舌戦②

「知っていたとは? レベルのことか? 【適性】と【特性】を得た者――『覚醒者』がモンスターを倒すと、レベルが上がることか?」


 正確には上がるのはランクだ。しかし、この事実は【鑑定の才】を持っている俺しか知らないので、今は相手の言葉に合わせる。


「やはり、知っていたか……」


 佐伯の眉間にシワが刻まれる。


「質問をさせてくれ。何故、レベルアップの存在を俺に……いや、クラスメイトの全員に隠していた? この事実が露呈して何か困ることでもあったのか?」

「それは――」

「聞きたいことはまだある。なぜ【適性】を得たのを隠していたのか? と聞いたな。逆に聞くが、クラスメイト……例えば、山田が【適性】を授かりたいと言ったら、その頼みを聞き入れたのか?」

「聞き入れた。……但し、選択する【適性】はこちらから指示はしていただろうな」


 佐伯は言葉を慎重に選びながら、後で俺からツッコまれないように真実を交えて答える。


「なるほど……。クラスメイトのみんなには【適性】を選択する自由はないと?」

「それは俺たちが――二年三組の全員が生き残るためだ! 【適性】はいわば役割! がむしゃらに選択するものじゃない! 必要な【適性】を選択し、全員が協力することで初めてこの世界で生き残ることが出来るんだ!」


 佐伯は俺に……、と言うよりクラスメイトの全員に訴えかけるように大声を張り上げる。


 素晴らしい主張だ。これが佐伯の本心なら……最初から全員にこの主張を話していたなら、俺は佐伯に協力していたかも知れない。


「佐伯、一ついいか?」

「何だ?」

「さっき佐伯は……『聞き入れた』と答えたよな」

「そうだ! 今朝だって【適性】と【特性】を選択する者……松山の言葉を借りるなら『覚醒者』を希望する者は全員から募った! 松山もそれは知っているはずだ!」

「佐伯、知っていたか? 先程例に出した山田だが、先日相澤に『覚醒者』になりたいと、懇願していたのを」

「それは……」


 佐伯は鬼の形相で相澤を睨みつけ、相澤はバツが悪そうに下を向く。


「その時の相澤の答えだが……山田言えるか?」

「某、あれほどの屈辱は忘れないでござる……相澤殿には、『キモオタは大人しく木の実でも拾っていろ』と言われたでござる」

「と、言うことだ。だから、俺はクラスメイトである山田の頼みを聞き入れ、共にゴブリンを倒して山田の願いを叶えることに協力した。同様に、付き合わないと『覚醒者』にしないと脅された塩谷さんたちにも協力した」


 事実や俺の本音とは異なるが……大筋は間違ってはいない。今の話から矛盾は突けないはず。


 俺は攻勢を仕掛けることにした。


「佐伯の質問に答えるよ。何で隠していたのか? 答えは、こんな事情があったからだよ。こんな事情があるのに、わざわざ報告すると思うか? ついでに言えば、日頃の態度、食事にも格差が生じていた。このままだと危険と感じて自己防衛の為に山田たちは【適性】を授かった」


 俺は一気に言葉を捲し立てた。


「なるほど……理由はわかった」

「今度はこちらの質問に答える番だぞ? 何故、俺たちに――クラスメイトのみんなにレベルアップの存在を隠していたんだ?」

「それは……」

「松山ぁぁあ! てめー調子に乗ってんじゃねーぞ!」


 佐伯をいい感じに追い詰めたところで、さらなる追い風――相澤が暴走を始める。


 ってか、このアホ語彙力無さすぎだろ……。


「調子に乗るな? どういう意味だ?」

「あぁん? そのままの意味だ!! あんまり調子くれってと……」

「どうする?」

「叩き潰すぞ!」


 この相澤アホの【適性】は【魔闘士】じゃなくて【チンピラ】じゃないのか?


 さてと……ここからが局面を左右する勝負の場だ。


 本来の予定であれば、十分にランクを上げ、佐伯たちとステータス上は同等になってから……進言――或いは反旗を翻す予定だった。


 しかし、予期せぬ事態から戦力が整う前にこちらの行動が露呈してしまった。


 今争えば……敗北濃厚だ。敗北したらどうなる? 佐伯の支配は完成するだろう。ならば、戦わずしてこちらが非を認めたら? ……やはり、佐伯の支配は完成する。


 どう対応するのが正しい?


 こちらの行動が露呈した以上、監視はより一層厳しくなるだろう。……再起するのは絶望的だ。


 ならば……賭けに出るしかない。


 相澤が俺の想定通りにアホで……佐伯が俺の想定通りに思慮深いなら――


「叩き潰す? 誰が、誰を?」

「ハッ! フザケてるのか! 俺様がてめーを叩き潰すんだよ!」

「【魔闘士】になると、パッシブで知性が落ちるのか? 叩き潰せるのか? 俺もお前と同じ『覚醒者』だぞ?」


 俺は堂々と相澤に反論する。


「あん? てめーはバカか? だから、俺様とお前とではレベルが違うんだよ!!」


 相澤の返答は想定通りだ。


「ハァ……相澤、お前はバカか? 佐伯、お前なら……俺の言いたいことは分かるよな?」


 俺は目の前で喚き散らす相澤から、佐伯へと視線を移した。


「チッ……そういうことなのか……」


 佐伯は舌打ちを鳴らし、呟く。


「冬ニ、もう遠慮することはねーよ! やっちまおうぜ!」

「相澤、松山はレベルアップの仕組みを知っていた。そして、松山はお前に全く臆していない」

「あぁ……生意気な野郎だな」

「相澤、お前はバカか? 松山もレベルアップをしているのだ! 俺たちと同レベルに……いや、それ以上の可能性もあるのか……」


 佐伯は疑心暗鬼と思考の海に溺れ、俺の望む推測に辿り着いた。


「ついでに言うなら、俺だけじゃないぞ?」

「獅童たちもか……」


 俺がトドメの一言を告げると、佐伯はナツたちへと視線を向けた。


「それで、どうする?」

「どうする……とは?」

「やるのか?」


 俺は生唾をゴクリと飲み込み、最後のハッタリをかます。


「俺はクラスメイトたちで殺し合うことを望んではいない。松山もそうだろ?」

「そうだな」

「逆に聞くが、松山はどうするのだ?」

「どうするとは?」

「今度の身の振り方だ。俺たちを力で支配するのか? 松山も気付いてはいるだろ? この世界で生き残る為にはリーダーが必要だ。俺をリーダーとして認めるのか? それとも……お前がリーダーに名乗り出るのか?」


 佐伯は俺へと決断を迫ったのであった。

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