選ぶべき【適性】

「ハル? さっきの話だと私は【建築士】か【料理人】を選択すればいいのかな?」


 アキは沈黙が嫌いなのだろうか? 水源の探索中、絶え間なく話を振ってくる。


「んー、最終的にはアキの判断に任せるけど……戦える感じの【適性】がいいかな?」

「何でー?」

「誰かに、例えばアコちゃんだったか? に、【建築士】を選ばせたいとするだろ? その時、同行するのが俺だけより、アキも一緒のほうが生存率と成功率が上がるから」

「んー、そうなの? 私じゃなくて、獅童君とか佐伯君とか相澤君に手伝ってもらうとかは?」

「素直に手伝ってくれるなら……っと――」


 俺は会話を中断して、口を閉ざすように口の前で人差し指を立てる。


「聞こえるか?」

「――! 聞こえるよ」


 俺が小声で尋ねると、アキも小声で答える。


 耳に届いたのは、水の流れる音と――


「ギィギィ!」


 ゴブリンたちの鳴き声だった。


「川発見だね」

「ゴブリンもセットだけどな」


 木を遮蔽物にゴブリンの鳴き声のした方を覗き込むと、3匹のゴブリンが川辺で寛いでいた。


「ハル、どうするの?」


 アキの問いかけに俺は悩む。


 どうするか? 選択肢は2つ。


 1.このまま引き返してクラスメイトの元に戻り、川の発見を伝える。


 2.3匹のゴブリンを倒してから、クラスメイトの元に戻る。


「アキはどうしたい?」

「え? ハルに任せるよ」


 同行者であるアキに気遣って聞いてはみたが、アキは何で私に聞くの? と言わんばかりに、こちらへ選択肢を委ねる。


 目の前にあるのは川だ。


 湖じゃないからこの場に固執する必要はない。上流か下流へ移動すればゴブリンのいない場所もあるだろう。


 本来の目的は水の探索……ゴブリンを倒す必要はない。


 ならば、答えは1――このまま引き返すとなるのだが……。


「アキ、多少の無茶をしてもいいか?」

「ん? 倒すの?」

「出来ればそうしたい」

「いいよ」


 俺の答えにアキはあっけらかんとした口調で同意する。


 俺には一つ引っかかる点があった。


 それは、佐伯が指名した同行者だ。


 この先、【適性】と【特性】を持つものは、持たざる者に対して大きなイニシアティブをもつ。


 佐伯、相澤に加え、内海、木下、村井、立花の4人が【適性】と【特性】を有したら、今後はその6人が主導権を握る可能性は大いにある。


 数は力だ。


 現状の数はクラスメイトの数でなく、素質を覚醒せし者――覚醒者の数が多大な影響力を得る。


 佐伯たちが正しい道に導いてくれるなら問題はない。


 しかし、導かれた道が誤っていたら――


 俺は最悪の未来を想定し、その未来に対抗する為にゴブリン討伐――アキの【適性】と【特性】の確保を選択した。


「それで何を選択すればいいの? えっと、立花さんが【聖女】だから、私は【僧侶】かな?」


 アキの質問を受け、俺は思考する。


 僧侶は恐らく回復職ヒーラーだ。重要な役割の一つだろう。しかし、活躍の幅は狭い。戦闘力が低いと……今後不利益を生じさせる可能性もある。


「いや、【賢者】を選んで欲しい」


 俺はシミュレーションの結果、辿り着いた答えを口にする。


「【賢者】?」


 俺の答えを受けたアキは首を傾げる。


 【賢者】――俺のイメージ通りであるなら、魔法の扱いに長けた【適性】。


 攻撃魔法と回復魔法を習得出来れば、活躍の幅は大きく広がる。


 不安要素を挙げるならば、本当に俺のイメージ通りの【賢者】で合っているのか……読んで字の如し、賢き者で知識に優れた学者のような存在だったら、目も当てられない。


「嫌なら他の【適性】でもいいぞ?」

「ううん。よく分からないから、ハルの選んだ【賢者】を選択するね!」

「そうか。それなら、【特性】は【魔力の才】を選択してくれ」

「【適性】は【賢者】で、【特性】は【魔力の才】だね! うん、わかったよ!」


 シンプルイズベスト。下手にあれこれ悩むより、汎用性に優れた【特性】の方が、活躍の幅は広がる。


 そういう意味でも【力の才】を最初に獲得した佐伯は、俺と同じくこの異常な世界に順応しようとしているのかもしれない。


「今からゴブリンを倒すが……その前に――」


 俺は近くに生えていた木の枝を折り、ゴブリンの短剣を使って、先端を鋭利な形へと削る。


「何もないよりマシだろ」


 俺は即席の木の槍と言うべき武器をアキに差し出す。


「おぉ……器用だね!」


 アキは嬉しそうに笑顔を浮かべて、木の槍を受け取った。


「まずは、俺が奇襲を仕掛けて1匹倒す」

「1人で大丈夫?」

「大丈夫じゃないから、1匹倒したらアキもすぐに加勢してくれ」

「ほほい! 了解だよ!」

「それじゃ……行くか! 危なくなったら、即撤退だからな!」

「はーい!」


「――《エンチャントファイアー》!」


 俺は手にしたゴブリンの短剣に炎を纏わせる。


 ゴブリンに襲われたときは無我夢中だったから、気に留めなかったが……自ら攻撃を仕掛けるとなると……緊張するな。


 ふぅ……。落ち着け……。


 俺は高鳴る鼓動を抑えるように、深呼吸をする。


 大丈夫……いけるはず……。


 俺は自己暗示をかけるかのように、何度も大丈夫と繰り返し、川辺で戯れるゴブリンへと奇襲を仕掛けるのであった。

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