強まる違和感
「ハル! 大丈夫か!」
後方から剣を手にしたナツが駆け寄って来る。
「ナツ、みんなに落ち着くように言ってくれ」
「わかった」
ナツは頷くと、後方へ振り返る。
「みんな、落ち着いてくれ! その場から動かず固まって! 男子は女子を守ってくれ!」
ナツの指示に応えるように、男子は女子の集団を囲むように移動する。
ゴブリンの数は6匹か……。
佐伯たちと協力すれば、無傷での勝算は十分にある。
「ハル」
「あぁ」
俺とナツは互いに目を合わせて頷く。
「――《エンチャントファイア》!」
俺は短剣に炎を纏わせる。
「ハル、私は? どうすればいい?」
「アキはここで待機だ」
「私も一緒に――」
「アキはここで待機だ!」
俺はアキの言葉を語気を強めてで遮る。佐伯たちの狙いが分からない今、アキが魔法を扱えることは隠し通したい。
短剣を構え、覚悟を決めたその時――
「松山と獅童はここでみんなを守ってくれ! 奴らは俺たちが倒す! 相澤! 内海! 木下! 行くぞ!」
「「「おうよ!」」」
「佳奈と村井は援護を頼む!」
「り!」
「わかった」
佐伯、相澤、内海、木下の四人が、先頭に立っていた俺とナツを飛び越しゴブリンへと疾走した。
「え?」
俺は突然の佐伯から出された指示に戸惑い、その場で立ち尽くす。
「いくぞ! ――ウォォォオオオオ!!」
――!
佐伯が周囲の大気を震わすほどの大声を張り上げる。そのあまりの声量に、俺は思わず耳を塞ぎ、身を竦ませてしまう。
佐伯の大声――《咆哮》に身を竦ませたのは俺だけではない。隣に並ぶナツ、後ろに立つアキ、緊張した面持ちのクラスメイトたち……そして、前方のゴブリンたちも同様に身を竦ませた。
「オラッ! 燃えろや!」
ゴブリンが動きを止めた隙を見逃さず、相澤は炎を纏った拳でゴブリンの顔面を殴打。
「ハッハッハ! 弱い! 弱い! 弱い!」
凶暴な笑みを浮かべたまま相澤はゴブリンを一方的に殴打し続けた。
「――《バックスタブ》!」
木下は動きを止めていたゴブリンの背後に素早く回り込むと、首筋に短剣を突き立て、
「うぉぉぉおお! ――《パワースマッシュ》!」
内海は力任せに斧を振り下ろし、ゴブリンの頭部を叩き潰し、
「死ね」
佐伯は手にした槍でゴブリンの胴体を貫いた。
あっという間に4匹のゴブリンが討伐される。
「ギィ!」
しかし、生き残ったゴブリンは戦意を喪失させることなく手にしていた斧を振り上げ、こちらへと突進。
俺は覚悟を決めて短剣を構えるが、
「――《ウォーターボール》!」
村井の放った水球がゴブリンの顔面に命中。水球を食らったゴブリンがふらついた隙に、佐伯が背後からゴブリンを一突きで貫いた。
これで残されたゴブリンは1匹。
「ギィ!? ギィ! ギギィ!」
生き残ったゴブリンは次々と倒された仲間たちの姿を見て、困惑したような、怒ったような、形容しがたい鳴き声を上げると、短剣を振り上げてこちらへと突進して来た。
1匹くらいは俺が倒すか。
俺は突進してくるゴブリンに意識を集中させるが、
「佳奈!」
「り! ――《バインド》!」
佐伯の声に応えるように立花さんがゴブリンへと光の糸を放出。光の糸に囚われたゴブリンは身体を震わせ硬直した。
チャンス!
俺は動きを止めたゴブリンに攻撃を仕掛けようとするが、
「松山は動くな! 内海!」
「へ?」
佐伯の強い口調に反応して、俺はその場で踏み止まり、代わりに斧を振り上げて駆け寄ってきた内海が背後からゴブリンの頭を叩き潰した。
「大丈夫か!」
全てのゴブリンが地に倒れた後、佐伯がクラスメイトを見回して、気遣いの言葉を投げかける。
「あ、あぁ……助かった」
俺は助けられたことになるのだろうか? 複雑な感情を抱きつつも、俺は感謝の言葉を伝えたのであった。
再び移動を開始したクラスメイトたちからは、佐伯たちに対する賛美の声があちらこちらから聞こえてきた。
相澤あたりは調子に乗った返答をしているが、佐伯は特に驕ることなく、淡々と賛美の声を受け流している。
……気持ちが悪いな。
俺は直感的に今の状況に気持ち悪さを覚える。
嫉妬……? 違う、俺の中にあるこの感情は嫉妬などではない。
ならば、この気持ち悪さは何だ?
俺は客観的にクラスメイトたちを観察する。
俺は元々モブで陰キャだった。元の世界にいた頃は、常日頃からクラスメイトたちの人間観察をしていた。
この違和感の正体は何だ?
佐伯たちを賛美するクラスメイトたち。
調子にのる相澤。
受け流しつつも、中心にいる佐伯のグループ。
――!
なるほど……。これが、違和感の正体か。
俺は斜め後ろに視線を移すと、ポツンと一人歩いているナツの姿が視界に入った。
いつもクラスの中心にいるナツが一人でいる。
佐伯たちを賛美するクラスメイトの輪に入ることも、賛美される佐伯たちのグループに入ることもなく、一人でいる。
クラス内のパワーバランスが完全に変わった。
佐伯が自分のグループのみでゴブリンを討伐した目的は? ナツを孤立させるためだったのか? そして、クラスの中心へとのし上がりたかった?
それとも――他に理由はあるのか?
「お! 着いたよー!」
アキの明るい声が耳に届く。
俺が複雑な思考に囚われている間に、一行は新たな拠点となる川辺へと辿り着いたのであった。
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