SIDE――古瀬②

 不協和音のきっかけは相澤くんの一言だった。


「ゴブリンをどんだけ倒してもレベル上がらねーからやる気でねーな。今日の狩りはパスするわ」

「相澤! 狩りのローテションはみんなで話し合って決めただろ! そんな勝手な都合は許されないぞ!」


 急に狩りへ行かないと言い出した相澤くんを、乾くんが叱咤しました。


「あん? てめー誰に言ってんだ? 俺はてめーが狩りに参加する前から参加してたんだよ! 大体てめーは誰のお陰で『覚醒者』になれたのかわかってんのか?」

「クッ……そんか言い方はないだろ! 『覚醒者』が引率する件だってみんなで話し合って決めただろ!」

「みんなが……みんなが……ってうるせーな! 実際に体張っててめーを『覚醒者』にしてやったのは誰だ! オラッ! 言ってみろや!」


 一触即発の空気が流れる中、


「剛!」


 騒ぎを聞きつけ、仲裁に来た佐伯くんの声が響きます。


「チッ……冬二か……」

「何を騒いでいる?」

「なんでもねーよ! こいつがゴチャゴチャと文句を言ってきただけだ」

「……ッ!? 違うだろ! 佐伯! こいつはやる気が出ないと、今日の狩りをボイコットしようとしていたんだぞ!」

「……剛、乾の言ったことは本当か?」

「チッ……やる気がでねーんじゃねぇ……体調がわりーんだよ! それとも何か? 体調が優れねーのに、危険を冒して狩りに行けって言うのか?」

「本当に体調が悪いのか?」

「本当だっつーの! 冬二まで俺を疑うのか? ってか、俺に対しては強気なんだな……松山に対しては弱気だった癖によぉ!」


 相澤くんの態度は日増しに増長しています。リーダー的な立場であるはずの佐伯くんにも反発しました。


「圭佑(村井)! お前も体調悪かっただろ? 一緒に休もうぜ!」

「お、おう!」


 結局、その日は相澤くんと村井くんが狩りを休み、代わりに佐伯くんと立花さんが狩りに出かけることになりました。


 狩りに出かけたメンバーは、佐伯くん、乾くん、栗山さん、菅野さん、立花さん。


 拠点に残ったメンバーは、いつも留守番役の宮野さんと、私。防衛役として、相澤くん、木下くん、内海くん、村井くん、北川くん、そして咲が残りました。


「みんな食材を拾いに行こう」


 残ったメンバーにも仕事はあります。それが食材集めです。私はいつも通り、残ったメンバーに声を掛けましたが……、


「あん? だりぃな……委員長わりーな。体調不良だからパスするわ」

「わかりました……それじゃ、相澤くん以外の――」

「んで、圭佑も虎太郎(木下)も拓哉(内海)も体調悪いからパスな! ってか、委員長と宮野は狩りに参加しねーんだから、食材拾いは2人で……って、怪我したら何か言われそうだから、北川! 2人のお守りとして行って来い! 木村も疲れてるだろ? 一緒に休むぞ」

「わ、私は里帆と一緒に――」

「木村ぁ! 一緒に休もうぜ?」

「う、うん……わかった……」


 咲は相澤くんの脅迫に屈し、首を縦に振ってしまいました。


 結局、私は宮野さんと北川くんの3人で食材探しに出かけました。



  ◆



 その日の夜。


 皆が寝静まった深夜帯。


「里帆……起きて……」


 深い眠りについていた私は身体を無理やり揺り動かされ、目を覚ましました。


「ん……咲? なに……?」


 私はまだ開ききらない眼を擦りながら答えます。


「そ、相談があるの……」

「……相談? 大切なことなんだね」


 私は視界に映った咲の表情を見て、深刻な相談と察しました。


「今日の昼間のことなんだけど……」


 咲は下唇を噛み締め、消え入りそうな声で呟きます。


 昼間と言えば……私は宮野さんと北川くんの3人で食材を集めに行って、咲は相澤くんたちと……


 ――!


 ま、まさか……!?


