偽装工作

「委員長の話を聞きに行く前に……準備したいことがある」

「準備?」

「何するの? おもてなしの準備とか?」

「いや、準備するのはおもてなしじゃなくて――偽装だな」

「偽装?」

「委員長の話は聞くが、色々な可能性を考慮し、この場を教えるつもりはない」

「色々な可能性って……その……争いとかだよね……」


 アキが消え入りそうな小さな声で呟く。


「妄想みたいな推測で申し訳ないが、今の俺たちの置かれた状況に酷似した――クラス転移モノのライトノベルは何作か読んだことあるが、多くの作品はクラスメイト同士の争い――殺し合いに発展する」

「テンプレですな」


 俺と同じくラノベを愛する山田が首を縦に振る。


「古瀬さんが私たちを殺す可能性があるの……? ハルが私たちを守るために慎重になっているのは理解できるけど……ライトノベルってことは空想のお話でしょ? さすがにそこまで心配はしなくても……」


 実際にクラス転移を経験中だからこそ言えるが、よほど追い詰められない限りはクラスメイト同士で殺し合いまでは発展しないだろう。少なくとも、相澤は個人的に嫌いだが、殺し合いをしたいか? と問われれば、答えはノーだ。


 ゴブリンやオークといったモンスターを倒すことに忌避感はもはや覚えないが、クラスメイトと本気で争えるほど人間性は失っていない。


「古瀬さんと殺し合いになる可能性は限りなくゼロに近いと思う。と言うか、古瀬さんが本当に2人だけなら数の面から考えても……争いにすらならないだろう」


 古瀬さんと木村さんは俺たちが拠点を出たときには、覚醒していなかった。仮に2人が戦闘系の【適性】を選択していたとしても……2人だけで俺たち全員を相手にできるとは思えない。


「んー、さすがに俺たちに喧嘩を売るってのは考えられねーな。委員長もそんな無謀なことしねーだろ」


 ワタルが俺の言葉に同意する。


「しかし――例えば、話し合いの末……俺たちは委員長と木村さんを受け入れられないと伝えたら……どうなると思う?」

「怒る……ううん……絶望するのかな?」

「感情的にはそうだろうな。そのあと取る行動は?」

「え? 佐伯くんたちのところに戻るのかな……? んー、戻りづらいから、2人で生きていくのかな……?」


 アキは思考しながら答える。


「2人で生きていく道を選ぶなら……しばらくは助力して、思想を含めて危険性がないと判断したら、迎え入れるのはありかもな」

「あ! ハルの中で古瀬さんたちを迎え入れる選択肢もあったのね」

「ケース・バイ・ケースだな。っと、話を戻すが、仮に佐伯たちの拠点に戻ったとしたら……この拠点の位置とを知られるのはまずいんだよな」

「攻めてくる……とか?」

「攻めてくるかもしれないし……押しかけてくるかもしれない」

「押しかけてくる?」

「アキに質問。今のこの拠点の居心地はどうだ?」

「んっと、悪くないかな」

「最初にいた拠点――現在佐伯たちの暮らしている川辺の拠点と比べるとどうだ?」

「屋根はあるし、お風呂もあるし、ベッドもあるし……こっちの方が全然快適だよ」

「俺もそう思う」


 川辺で野宿に近い状態だったあの頃と、今の状態――居住空間では雲泥の差がある。


「逆の立場で、俺たちが川辺で野宿をしていて……佐伯たちがこの環境で暮らしているとしたら、どうする?」

「羨ましく思うかな。押しかけるのは……うーん……そうしたら、また相澤くんたちとの共同生活でしょ? それはお断りしたいから……んー……難しいなぁ……」


 アキは眉間にシワを寄せながら、色々と想像する。


「向こうが俺たちと同じくらい、共同生活を嫌ってくれているならいいが……どうだろうな? 仮にそうだとしても、相澤あたりは……奪い取りに来る可能性はないか?」

「んー……あり得るかも……」

「良くて、相澤たちとの共同生活。悪くて、争い。だから、この拠点の位置は知られたくないし、この拠点の状態も知られたくない」

「なるほど」

「とは言え、拠点は教えられない! と最初から伝えると、拒絶感がでて……こっちに負の感情が向くかもしれないだろ? だから、偽装――適当なしょぼい拠点を偽装する必要がある」

「クッ……これが『神眼』と畏れられた松山殿の未来視か! すべての未来への道筋を映し出すそのまなこ! 某、感服したでござる」


 お? 二つ名がシンプルになった。次あたりはワールドクラスの孔明になると思っていたが、予想は外れた。


「たしかに屋根にお風呂、家具まで充実しているこの拠点をみたら奪いたくなるかもねー」

「一度ベッドで寝たら……もう地べたで寝ることはできねーよな」


 ミユとワタルも俺の言葉に賛同する。


「俺たちは万能じゃない。救えるモノには限りがある。だからこそ、優先順位を付けないといけない。俺の中で最も優先されることは――ここにいるみんなの安全。そして、避けるべき事態はクラスメイト同士の争いだ! だからこそ、偽装の処置を取りたいと思うけど、どうかな?」


 俺の案に反対意見はでなかったので、全員で手分けして超簡易的な偽装拠点を作成することにした。


 手紙を発見した翌日。

 偽装拠点が完成すると、俺、ナツ、アキ、アコの四人で古瀬さんからの手紙を発見した仮拠点へと向かうのであった。

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