SIDE−S⑦

 松山たちが拠点を出た日から、俺と佳奈にとって苦難の日々が続いていた。


 最初の苦難は佳奈の親友――早川たちの離脱だ。


 佳奈は俺と共に残る道を選択してくれたが、あの日以来落ち込んでいるのは明らかだった。


 そして、現在俺を最も苦しめているのが――相澤の存在だった。


 最初は【特性】――【力の才】の影響で、こちらが完全に優位だったのにレベルが上がるにつれ、俺と相澤との力の差が縮まっていた。


 そして、その事実に相澤も気付いていた。


 結果、相澤の態度は日々悪化するだけに留まらず、木下、内海、村井の3人にも悪影響を及ぼしていた。


 相澤を追放すべきか……?


 相澤を追放したら、木下たちはどっちに恭順する?


 万が一、木下たち3人が相澤と共に行動することを選択したら……? 更には、こちらに攻撃を仕掛けて来たら……俺は佳奈を守れるのか?


 俺は最悪の未来を想定し、振り払うように首を横に振る。


 追放をすれば、必要以上に敵意を買ってしまう。ならば、松山のようにこちらから離脱する方がいいのか?


 佳奈と二人で離脱して……佳奈と二人きりでこの世界を生き延びることはできるのか……?


 せめて、食の確保に宮野が欲しい……。結界と空間属性を使える木村も欲しい……。木村を誘うなら古瀬も誘うべきだろう……。そうなると、戦闘面で不安が残るから乾を……そうすると、栗山を……菅野を……。


 ダメだ。それでは、相澤たちを追放するのと何ら変わりがない。恨みを買って、争いに発展する。そして、争いになれば勝てる――佳奈を守れる保証は何一つない。


 佳奈の望む融和路線を築けば相澤たちは反発し、その相澤たちを力で抑えつけるのも厳しくなってきた。


 リーダーなんて慣れないことはするものじゃなかった。ほんの少し他のクラスメイトより先にを手に入れ、結果――俺は誤った道に進んでしまった。


 俺が何も行動しなかったら、未来はどう変わっていたのだろう? 松山の助言を受けた獅童がリーダーとなり……クラスはまとまっていたのだろうか?


 悔やむべき行動はたくさんあるが……悔やんでも何も解決しない。現実的に――佳奈と共に助かる未来を模索しよう。


 二人で離脱すべきなのか? いや、生き延びるために、せめて木村と宮野は連れていきたい。


 このまま流れに身を任せるべきなのか?


 せめて俺に力が……相澤を抑えつける力があれば佳奈の望む未来も叶えられるのに……。


 松山たちが離脱してから10日後。


 悩み、苦しむ俺にさらなる不幸が重なる。


 古瀬と木村が拠点から離脱した。


 古瀬はともかく木村の離脱はかなりの痛手だった。


 最近は、相澤たちも露骨に狩りをサボり始めている。このグループは崩壊へと向かって……いや、崩壊していた。


 このグループを立て直すには、絶対的な力が必要だろう。


 しかし、今の俺にはその力はない。


 佳奈と共にこの拠点――沈みゆく泥舟から離脱しよう。


 乾も今の状況に憂いている。誘えば共に来るだろうか? 乾が来れば栗山も菅野も来るだろう。そうすれば、宮野も来てくれるだろうか? 宮野がいれば、餓死の心配はなくなる。


 北川は……強い奴になびく。最近だと、俺より相澤たちに懐いているから、置いていくべきだろう。


「佳奈」

「ん? どしたー?」

「一緒にこの拠点を出ないか?」

「ま?」

「佳奈も気付いているだろ……ここはもうダメだ」

「んー……とーじが言うならおけまるだけど……二人で?」

「乾たちを誘うべきか悩んでいる」

「なるる。みんなとーじに付いてきてくれるっしょ!」

「だといいが……」

「いつ出るの?」

「乾たちに話を通さないといけないから……早くて明日だな」

「りょ!」


 こうして俺は離脱する準備を始めたのだが……一つ大きな誤算が生じた。


 宮野と二人っきりで話せる環境がなかなか作れなかったのだ。


 乾たちには、一緒に狩りに行ったときに話せるが、狩りをサボータジュし始めた相澤たちが宮野に張り付いているため、宮野に離脱の話をする環境が作れなかった。


 乾たちは不承不承ながらも、相澤たちに思うことがあるらしく了承してくたが……宮野抜きでは食が不安だ。


 稀に相澤たちが狩りに出かけることもあったが、その時は必ず俺も一緒に行こうと誘われた。断ると、「は? なら、俺たちも行かねー!」と駄々をこね、一緒に狩りに行くとまるで俺の強さを測るかのように、観察してきた。


 こちらの思惑に気付いているのか?


 更に、留守番として残った乾に宮野に伝えるように頼んだが、『そういう大切なことは、自分の口から言うべきだ』と言われ、断られた。


 すべてが上手くいかず、宮野に話せないまま、ずるずると1週間が過ぎ去った日の夜。


 佳奈と二人で寝床で寝ていると……、


「……佐伯くん……佐伯くん……」


 耳元から消え入るような小さな声が聞こえてきた。


 ん? 誰だ……


 重いまぶたをこすり、目を開けると……


「――!?」

「シー……静かにお願いします」


 枕元には、7日前に離脱した古瀬と木村がいたのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る