☆SIDE−S②

『……素質を覚醒せし者よ。よくぞ、参られました』


 心を震わす女性の声が頭の中に直接響いた。


 ――?


 何も見えない……何も感じない……俺は死んだのか?


 ――!


 佳奈! 佳奈は無事なのか!


 佳奈の無事を確認しようにも、身体が動かない。声を出すことすらもできない。


 やはり、俺は死んだのか……。クソ……約束したのに……守ると約束したのに……。


『素質を覚醒せし者と示した貴方に、使命に立ち向かう力を授けます。この空間を維持できる時間は残り180秒です。素質を覚醒せし者――冬二とうじ! 使命に立ち向かう為の【適性】と【特性】を選びなさい――』


 ――?


 困惑していると、頭の中に鮮明なイメージ――二枚の巨大な石版が映し出された。


 左の石版には――


『戦士、剣士、騎士、魔法使い、僧侶、盗賊……斧術士……魔闘士……侍……海賊……暗殺者……鍛冶師……賢者……時術師……忍者……竜騎士……将軍……司令官……勇者……』


 職業? 肩書? 膨大な数のゲームなどで目にする職業のようなモノが羅列されており、


 右の石版には――


『力の才、耐久の才、速さの才、魔力の才、強運、炎属性の才、水属性の才……強化の才……剣の才……斧の才……鎌の才……銀の才……鑑定の才……話術の才……忍術の才……採集の才……育成の才……笑いの才……軍略の才……』


 才能なのか……? こちらもやはり膨大な数が羅列されていた。


 これが……【適性】と【特性】なのか?


 この中から選べばいいのか?


 左の石版――【適性】で目につくのはグレーアウトした4つの適性。


 【勇者】、【聖騎士】、【魔法剣士】、【魔闘士】。


 右の石版――【特性】で目につくのはグレーアウトした3つの適性。


 【光の才】、【鑑定の才】、【成長の才】。


 グレーアウトした中でも特に気になるのが【勇者】だ。


 高校に入学してからはゲームをしなくなった俺でも【勇者】は特別な存在であることは知っている。


 どういうことだ? 俺は【勇者】にはなれないのか?


『その【適性】は、すでに他の覚醒せし者に授けられております。別の【適性】を選択して下さい』


 俺は無意識で【勇者】を選択したようだ。そして、その選択は受理されなかった。


 チッ……クソが……。選択不可なら最初から消しとけよ。


『素質を覚醒せし者――冬ニよ。貴方に残された時間は60秒です。試練に立ち向かう為の【適性】と【特性】を強く念じて下さい』


 ――!


 60秒……だと?


 60秒では膨大な数がある【適性】と【特性】を見直すことも不可能だ。


 何を選べばいい? 何を選べば――佳奈を守れる?


 クソッ! クソッ! クソッ!


 わからねー! 何一つわからねー!


 特別な【適性】である【勇者】が記載されていたのは石版の一番右下だ。よく見れば、左上の付近に記載されている【適性】は【戦士】、【剣士】、【騎士】……とありふれた名称に対し、右下の付近にあるのは【聖騎士】、【竜騎士】、【将軍】、【司令官】、【勇者】と特別そうな名称が多い。


 後ろになるほど特別な【適性】なのか?


 ならば……【司令官】?


 【司令官】で佳奈を守れるのか?


 次は【将軍】、【竜騎士】。そして、【聖騎士】はグレーアウトしているので選べない。


 ああああああ!


 わからねー!


『残り時間は5秒です』


 ――!?


 【竜騎士】! ……後は、【力の才】!


 制限時間に迫られた俺は強そうな名称と感じた【竜騎士】と、目に付いた【力の才】を選択したのであった。



  ◆


 再び意識がブラックアウト。


「……ーじ……とーじ……」


 佳奈の泣きそうな声が聞こえてきた。


「……佳奈?」

「とーじ! 無事? 大丈夫? おけまる?」

「ん……あぁ……大丈夫だ」


 俺は首を振って朦朧とする気怠さを吹き飛ばす。


 何が起きた……?


 ――?


 《咆哮》?


 なぜだかわからないが……俺は《咆哮》というスキルを身につけたことを認識する。


 これが……さっきの【適性】と【特性】の恩恵なのか?


 拳を握ると、さっきまでの俺からは想像することもできない力を感じることができる。


 今なら、どんな球を投げられてもホームランにできそうだ。


 この力が……【力の才】の恩恵なのか?


 ならば、《咆哮》は【竜騎士】の恩恵?


 突然身に付いた得体の知れない強大な力に困惑していると、いつの間にか襲撃してきた化け物は全て倒されていた。


 その後、獅童の呼びかけによりクラスメイト全員で話し合いを行うことになった。


「これよりクラス会議を始めます」


 獅童を中心に円型になって話し合いが始まった。


 このクラスの中心はいつだって獅童だ。獅童は文武両道。イケメンな上に協調性まで高い……と、非の打ち所のない人気者だ。


 今後も獅童が中心となってこの異常事態を乗り越えていくのだろう。


 獅童に全てを委ねる……本当にそれでいいのか?


 俺は……俺と佳奈が無事に生き延びることができれば、それでいい。


 獅童は分け隔てなく、誰に対しても優しい。クラスメイト全員からの信頼も厚い。今もクラスメイトたちは獅童の話に夢中だ。


 獅童に全てを委ねたら……俺と佳奈は生き延びることができるのか?


 分け隔てなく、誰に対しても優しい……本当にそうか?


 俺は人の本性を知っている。


 人は弱く脆く……残酷な生き物だ。


 一緒にスタメンを目指して頑張っていた友人は……俺が正捕手の座を掴み取ると、離れていった。


 集団の中には必ず階級カーストが存在する。人は常に自分よりも下の階級カーストを見つけようとする。


 人は弱く脆く……残酷な生き物だ。そして、簡単に人は人を裏切る。


 学校のクラス、或いは部活というコミュニティの中において生き抜いていくには様々な処世術が必要だった。


 人は本当に切羽詰まったときに本性を露わにする。


 生き残れるのは強者――力のある者と、その取り巻きだけだった。


 俺はどうしたら生き残れる? 佳奈を守るにはどうしたらいい?


 この集団――二年三組のキーマンは獅童だ。


 獅童とはそこまで深い交友関係にはない。


 今から獅童に取り入ればいいのか?


 集団の中で生き抜く処世術として最も有効なのは、人間関係を把握し、優位なポジションを確保することだ。


 まずは流れを見極めよう。


 俺は熱心に話す獅童に注目する。


 話を聞いていると、獅童も俺と同じく【適性】と【特性】を得たことを知った。


 ……これは俺だけの力なわけはないか。


 文武両道。イケメンで協調性があり、クラスの人気者。さらには、特別な力も有するとは……天は人に二物どころか、気に入った者にはいくつでも与えるらしい。


「剛、ハル。ありがとう。他にはいないかな?」


 ――?


 獅童の視線が俺を捉える。


 隠すのは無理そうだし、今は俺の有用性をアピールするか。


「……俺だ。俺も【適性】と【特性】を手に入れた」


 俺は正直に答えた。


 その後、選択した【適性】と【特性】も正直に話した。


 さて、どうする?


 どう立ち回るのが正解だ?


 獅童の話を聞きながらも、今後の立ち回りについて思考していると……、


 ――?


 俺は違和感を覚えた。


 何だ……? 何かがおかしい……。


 そして、注意深く獅童を観察した結果……


 この集団のキーマンは獅童じゃないな。


 キーマンは――松山だ。


 俺は今後を左右するであろう、重要な事実に気づいたのであった。



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