「だ、大丈夫!? ごめん……咲を一人にして……」


 大丈夫なわけがない……。 


 私は最悪の可能性を想像し、なんて声を掛ければいいのかもわからず、謝罪します。


「だ、大丈夫だよ。里帆の想像したようなことはなかったから」

「本当に……?」

「うん……私は相澤くんたちのタイプじゃないみたい。ラッキーって喜べばいいのかな……あはは……」


 咲は複雑な表情を浮かべ、乾いた笑い声を漏らす。


「それなら、相談っていうのは?」

「えっと……昼間に私は一人でここで休んでたんだけど……川に水を汲みに行ったときに……相澤くんたちの話が聞こえちゃって……」

「どんな話だったの?」

「く、クーデターって言えばいいのかな? 今、一番強いのは佐伯くんらしいんだけど……その差が縮まってるらしくて……なんだろ? レベルがもう相澤くんたちのほうが高いらしく、次にレベルが上がったら……佐伯くんにどっちが偉いのか教える……みたいな、話をしていたの……」


 咲の話が事実なら、最悪な未来を容易に想像できます。


「村井くんたちも同意していたの?」

「う、うん……なんか佐伯くんの最近のやり方が気に入らないって……。どうしよう……どうすればいいのかな……」


 咲は今にも泣きそうな声を出します。


 どうする……? どうすればいいの……?


 乾くんたちは佐伯くんの味方をするだろうけど……相澤くんたちのクーデターを止められる?


 咲の話の通りなら今一番強いのは佐伯くんだ。だから、相澤くんたちは大人しく従っている。


 でも、そのパワーバランスが崩れたら?


 相澤くんは元々粗暴なクラスメイトでした。この世界に転移される前も、何度か問題を起こしそうになっていました。でも、その都度――獅童くんが制御してくれました。


 獅童くん……あぁ……私の愛しき人……。


 私はなんであのとき、獅童くんと一緒に行く道を選ばなかったのでしょうか?


 松山くんがここを出ると言って……獅童くんもそれに賛同したとき……そこには確かな絆が見えました。


 松山くんと獅童くんだけじゃありません。一緒に出ていった11人のクラスメイトの間にも確かな絆を感じて……私はそこに割り込める勇気がなく……結局、現状維持であるこの場に残ることを選択してしまいました。


 あのとき勇気を出して私も手を挙げていた……未来は変わったのでしょうか?


 グループの中で、かりそめじゃない……本当の意味で平和な生活が送れたのでしょうか?


 まだ……間に合うかな……?


「咲……私はここを出て獅童くんたちと合流するよ。咲は……どうする?」

「――!? り、里帆が行くなら……わ、私も……」

「善は急げ……行こう!」


 私は『旅に出ます』と置き手紙を残し、咲と共に獅童くんの元へと向かったのでした。



  ◇



 咲と一緒に拠点を飛び出してから3日後。


 道中は咲の《ミラージュ》で魔物に襲われることありませんでした。食事に関しては、【学者】である私が一度口にした食材を《ラーニング》できたので、なんとかなりました。


 問題は――獅童くんたちが一向に見つからないことです。


 上流に向かって川沿いを歩いているのですが、一向に獅童くんたちを発見できませんでした。


 獅童くんたちが拠点を去ったのは4週間前……。


 どこまで移動したのでしょうか……私たちは獅童くんたちと合流できるのでしょうか……。


 終わりの見えないゴールに心が折れそうになったとき――川の近くの拓いた場所で、ベッドの上ではしゃぐゴブリンを発見しました。


 ゴブリンの住処……?


 いえ、私の得た知識によればゴブリンはベッドの上で寝る習性はありません。


 と言うことは、あのベッドは獅童くんたちが作ったのでしょうか?


 咲の《結界》があればゴブリンに襲われても平気なのですが……武器はすべて佐伯くんが管理していたので、今の私たちはゴブリンと戦う術がありません。


 私は咲と一緒にベッドが見える場所に隠れ、様子を窺うことにしました。


 12時間様子を見ましたが……現れたのはゴブリンのみ。獅童くんたちは現れませんでした。


「里帆、どうする?」

「ここにいるのは危険なので、念の為に『手紙』を置いて少し離れましょう」

「うん」


 獅童くん宛の手紙を綴ると、《ミラージュ》で姿を消した咲がベッドの上にこっそりと置いてくれました。


「信じよう……獅童くんがあの手紙を手にすると」

「うん」


 手紙に一縷の望みを託し、咲と共に安全な場所へと避難したのでした。


―――――――――――――――――――――――

(あとがき)


これにてサイドストーリー(古瀬編)は閉幕となり、本編へと繋がります。

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