舌戦①

 相澤は鬼の形相で近付いてくると、そのまま俺の胸ぐらを掴み上げた。


「ッ!? ……ど、どうしたの?」


 俺は胸ぐらを掴み上げられた息苦しい状態で、相澤に尋ねる。


「しらばっくれてるんじゃねーよ!」


 相澤はそのまま力任せに俺を後ろへと突き飛ばす。


「ゴホゴホ……何の……ことだよ!」


 俺は咳き込みながら、突然振るわれた暴力に怒りから語気を強める。


「あん? てめー誰に口をきいているんだ? 調子に乗ってるんじゃねーよ!」


 俺の言葉に相澤は更に怒気を膨らませる。


「どうした! ――ハル! 何があった!」


 相澤の怒声に異変を感じたナツが慌てて走り寄ってくる。


「ナツ、近くにいたのか」

「何があるかわからないから、近場で食材を探してた」

「ハル! 大丈夫!」

「ハル殿、大丈夫でござるか!」


 ナツに続いてアキたちも俺の元へと走り寄ってきた。


「剛、どういうことだ! 説明しろ!」


 ナツは俺の前に立つと、相澤に強い口調で詰問する。


「あん? 夏彦ぉ、いつまでも調子に乗ってると――」

「相澤! 止めろ!!」


 今度はナツへとくだを巻こうとした相澤であったが、いつの間にか現れた佐伯に止められる。


「冬ニ……でもよぉ……」

「相澤、二度は言わないぞ?」

「チッ……わかったよ……」


 納得のいかない相澤であったが、佐伯が目を細めると大人しく引き下がった。


「佐伯君、どういこと? 説明はしてくれるよね?」


 俺は冷静に話し合いに応じそうな佐伯へと声を掛ける。


「説明か……。こちらも松山に説明をして欲しいことがある」

「俺に?」

「そうだ。先程、栗山がゴブリンを倒した」

「それはおめでとう。で、俺に聞きたいことは?」

「俺は栗山に【賢者】を選ばせる予定だった」


 ――!?


 あ、この流れは不味いな……。


「すると、栗山は【賢者】は選べなかった。と言った」

「それで?」


 誤魔化すのは難しいだろうが、ぎりぎりまでとぼけることにした。


「【賢者】を選べなかったのは、栗山の勘違いの可能性もある。そこで俺は菅野にゴブリンを倒させ、選べない【適性】を調べるように伝えた」

「結果は?」

「選べなかった【適性】は20あったそうだ」

「多いね」

「多いな。ちなみに選べなかった【適性】は、俺、佳奈、相澤、内海、木下、村井、菊池、北川、乾、栗山の選んだ【適性】に、松山と獅童が選んだ【魔法剣士】と【聖騎士】。後は、最初から選べなかった【勇者】。ここまでは分かるが、おかしくないか?」

