夜の散策
新しい拠点先に移住した日の深夜。
俺は全員が寝静まったのを確認し、静かに起き上がる。
時間は……23:42か。
元の世界と違って、こちらにはテレビやインターネットのような娯楽がなく、昼間は忙しなく体を動かしているので、就寝時間は自然と早くなっていた。
さてと……起こすか。
俺は周囲で寝ている仲間を起こさないように慎重な足取りで――寝ているナツの元へ移動した。
「ナツ、起き――」
――!
「昼間の約束、覚えていてくれたんだな」
起こそうとしたナツはスッと起き上がり、笑顔を浮かべた。
「起きてたのか……ビビらせるなよ……」
「ハハッ、約束したからな」
「んじゃ、行くとするか」
新たな拠点となった洞窟から外へ出ると、
「あれ? ハルっちとナツっちじゃん?」
見張り当番のミユに声を掛けられた。
「ちょっと、夜の散歩に行こうかと」
「2人で? ――!? ま、ま、まさか……」
「ミユの想像している腐った事案じゃねーよ」
「あはは、ハルっちはそっちの方面にも理解があるのかぁ」
「理解というか、知識として知ってる程度だな」
「ふむふむ。で、どっちが――」
「ちなみに、俺とナツはそういうのじゃねーからな」
「あはは、残念。で、違うなら2人はどこに行くのかな?」
ミユは口調を改めて、問いかけてきた。
「知っての通り、俺だけがFランクだ。だから、今日は無理を言ってハルに経験値稼ぎに付き合ってもらうことなった」
ナツは真剣な口調でミユに訴えかける。
「……なるほどね。みんなは知ってるの?」
「いや、言ったら付いてくるって言いそうだろ?」
「だねー。私も見張りじゃなかったら付いていきたいよ」
「だから、内緒でいくのさ。一人が付いていくと言えば……みんなも付いていくと言うだろ? そうなると、戦いたくないメンバー……」
俺は戦闘組のメンバーを思い浮かべたが……、
メイは「ん。私も行く」と言うだろうし、アレは元々戦闘狂だ。ワタルは……「っしゃ! 行こうぜ!」と、嬉々として向かうだろうし、アキも「私も行くよー!」とピクニック感覚で付いてくるだろう。山田もアコも戦闘を嫌がる姿を想像できない。
あれ? 全員好戦的じゃね? と、戦いたくないメンバーが浮かばなかった。
「えっと、アレだ……生産組のメンバーもこちらに気を遣って夜も休めなくなるかもしれないだろ。だから、こっそりと2人だけで行こうかと」
努力するのはいいことだが、行き過ぎた行為は同調圧力を生みかねない。
「んー、オッケー。んじゃ、うちも内緒にしとくね」
「助かる」
「すまない」
「んじゃ、気を付けてね!」
俺とナツはミユに見送られ、森の奥へと進むのであった。
◆
静かな夜の森の中、ナツの生み出した魔法の光――《ライト》の光に照らされながら、進むこと30分。
「確かコボルトの生息地ってここら辺だったよな?」
俺たちはスマホのメモ帳に記した地図を見ながら目的地へと進んでいると、
「ワォーン!」
「ワォーン!」
目的としていたモンスター――コボルトがこちらに襲撃を仕掛けてきた。
コボルトは二足歩行する犬のような姿で、ゴブリンと同様に武器を扱えるモンスターだ。ゴブリンよりもランクが高く、力、体力、素早さ……すべてがゴブリンを上回っていた。
奇襲を仕掛けたかったが、《ライト》の光は遠目でも目立つ。夜の奇襲は諦めたほうがよさそうだ。
「ハル! 敵は俺が引き付ける!」
「――?」
「ハルは攻撃に専念してくれ!」
「了解」
引き付けるの意味がよくわからなかったが、俺は攻撃に専念すればいいらしい。
冷静に考えたらナツと狩りをするのは初めてだ。事前に作戦を話し合うべきだった……ここにきて、己の慢心に気付かされる。
「来い! 犬っころ! ――《タウント》!」
ナツは一歩前へ踏み出すと、手にした剣で果敢に盾を打ち鳴らした。
たうんと……?
《鑑定》結果によると……《盾技》の派生で習得したスキルのようだが、どういう効果だ?
《鑑定》でわかるのはスキルの名称のみ。自分で習得したスキルであれば、効果はわかるが他人の場合は名前から効果を推測するしかなかった。
――!?
ほぉ……。俺は目の前に映る光景から、ナツの使った《タウント》の効果を理解した。
2匹のコボルトは俺の存在など歯牙にもかけず、狂ったようにナツに攻撃を仕掛けていた。
《タウント》の効果は、敵の攻撃を自分に集中させる……みたいな感じのスキルだろう。オンラインゲームやロールプレイングゲームでよくあるスキルだ。
ってことは、今なら安全にコボルトを攻撃できるのか。
コボルトの弱点属性は、氷属性だ。
――《エンチャントアイス》!
俺はナツへ執拗に攻撃を繰り返すコボルトを、氷を帯びた剣で背後から斬りつけた。
「バウ……ッ!」
「ナツ、トドメはナツが!」
「サンキュー!」
ナツはスキルを使うことなく瀕死となったコボルトを剣で斬り裂き、
「っと、お前の相手は俺だ」
俺はその隙にもう1匹のコボルトがナツへと振り下ろした剣を、打ち払った。
ふぅ……成功してよかった。
敵の狙いがわかっていれば、剣を剣で打ち払うのはそこまで難しくなかった。
「ハル!」
「あいよ」
ナツの声に合わせ、サイドステップを刻むと、
「――《ホーリースラッシュ》!」
ナツは剣を打ち払われて体勢を崩したコボルトを、光り輝く剣で両断した。
「ハル、ナイスアシスト!」
「ナツ、グッジョブ!」
ナツが笑顔で突き出した拳に、俺も笑顔で拳を合わせるのであった。
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