トラウマ

「ねね、何か難しそうな顔してるけど、何か悩んでいるの?」


 森の中を歩いているとアキが声を掛けてきた。


「難しそうな顔って、どんな顔だよ」

「んと、こんな顔?」


 アキは眉間と鼻に皺を寄せ集めた表情をする。


「そこまで露骨な表情してないだろ……」

「してるよー。で、何を悩んでいるの?」


 何を悩んでいる? それは、色々悩んでいる。


 目覚めたら異世界の……しかも、森の中にいたのだ。悩まないほうがおかしいだろ。


「んー……色々だな」

「色々って? 例えば?」

「例えば……ナツはなんであんなにも俺を頼るのか」


 ナツとは別に険悪な仲ではなかったが、中学生になってから疎遠な関係となり、高校からはほぼ顔見知り程度の関係性だった。


「ハルが頼りになるからじゃない?」

「いやいや、ならねーよ」

「えー! でも、私も……多分、獅童君もハルは頼りになるって知ってるよ?」

「知ってるよって……当の本人である俺が知らねーよ」


 客観的に分析しても、俺の存在はただの一般人モブ。クラスの中心人物にして、陽の者代表みたいなナツが頼る存在ではないと、断言出来る。


「んー……でも、小さい頃に3人で遊んでいた公園が上級生に取られそうになった時あったでしょ? あの時もハルが機転を利かして上級生を追い払ったじゃん?」

「そんなことあったか……?」


 記憶を辿り寄せると、小学一年生の時に……当時小学四年生の集団が公園でサッカーをしようとしていた時だろうか?


 その公園はボール遊び禁止だったので、公園でサッカーしようしているお兄ちゃんがいると近所の人に伝えただけだ。子供の頃は純粋に、悪いことがあったら大人に伝えないといけないと信じていたからな。


「後は……小学校に入学した頃に獅童君がクラスのみんなにイジメられそうになったときがあったでしょ? そのときもハルが、一人だけ獅童君の味方をして……結局みんな獅童君の友達になったじゃん?」


 俺は必死に記憶を掘り起こす。小学校に入学した頃……ナツは某戦隊モノの筆箱を使っていた。クラスメイトの一人がそんなナツの筆箱をからかったときに、友達のナツと、大好きな某戦隊モノを同時にバカにされた気分になり、癇癪を起こした。結果、みんな某戦隊モノが好きだったので、仲良くなった。


「アレはまだ小さかったから……子供独自の純粋さと言うか……我慢が出来なくて、思ったことを口にしただけと言うか……大したことないだろ」

「ううん。他にも私がからかわれた時もハルが助けてくれたし、3人で行動をするときはいつもハルが中心だったし……獅童君もその頃のハルのイメージが強いんじゃないかな?」

「んー……でも小学生の、しかも低学年の頃の話だろ?」


 子供は、世界の――人の汚さも、怖さも、知らない。故に、子供は純粋無垢に感情のままに行動する。自分が正しく、自分の価値観が全てだと信じて……。


「それでも、獅童君の中ではハルはヒーローのままなんだよ! 本当は獅童君もハルといっぱい話したかったし、遊びたかったんだと思うよ。でも……」


 アキは悲しそうに下を向く。


「俺から離れた……」

「……だね」


 消え入るアキの言葉の続きを俺が告げると、アキはそっと首を縦に振る。


俺がアキとナツから距離を置いた理由は、人の――クラスメイトの嫉妬が怖かったからだ。


 ある日、俺は偶然クラスメイトたちの話す自分への陰口を聞いてしまった。


『何で松山なんかが、ナツと一緒にいるんだよ』

『ナツを誘うと付いてくるのが地味にウザいよね』

『それを言うなら辻野ちゃんと一緒にいるのも気に食わねーよ』

『ナツとアキちゃんならお似合いだけど、松山君は……ちょっと空気読んで欲しいよね』

『ナツも、何かあると『ハルが! ハルが!』ってそこだけは好きになれないよな』


 子供は、世界の――人の汚さも、怖さも、知らない。故に、子供は純粋無垢に感情のままに口にする。自分が正しく、自分の価値観が全てだと信じて……。


 俺はその陰口を聞いたとき……今まで当たり前に過ごしていた世界が暗闇に塗り潰され、全員が同じ感情を抱いていると、自己嫌悪に陥った。そして、このままだとナツとアキにも嫌われしまう……と、距離を置き始めた。


 その日から、俺はナツを避け……ナツも俺に嫌われたと思ったのか、距離を置いた。アキは変わらず話しかけてくれたが、子供特有の恥ずかしさと、自己嫌悪から俺はアキに冷たくなった。


 んー……冷静に考えると、悪いのは俺だな。


 今更、昔の俺に戻れと言われても無理だが……大切な友人である2人は守りたい。


 俺に2人を守れるのか?


 俺は特別な人間じゃない……でも、何か出来ることがあるはずだ。


 俺は頭をフル回転させて、これから起こるであろう未来を予測し、2人を守れる道筋を考えた。


 クラスでモブと化した俺の唯一の特技は人間観察だ。クラスで浮いた存在にならないように、目立たないように、平穏な日々が送れるように……クラスメイトの性格や人間関係を観察し続けていた。


 人との交友に臆病になった俺がモブでい続ける為には……クラスと言う社会の情勢を把握する必要があった。


 考えろ……考えろ……考えろ……


 ――2人を守れる道筋を考えろ!


「……ハル? 大丈夫? ハル!」


 思考の海に溺れた俺の耳にアキの声が届く。


「アキ」

「ん?」

「クラスメイト全員が助かる可能性も僅かにあるが、多くのクラスメイトが死ぬ可能性もある未来と、ナツとアキ……後は数人のクラスメイトが助かる可能性が高い未来――どっちがいい?」


 俺は思考の末に辿り着いた2つの選択肢をアキへと問いかけたのであった。

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