣を飛び出して、スマホのカメラを使って周囲を何度も連写する。目についている人や装飾品や建物すべてを。


「ここ、マジで城なんだよね!あの装飾品とかあのシャンデリアとかマジ本物なんだよね!すっご、あの服ってウケ狙いとかコスプレとかじゃなくて本気で着てんだよね!あのピンクとかオレンジとか黄緑とかの髪もウィッグじゃなくて地毛なんだよね!ウケる、ウケるって!」


こんな面白いもの一生かかっても絶対撮れないって。

ということはこの魔法陣もマジなやつか。これで私たち召喚されたんだよね。


私はいまだに光っている魔法陣を連写する。


「あ、あの聖女様………」


「あ~、ごめん。いま忙しいから後にして」


「で、ですが」


「?」


私は一端連写を止め、女神官を見た。女神官はちらちら夏芽のほうを窺っている様子だ。

夏芽は私とは違って女神官の話を一分足らずで飽きてしまい、今ではしゃがみこんでバッグに入っていたマイマヨネーズを吸っていた。


あ~、なるほどな。あんな不機嫌オーラ丸出しでいかにも話通じない感じの娘なんかには近づきたくないか。元の世界でもそうだ。夏芽は大多数の人間からは徹底的に避けられる。そのため、どうしても伝えなければならない用向きがある時は大概、私のほうにまわってくる。


まぁ、私は不機嫌だからといっていきなり一発蹴り上げたりなんかしないから、そういう人たちの気持ちはわからなくもないけど、毎度毎度となるとやっぱりウザいものだった。


だから、最近そういう伝言ゲームみたいなものは基本、断ってきた。


これもそういう系だろうな。あっちの聖女は話が通じなさそうだから、こっちと話をするしかないという消去法。いつもなら断るところだけど、今の私は気分がいい。


話をしてあげてもいいや。


私はスマホを握った手を下ろし、女神官のほうに向き合った。一応話を聞く態勢に入った私を見て、女神官はほっとしている様子だ。聖女はこほんと一度、咳ばらいをする。


「聖女様のお名前を窺っても?」


「あ~、そうだね。私は深冬であっちは妹の夏芽」


「ミフユ様と、ナツメ様ですね」


「そうそう。ねぇねぇ、あれって魔法陣ってやつだよね。あれで私たちを呼び出したの?」


私は徐々に消えかかっている魔法陣を指差す。


「はい、神託により我々神官の魔力を持ってしてあなた方を召喚いたしました」


「ぷっ」


魔力って言ってるよ。ウケんだけど。

中二病じゃなくてマジで言ってるんだよね。さらに笑えんだけど。


「神官ってじゃあ、さっき夏芽が殴った人って」


「大司教様です。私たち神官の中で最も尊く、最も魔力の質と量が高いお方です」


「………………ふーん」


あっちゃー、そりゃ申し訳ないな。


私は大司教と呼ばれている人間の元に足を進ませた。


いまだに数人が取り囲み、声を掛け続けている。私が近寄ると皆、戸惑いながら道を開けてくれた。私は大司教の顔をまじまじと覗いてみた。夏芽に殴られた頬が真っ赤に晴れ上がり、白目をむきながら気を失っている。


「………なんてひどい顔。なんてなんて」


「聖女様、どうかお気を落とさずに。大司教様もきっと同じことをおっしゃるはず―」


背後から女神官の声がする。


「なんて撮りがいのある顔なんだろう!!」


「は?」


私はスマホを向け、気を失った大神官の顔を撮り始めた。

なんて面白い顔なんだろう。受け身も何も取らずに吹っ飛んだ顔ってやっぱり笑えるわ。

しかも白目だよ白目。


こんな面白いもの撮るなっていうのが無理だろう。


「あ、あの………聖女様、一体何を」


ごめんね、女神官さん。

夏芽が大神官の顔を殴ったことで、私が心を痛めていると思っていたみたいだけど、そういう罪悪感はまったく感じていないんだ。


「せ、聖女さま。それは一体」


「あ~、ごめん。ちょっとだけ待って」


私は夢中で撮り続けた。撮れば撮るほど周囲でひそひそとする声が多くなってきてもお構いなしに。


『あれがほんとに聖女か』『顔はいいけど性格が』『性悪すぎないか』『聖女は清らかだって聞いたぞ?一体どこか清らかなんだ』


おいおいおい、こっちにまで聞こえてるって。

私は良いけど、それ以上続けると誰かの堪忍袋がぷっつんするよ?


その時だった。


「そこまで」


凛とした男の声が聞こえると、騒めいていた声が静まった。




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