話し合い①

「し、獅童くん……?」


 ナツが姿を見せると、古瀬さんと木村さんは強張った表情で硬直するが、


「古瀬さん、木村さん、久しぶり」


 ナツが困ったような表情で微笑むと、二人は安堵の表情を浮かべた。


「し、獅童くん……! 獅童くん!!」


 古瀬さんは目に涙を浮かべ、ナツの胸へと飛び込んだ。


「おぉ……委員長情熱的だね」

「委員長ってあんなにも情熱的だったか?」

「極限状態が続いたからなの……かな?」

「んで、周囲に気配は?」

「んー……大丈夫だよ」


 俺とアキとアコは万が一に備えて臨戦状態で隠れていたが、出るタイミングを見失ってしまった。


「……怖かった……本当に怖かった……」

「はは……古瀬さん、それに木村さんも無事で何よりだ」


 古瀬さんはナツの胸で泣いており、ますます出づらい状況だ。


「あの……ここに来たのは、獅童くんだけなのですか?」


 木村さんはおどおどした口調で問いかけると、ナツは俺たちの方へと視線を向ける。


 頃合いだな。


 俺たちは問いかけに答えるような形で二人の前へと姿を現した。


「えっと……お久しぶりです」


 古瀬さんと木村さんは、元の世界でも特段接点のあったクラスメイトではなかった。言葉に詰まった俺は当たり障りのない挨拶をした。


 俺が挨拶をすると、急に恥ずかしくなったのか古瀬さんは凄い勢いでナツから離れた。


「あ、え、えっと……松山くんに、辻野さんに、野村さん?」

「委員長、久しぶりー!」

「委員長、久しぶり!」

「4人だけなのでしょうか?」


 古瀬さんが質問している相手は――俺じゃなくてナツなのは、目線を見れば明らかだ。


 ナツはどこまで答えていいのかわからなかったのか、視線を送ってきたので、俺は静かに頷いた。


「ここにいるのは4人だけど、あの日一緒に拠点を出た仲間たちは全員無事だよ」

「みんな無事なのね……良かった……」


 ナツの言葉を聞いた古瀬さんは胸を撫で下ろす。


「それで手紙には『助けて』と書いてあったけど、何があったんだ?」


 古瀬さんが落ち着いた様子を見せたからか、ナツは本題を切り出した。


「えっと……それは……その……」

「んー……ここだと何だから……俺たちの拠点に行く?」

「う、うん……」


 こうして、古瀬さんたちと再会した俺たちは偽装工作で作った拠点へと向かうことにした。



  ◆



 偽装拠点は、拠点から30分ほど離れた森の中にあった。日頃のマッピングの成果もあり、周囲に生息するのはゴブリンのみなので比較的安全な場所だ。


「お! 帰ったか!」

「おっかえりー」

「松山殿、お疲れ様でござる」

「お、おかえりなさい」

「ん。おか」


 偽装拠点に帰還すると、仲間たちが出迎えてくれる。


 偽装拠点は、以前までクラスメイト全員が生活していた拠点をイメージして作っていた。元々の拠点は入口に、沼田の力作である鉄の扉を付け、植物で偽装してあるので、モンスターたちに荒らされることはないと……信じてる。


「さすがは獅童くんです。みんなの表情が輝いて見えます」

「うん……凄く楽しそうだね」

「まぁ、みんなで協力して楽しく暮らしているよ。それもこれもすべてハルのお陰だよ」

「ハル……? えっと、松山くん?」


 古瀬さんがチラッと俺を見る。


「俺のお陰と言うのは大袈裟だな。ここにいる全員のガンバリの成果だ。っと、そんなことより、本題に入っていいかな? 向こうで何かあったのか?」

「はい。えっと――」


 本題を促すと、古瀬さんはゆっくりとした口調で語り始めた。


「なるほどね」


 古瀬さんの説明は時折感情が入り混じっていたが、全体的には理路整然としており、向こうの状況をすんなりと理解することができた。


 ナツに対してのアピールなのか、感情の防波堤が壊れたせいなのか……『獅童くんがいなくなったから』という言葉を多用していたのだけがマイナスポイントだな。


 古瀬さんの話をまとめるとこうなる。


 ①(獅童くんがいなくなったから)俺たちが抜けた直後に、早川さんたちも拠点から抜けた。


 ②(獅童くんがいなくなったことによりリーダーとしての自覚が芽生えたのか)佐伯は前よりも優しくなり、他のクラスメイトも気にかけるようになった。


 ③佐伯の変化がわかりやすいエピソードとして、古瀬さんと木村さんは【適性】と【特性】を自分で選べたようだ。また、その時に佐伯は事前に把握していた【適性】と【特性】をまとめたノートを貸してくれた。


 ④古瀬さんは【学者】と【知識の才】を、木村さんは【結界師】と【空間属性の才】を選択し、(獅童くんにとってどれだけ有用性があるのか、)出来ることも教えてくれた。


 ⑤佐伯の対応が良くなった反面、(獅童くんがいなくなった影響により暴走した)相澤、村井、木下、内海の4人は日に日に態度が横柄になった。


 ⑥遂には全員で話し合って決めた狩りもサボるようになり、その時(不在となってしまった絶対的なリーダーである獅童くんの後釜を狙って)相澤たちはクーデターを起こす計画を立てていた。


⑦クラスメイト同士で争いに巻き込まれたくないと思った二人は拠点を飛び出して(獅童くんの)仲間になりたかった。


 『獅童くん』から始まる古瀬さんの感情の部分をフィルターをかけて弾けば、実に理路整然とした説明だった。


 古瀬さんの話を聞いて、気になる点はいくつかあったが……一番の問題は古瀬さんたちへの対応だ。


 面倒ごとを……もとい、仲間を危険に晒すわけには行かないのでお引き取り下さい……と、伝えたいところだが……話を聞く限りナツへと異常な執着以外には落ち度はない。


 何より、古瀬さんと木村さんの【適性】と【特性】が俺たちにもたらす恩恵はかなり大きい。


 さてと……何から切り出すべきだ?


 俺が思考をまとめきれずにいると……、


「古瀬さん、一ついいかな?」

「はい」

「古瀬さんは大きな勘違いをしている」

「勘違いでしょうか?」

「ここのリーダーは俺じゃなくて、ハルだ。古瀬さんの言葉を借りるなら、俺のためじゃなくハルのために何ができるのかが重要だということを理解してほしい」


 古瀬さんの仲間入りをお断りするためのキーワードをナツがぶっこんでしまったのであった。

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