SIDE−S⑤

 新たな拠点に移った後も順調だった。


 『素質を覚醒せし者』もこちら主導で新たに二人増えた。


 一人は【料理人】と【料理の才】を選ばせたから、衣食住の食を制したともいえる。


 唯一の障害となり得る存在――松山と獅童の対策も完璧だ。


 反乱分子になると困るので、色々な理由を付けてモンスターから遠ざけ、成長を阻害した。


 俺はあの二人に死んで欲しい訳ではない。


 今の状態でもあの二人よりも人数が多く、レベルも上だ。負けることはないと思う。


 しかし、今程度の力の差だと……抵抗される可能性もある。


 獅童はクラスの中心人物だった。


 今では求心力が衰えたが、獅童につくクラスメイトはまだいるだろう。


 そうなると、俺たちはクラスメイト同士で殺し合いとなる……可能性もある。


 俺の目的は、佳奈と共に無事に元の世界に帰ることだ。


 ――無事に。


 果たしてクラスメイトと殺し合いをした後の精神状態は無事と言えるだろうか?


 否。何より、俺は佳奈にそんな辛い思いをさせたくなかった。


 だから、俺は成長――レベルをもっと上げる必要があった。


 抵抗する気がなくなるくらい力をつければ、無駄な争いは回避されるだろう。


 まずは、強固な組織を作ろう。


 俺の主導でクラスメイト全員が『素質を覚醒せし者』になる頃には、強固な組織が完成しているはずだ。


 組織が完成――この世界で生存する術が確保できたら、いよいよ元の世界へ帰る方法の模索だ。


 やるべきことは山積みだ。


 しかし、佳奈の為と思えば苦にはならない。


 次は誰を『素質を覚醒せし者』にするか? どの【適性】と【特性】を選択させるべきか?


 俺は頭を悩ませるのであった。



  ◆



 異世界に転移してから三日目。


 ここにきて新たな問題が浮上した。


 その問題とは――相澤だ。


 相澤はバカで粗暴で御しやすいクラスメイトだ。更に言えば、人望もないし【特性】もない。


 最初に見せつけた力の差がトラウマとなっているのか、今も大人しく俺の言うことを聞いている。


 松山と獅童と比べたら取るに足らない存在と思っていたのだが……、


 あの【適性】があれほど厄介だったとは……。


 相澤の【適性】は――【魔闘士】


 拳に属性の魔法を宿し、素手で敵を殴り倒す【適性】だ。


 モンスターと戦うとき、【竜騎士】の俺であれば槍を使い、【暗黒騎士】の内海は斧を使い、【暗殺者】の木下は短剣を使う。魔法を使う者は杖……と言いたいが、杖を持ったモンスターとは戦ったことがないので、素手だ。


 そして、【魔闘士】の相澤は――素手だった。


 俺たちの使っている武器はゴブリンから奪ったもので、粗末な武器だった。


 モンスターを倒し続けることで、肉体は強化され、武器の扱いも上達するが……武器は粗末なままだった。


 しかし、相澤だけはレベルが上がると同時に……武器である素手――肉体も強化された。


 今は【特性】――【力の才】の差で、俺の方が有利だとは思うが……このままレベルが上がり続けたら、力の差は逆転するだろう。


 どうする……?


 相澤は単純だ。


 適度にアメを与えていたら、喜んで今の地位を受け入れるだろう。


 獅童から俺へとあっさり鞍替えしたことから、相澤はカーストの上層にいるのを望んでいるのであって、カーストの最上位は狙っていないのだろう。


 とは言え……このまま放置していいのか?


 相澤の悪行は最近色々と耳に入ってくる。


 相澤が一人で憎まれるのであれば問題ないが、クラスメイトの中には相澤という個人ではなく、『佐伯派の相澤』と言う見方をする者もいる。


 組織がまだ完成していないのに、憎悪を溜め込むのは得策とはいえない。


 もう一つの解決策は――武器の強化だ。


 よくあるゲームであれば、武器屋に行って新たな武器を買えばいい。


 しかし、今俺たちがいるのは――森の中だ。


 武器屋など、存在しない。


 ならば武器を作ればいいのか?


 武器を作る【適性】はなんだ? 武器職人? 鍛冶職人? ……そんな【適性】はあっただろうか?


 あったとしても……武器は無から作れるのか?


 ゲームでも、武器を作る場合にはそれなりの設備と素材が必要だ。


 設備に関しては留守番を任せているクラスメイトに任せればいい。適当に火をおこせて、作業台とかそれっぽいのがあればいけるだろう。


 問題は素材だ。


 今の俺には素材に関する知識がない。


 さっき食べたキノコも……俺から見ればそこら辺に生えているキノコと区別がつかない。


 素材に関する知識を有する者は一人だけ――松山だけだ。


 クソっ! こうなることまで予想して松山は【鑑定の才】を選択したのか!


 松山に素材の入手を依頼したら……一人でいかないだろう。獅童は間違いなく立候補するだろう。


 素材を探しているときにモンスターと遭遇したら……?


 松山は【魔法剣士】、獅童は【聖騎士】。恐らく戦闘になり、勝利するだろう。


 そうなるとレベルアップの存在に気付かれてしまう。


 クソっ! クソっ! クソっ!


 とりあえず、相澤対策として従順そうなクラスメイトに【賢者】を選択させよう。魔法なら……相澤が暴走しても止められるかもしれない。


 当面は、相澤たちにはアメを与えて……現状を維持するしかないな。


 『真に恐れるべきは有能な敵ではなく無能な味方である』はナポレオンの言葉だったか?


 俺は歴史的な偉人の言葉を痛感するのであった。

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