蚊帳の外
新たな拠点となる川辺に辿り着いたクラスメイトたちは、カバンを置いて各々の場所を確保。ある者は座り込んで休憩し、ある者は川で水遊びをしていた。
そんな小休止を楽しむこと30分。
「いい場所だな。それでは、今後の予定を話し合おうか」
当たり前のように佐伯が場を仕切り始め、クラスメイトたちは佐伯を中心に輪となって集まった。
「最終的な目的だが、元の世界――自分たちの家に帰る、でいいな?」
佐伯が帰宅と言う言葉を口にすると、クラスメイトたちは何度も頷き首肯。
「家に帰りたいよ……」
「お母さんに……家族に会いたい……」
「そうだな……母ちゃん心配しているだろうな……」
「俺たちのことはニュースになってるのかな?」
「早く家に帰りたいぜ……」
クラスメイトたちから哀愁漂う呟きが漏れた。
「現状、俺たちは家に帰る手段を知らない。何故この世界に転移したのかも知らない……知らないことだらけだが、今はできることをしていこう」
「佐伯君、今私たちが出来ることって何?」
佐伯の言葉に委員長の古瀬さんが問いかける。
「生き延びること」
「生き延びる……?」
「家に帰る前に死んだら意味がない。この世界は安全な世界とは言えない……だったら俺たちはこの世界で生き抜く術を身に着け、改めて家に帰る手段を探すべきじゃないか?」
「それって、つまり……」
佐伯の言葉の意味を理解した古瀬さんの表情が曇る。
「ここにいるクラスメイト全員に【適性】と【特性】を習得してもらう」
「「「――!?」」」
佐伯の言葉にクラスメイトが動揺する。
「そ、それって……私たちにもあの生き物を殺せってことだよね……」
「……無理……私には出来ないよ……」
「落ち着いて聞いて欲しい。いきなり全員は無理だ。志願した者から順に習得してもらう。俺も佳奈も相澤たちもバックアップするから、安心してくれ」
佐伯はクラスメイトたちの不安を拭うように、優しい言葉を投げかける。
佐伯の行動が全て悪意に見えたのは、俺の心が濁っていたからなのだろうか?
佐伯の案とその言葉からは悪意を感じない。
と言うことは……ナツが中心ではなく、佐伯が中心となりクラスメイトが全員生き延びるルートになるのか。
俺は佐伯を疑い続けたことを心の中で謝罪し、手を挙げる。
「佐伯君、良かったら……俺も協力するよ。一応、【適性】と【特性】はあるからね」
心を入れ替えた俺は佐伯に自発的な協力を申し出る。
「……。いや、松山と獅童はそのままここに残ってクラスメイトの安全に気を配ってくれ」
――?
あれ? 何だ……今の間は……?
俺の協力の申し出は望まれていない?
俺の心が濁っているのか、俺の本能が佐伯が拒絶しているのか……。
何だ……? 本能が警鐘を鳴らしている。少し探りをいれてみるか……。
「そう? 俺とかナツも実践経験を積んだ方がいざと言うときに役立て――」
「松山は【鑑定の才】を活かして食料を集めてくれ! 獅童は……そうだな……みんなを安心させてくれ」
勇気を振り絞った俺の発言は食い気味な佐伯の言葉に掻き消された。
俺の理由はともかく、ナツの理由は適当過ぎるだろ……。
俺とナツを同行させたくない理由でもあるのか?
結局、その後も話し合いは佐伯主導で進み、同行するクラスメイト――新たに【適性】と【特性】を習得する者は佐伯と交友関係のある男子から選ばれたのであった。
◆
異世界に転移してから三日目。
川辺を拠点にした俺たちの生活も落ち着きを見せてきた。
今では、キャンプが趣味だったクラスメイトが考案した簡易的なテント……と言っても、木の枝とタオル、それに葉っぱを重ね合わせただけの……辛うじてプライバシーが守られる程度の代物ではあったが、個々人のスペースも出来始めていた。
あの日から、佐伯はクラスメイトを……佐伯と交友関係がある男子と、立花と交友関係がある女子を一人づつ選出して同行させ、【適性】と【特性】を習得させたいった。
そして――俺とナツは腫れ物に触れるような扱いで、戦闘行為からは遠ざけられていた。
「松山ぁ……何か調味料的なモノって調達出来ないの?」
一人の女子――昨日新たに【料理人】の【適性】と【料理の才】の【特性】を習得した女子に声を掛けられる。
「調味料的なモノか……岩塩か海水でもあれば、大豆っぽい植物もあるから、塩と醤油は作れるが……」
「塩があれば……卵もあるからマヨネーズもいけるんだけどなぁ……」
「探して来ようか?」
「うーん、お願いしよ――」
「ダメだ! 松山と獅童は拠点を守っていてくれ!」
俺と料理人の女子との話は佐伯の一言で終了。
「……了解」
「そ、そうだね! 松山と獅童君はみんなを守る大切な役目があったね!」
俺が頷くと【料理人】の女子はそそくさとその場を後にする。
【鑑定の才】を持っている俺を佐伯は大切に扱っている、と前向きな考え方も出来なくはないが……あり得ないよな。
そろそろ行動を起こすか。
俺はその日の夜に行動を起こすことを決めたのであった。
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