「何が?」

「俺が今言った【適性】を全部足しても数は13だ。7足りない」


 佐伯は淡々と事実だけを伝えて、俺を追い詰めようとする。


「ちなみに、選べなかった7つの【適性】は【賢者】以外に何があったの?」

「それは俺よりも、松山のほうが詳しいんじゃないのか?」

「理由は?」

「理由不明で選べなかった【適性】は7種類。偶然か? 最近、松山と獅童と行動を共にするようになったのは……辻野、野村、塩谷、菊池、佐藤、山田、馬渕……7人だな」

「俺に何を言わせたいの?」


 佐伯は俺の口から事実を言わせたいようだ。


 どうするかな? ここまで言われたら隠すのは無理だよな……。


「何を言わせたいだと! ふざけんじゃーよ! 証拠は揃ってんだ! てめーだろ! てめーらが俺らに隠れてコソコソと【適性】を奪ったんだろーが!」


 先に痺れを切らしたのは、俺でも佐伯でもなく相澤だった。


「奪ったって……別に【適性】と【特性】はお前たちだけのものじゃないだろ?」


 隠し通すのは無理だ。俺は開き直り、まだ中立のクラスメイトたちの心象を良くする方向性に切り替えた。


「てめー! 開き直ってんじゃねーよ!」

「相澤、お前は黙ってろ」


 話し相手が相澤の方が……ことは容易に進むのだが、佐伯がそれを許さない。


「松山、認めるんだな?」

「認める? アキたちが【適性】を授かったことをか?」

「そうだ」

「俺が認める……って言うのも変な話だが、アキたちが【適性】を授かったのは事実だな」

「説明してもらおうか」

「説明?」

「そうだ。何故、俺たちには報告もなしに【適性】を選んだのか、説明してくれ」


 佐伯は冷静な口調で俺を追い詰めるように詰問してくる。


 ここからの返答が重要だ。


 いかに、俺たちの正当性を提示し……同時に佐伯たちの心象を悪くさせるか……。


「自己防衛の為だ」

「自己防衛だと?」

「この世界はモンスターが存在する危険な世界だ。自分を守れる力はあった方がいいだろ?」

「なるほど……。しかし、説明が足りないな。俺たちに報告もなしに【適性】を選んだのか、の理由にはなってない」

「『俺たちに報告もなしに』……、つまりは、佐伯たちに報告をしないで【適性】を授かった理由を説明しろと?」

「……そうなるな」


 佐伯は暫し間を置いた後に首肯する。


「逆に質問するが、なぜ報告しないといけないんだ?」

「それは、こちらにも予定や計画があるからだ」

「予定? 計画? 初耳だな。その予定や計画は共有してくれないのか?」

「何が言いたい……」

「別に、そちらが質問してきたことと同じことだよ。逆に聞くけど、俺に何が言いたいの?」


 俺と佐伯の間に険悪な空気が流れる。


「松山ぁぁああ! てめーいい加減にしろよ! 調子に乗ってんじゃねーよ! てめーらは俺らの指示に従ってればいいんだよ!」


 佐伯との口論で中々突破口を見出だせず、苦戦していたが……相澤が突破口を開いてくれた。


「相澤、だま――」

「相澤! 今の言葉はどういう意味だ?」


 佐伯も相澤の介入が不利になると察知し、止めようとするが、その言葉を遮り……俺は相澤を挑発する。


「ああん? 相澤……だと? 何、呼び捨てにしてんだ……てめー誰に口利いているのかわかってんのか!」

「誰に? 目の前にいる同じ立場のクラスメイトにだろ?」

「あん? 俺とお前が同じ立場だと……てめーふさけんじゃねーぞ!」

「大体、さっきの言葉は何だ? 『俺たちの指示に従ってればいい』だと? お前こそ何様だ?」


 俺は挑発を続ける。


 人は弱い生き物だ。ある一定の人は自分よりも弱い者を見つけ、自身の精神を安定しようとする。


 突如、他者とは画一した力を得た相澤は……完全に暴走していた。


「まぁぁつぅぅぅやぁぁぁまぁぁぁ!!」

「俺とお前は同じ立場……不幸な事故に巻き込まれたクラスメイトじゃないのか? それとも何か? 【適性】を得た自分は他の者より偉いとでも言いたいのか? ならば、俺も【適性】を得ているぞ?」


 ついでにお前と違って【特性】もあるけどな。と言いたいが、その言葉は決定的になってしまうのでぐっと堪える。


「はっ! 笑わせるな! 俺がてめーと一緒だと! 俺たちとてめーだとレベルが違うんだよ! レベルが!!」

「相澤!!!」


 頭に血が上った相澤が遂にレベルのことを口走り、佐伯は相澤へと怒声を上げた。


「レベルが違う? どういう意味だ? 比喩的な意味合いなのか? それとも、ストレートな意味合いなのか?」

「チッ……その様子なら知ってたんだろ」


 佐伯は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべたのであった。

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