厄介な手紙
『獅童くんへ
助けて下さい。私と木村咲さんを獅童くんの仲間に入れて下さい。お願いします。
獅童くんからの、お返事をお待ちしています。
この手紙を置いた場所(ゴブリンがベッドで戯れていた場所)に返事を置いて下さい。
お返事お待ちしています。
この手紙が獅童くんに届くことを祈って……古瀬 里帆』
ふむ。
「なになに? 何て書いてあったの?」
手紙を読み終えると、ミユが俺に尋ねてくる。
「要約すると、委員長と木村さんが俺たちの仲間になりたいらしい」
「そうなんだ。急にどうしたんだろ?」
「助けて……と、書いてあるから向こうで何かあったんじゃないか?」
「うわっ……こわっ……何があったんだろ……まさか……うちらみたいに相澤たちに迫られたとか?」
「どうだろうな? 何が起きたかまでは書いてないな」
「それで……ハル、どうする?」
ミユと話をしていたら、ナツが俺に決断迫った。
「んー……そうだな……委員長……委員長と木村さんか……」
「ん? ハルは何を悩んでいるの?」
俺が言葉を詰まらせると、アキが声をかけてきた。
「んー……下世話な話……というか、すごく真剣で重要な話なんだけど、委員長――古瀬さんの好きな人ってナツ?」
「どうなんだろ? 私はそういうの詳しくないけど……」
アキはちらっとミユに視線を向ける。
「委員長の好きな人はナツっちだと思うよー」
「普段の態度を見ればすぐに分かるよね」
ミユとアコが首を縦に振る。
「そ、そうなのか……!? は、ハル! その話は今関係あるのか!?」
「残念ながら……関係あるんだな」
「だろ! 今はそんなことより……は? 関係あるのか?」
ナツは間の抜けた表情を浮かべる。
「んっと……なんて言えばいいのかな……? すごく言いづらいが……このグループのリーダーって誰だと思う?」
「ハルだろ」
「ハルー!」
「ん。マハル」
「松山だろ?」
「松山殿でござるな」
「ハルッちだねー」
「ハルくんですね」
「は、ハルくんだと思うよ」
「わ、私も……」
「松山くんだろ」
仲間たちは一斉に俺の名前を挙げてくれる。
「ハハッ……ありがとう。俺もいまさらになって……獅童派を推進する気はないよ」
担ぎ上げたい頭首が『ハル派』なのだから、土台無理な話だった。
「本当にいまさらだな。それで、ハルがリーダーなのと、古瀬さんの件はどんな関係があるんだ?」
「そうだな……例えば、今日からこのグループが『獅童派』になるのなら、古瀬さんは迎え入れるべきだと思うけど、『ハル派』のままなら……迎え入れるのはちょっと怖いかな」
「どういうことだ……?」
「手紙から見て取れるように、委員長が仲間に入りたいのは『ハル派』じゃなくて、『獅童派』なんだよ」
「えっと……つまり、古瀬さんが入ったら和が乱れる可能性があるってことか?」
「そういうことだな」
俺はナツの言葉に首肯する。
「えっと……前にハルが言ってた『人が3人集まれば派閥ができる』ってやつかな?」
「よく、覚えていたな」
アキの言葉に俺は感心する。
「えへへ。でも、今私たちは3人以上揃ってるけど……派閥はできてないよ」
「んー、説明が難しいけど、今はかなり恵まれた状況だな。このグループで派閥の長になる可能性があったのは、ナツとアキと……俺の3人だった」
「えー! 私も!?」
「別にミユとかアコでもいいが」
「うちがなるくらいだったらアキかなー」
「左に同じくかな」
「わ、私もアキちゃんかな」
ミユとアコ……そしてユコがアキを指定する。
「ナツの代わりにワタルでもいいぞ」
「は? ナツか俺なら、ナツだろ!」
ワタルが即答でナツを指定する。
「んで、馬渕、沼田、山田の3人は……特定の人物がリーダーだと嫌だとは思うかも知れないが、逆はないだろ?」
「むむ! 某のリーダーは『稀代の軍神ハル殿』と心に決めておりますぞ!」
「ん。私はマハル」
「メイは……そうだよな。という訳で、リーダー候補は3人だ」
俺はナツとアキ、最後に自分を指差す。
「そして、そのリーダー候補の内2人――ナツとアキが俺を指名するから丸く収まっている」
「それなら、委員長は『獅童派』だから佐藤くん(ワタル)と一緒じゃないの?」
「んー……ナツとワタルはかなり仲の良い友達だろ?」
「あぁ、ワタルとは親友だ」
「お! 嬉しいこと言ってくれるねぇ」
「ナツと古瀬さんは……?」
「……クラスメイトだな」
「うん。その一方的な関係性というか希薄さが怖いんだよ」
ワタルはナツと親友だから、ナツの言葉に耳を傾け『ハル派』を迎合した。そもそも前提として、ナツは『ハル派』としてワタルを誘っている。
ミユ、アコ、ユコも同様だ。
馬渕、沼田、山田、メイはそもそも徒党を組むタイプではない。
仲間に誘うメンバーは誰でもよかった訳ではない。
早川さんを誘っていたら、早川派が出来ていたかもしれない。乾、栗山カップルを誘ったら乾派ができていたかもしれない。
馬渕たちのような与し易い人物か、俺を信用してくれるアキとナツが互いに信用できるメンバーを集める必要があったのだ。
「古瀬さんは『獅童派』を作るかもしれないし、『古瀬派』を作るかもしれない。何事もなくこちらに迎合する可能性も当然あるが――今の俺たちの状況は良好だ。冷たい言い方かも知れないが、わざわざ危険を冒す必要はないかな……と」
言ってしまえば、委員長――古瀬里帆は良くも悪くも影響力が強いのだ。しかも、1人ではなく2人で参加となると……こちらに染まりにくく、分裂する可能性は更に高まる。
俺の言葉に全員が黙ってしまう。
「もう一つ理由を挙げるなら……委員長がこちらに参加すると、不用意に向こうさんを刺激する可能性があるのも怖いな」
引き抜いたと要らぬ恨みを買うかもしれないし、裏切り者は許さないと、こちらに属した古瀬さんを攻撃してきたら俺たちは守るために、やはり争わないといけなくなる。
特に向こうには相澤という、超ど級の
「つまり、今回の古瀬さんからの手紙は無視するってことか?」
「んー……今のはあくまで俺の個人的な意見だ。みんなの意見は?」
俺はズルい人間だ……こんな聞き方をしたら反論などできるはずもない。
「……俺はハルに従うよ」
「んー……私も助けられるなら、助けたいけど……今はここにいるみんなの安全が最優先だからハルの言うとおりにするよ」
ナツとアキが賛同すると残りの仲間たちも次々賛同の声をあげる。
んー……心優しいアキとユコ、仲間想いのナツとワタルあたりは心底納得はしてないか。
ったく、面倒だな……。
こんなことなら、あのとき火属性の魔法を禁止にしないで手紙を燃やせばよかったな。
「とりあえず、向こうの様子も気になるから、話だけ聞いてみるか……。状況によっては、食料や武器を渡して助力くらいはするか」
「うん!」
「おう! そうだな!」
厄介な手紙を拾ったものだ……。
ようやく楽しくなってきた異世界生活に暗雲がたちこめるのであった。
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