夜の散策

 異世界に転移してから三日目。日は沈み周囲が闇に包まれた深夜。


 俺は佐伯たちに見張りを付けられているナツの元へ向かった。


「……ナツ」


 俺は小声でナツへと声を掛ける。


「……? ハル? どうした」

「しー……頼みごとがある」


 俺は口の前で人差し指を立てて、小声で頼み込む。


「頼みごと? 俺に出来ることなら……」


 佐伯にクラスの主導権を奪われ、すっかり消沈したナツは、らしくもない自信のない声音で答える。


「今からここを抜け出して少し探索してくる。みんなには内緒で頼む……俺を探している奴が来たら、トイレに行っているとか、適当に誤魔化してくれないか?」

「抜け出す? 探索? ……辻野さんとか?」

「……何でだよ。一人だよ」


 俺は予期せぬナツの返事に思わず溜め息を洩らした。


「一人……? 何か必要な素材でも採集に行くのか? 大丈夫なのか? 俺も付き合うぞ?」

「二人でこの場を離れるのは……余計な疑いを招く可能性があるから、今日は俺だけで行ってくる」

「今日は……と、言うことは、いずれは俺も一緒に行けるのか?」


 ナツは完璧超人だ。頭の回転も早い。思わず、無意識に言葉から漏れてしまった俺の真意に気付いて笑みを浮かべる。


「今日の探索の結果次第だが……いずれな」


 そんなナツに俺は頷き返す。


「何をするのかは分からないが……ハルなら大丈夫だろう。気を付けてな」

「ありがとう」


 俺はナツに礼を告げると、闇に支配された深い森の中へと進んだのであった。



  ◆



 これだけ離れれば大丈夫か?


 ――《エンチャントファイア》!


 俺は電灯代わりに短剣に炎を纏わせて、視界を確保する。


「視界は良好……とは、言い難いが、何とかなるか」


 剣に纏った周囲を照らす炎。光源は広くないが、ないよりはマシだった。


 危険を侵してまで一人で夜の森を探索する理由は――ゴブリン退治であった。


 過保護にすら感じる佐伯の俺とナツへの対応。


 俺とナツをクラスメイトの輪から疎外するのが目的とも思ったが……ひょっとしたら、佐伯はクラスメイトから俺とナツを離したいのではなく、ゴブリン――敵から離したいのではないのか?


 俺とナツを敵から離したい理由……俺が貴重な【鑑定の才】の持ち主だから?


 もしくは――別の理由がある?


 色々と思考を繰り返した結果、複数の可能性を思い付いたが、真意は不明だ。


 一番高い可能性は、『レ』――レベルアップ。


 この世界にレベルと言う概念があるのかは不明だ。仮にあったとしても確認方法が分からない。


 思考を繰り返していても埒が明かない。ならば、実験だ。実際に敵を倒してみれば真意がはっきりする。


 レベルアップしなかったら、次の可能性を思考し、備えればいいだけ。


 しかし、仮にレベルアップが存在するのなら――早急に対策を練る必要性があった。


 さてと、出来れば少数のゴブリンが希望なのだが……


 俺は森の中、周囲を警戒しながら足を進める。


「ワォーン!」

「「ワォーン!」」


 ――!


 すると、遠くから遠吠えが聞こえてきた。


 獣……? だよな。敵――モンスターがゴブリンだけなわけがないか……。


 鳴き声的には……犬? いや、狼か?


 ファンタジー世界のお約束に当てはめるなら、遠吠えの正体はウルフ、或いは半犬半人の魔物――コボルト。


 うーん……どっちも嫌だな……。


 今回の行動を決意したとき、ゴブリンと対峙する覚悟は決めてきた。しかし、ウルフとかコボルトと対峙する決意は……また、別だ。


 今日は大人しく帰ろうかな……と、心が折れかけた時。


 ――!?


 森の奥から巨大な犬のような三匹の生き物が姿を現した。


「グルルル……」


 対峙した犬のような生き物は低い唸り声を上げ、こちらを威嚇する。


 さて……どうしたものか?


 →逃げ出す……しかし、まわりこまれてしまった。


 と言う、未来が容易に予想出来る。


 ここはいきなり奥の手を使うか……。


 俺はズボンのベルトを通す所に引っ掛けていたスーパーの袋から、粉末にしたとある葉っぱを入れたペットボトルを取り出した。


 効いてくれよ……。


 俺は大きく息を吸い込んでから、ペットボトルの中に入れてあった粉末――痺れ草の粉末を犬のような生き物へと撒き散らした。


「「「キャンッ!?」」」


 効果はてきめん! 3匹の犬のような生き物は甲高い悲鳴を上げてその場で伏せる。


 更に……俺は別のペットボトルを取り出し、中にあった粉末――毒草の粉末を撒き散らす。


「「「ガルルル……」」」


 すると、犬たちは低い唸り声を上げながら口から泡を吹き始めた。


 俺は犬も猫も好きだった……。しかし、これも生きるためだ……悪く思うなよ。


 俺は苦しみ、地に伏せる犬のような生き物の首筋に炎を纏った剣を突き立てていった。


 目の前には血を流し、倒れる3匹の犬……。


 死体となればアイテムとして扱われるのか、鑑定結果が脳内に流れた。


『ウルフの毛皮』『ウルフの牙』『毒に侵されたウルフ肉』


 素材……? なのだろうか、見る部位を変えたら別の素材も鑑定出来た。


 ウルフ……犬じゃなくて、狼だったか。


 俺は慣れない手付きでウルフを解体し、素材を入手――そして、とある違和感に気付いたのであった。

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