クラス会議②

「ハル……? どうかしたのか?」


 俺の焦り――表情の変化に気付いたナツが声を掛けてきた。


「いや、え……え、えっと……相澤君の選択した【適性】は本当に【魔闘士】なの?」


 俺はナツからの言葉を受け流すように相澤へと質問をした。


「あん? 松山、てめー! 俺が嘘を付いているとでも言いたいのか! てめー、ちょっと夏彦に気に入られているからって調子に乗ってると――」

「剛! ハルに質問したのは俺だ。文句があるなら、ハルじゃなくて俺に言え」

「い、いや……別に夏彦に文句はねーよ。ただ……松山に嘘つき呼ばわりされたから……つい……」


 俺に対してはチンピラの如く凄む相澤であったが、ナツが制止すると途端に大人しくなる。仕切りはナツに任せて正解だったと実感する。


「剛、不安なのはみんな一緒だ。今はみんなが力を合わせないといけない。分かるよな?」

「お、おうよ」

「良かった。それで、剛の【特性】は?」

「……ねぇよ」


 相澤は歯切れの悪い小さな声で答えるが、その声はあまりにも小さすぎて聴き取れない。


「剛、すまない。もう一度言ってくれないか?」

「……ねぇよ。選択してねぇよ!」


 ――は?


 逆ギレのように怒鳴り声をあげる相澤の答えに、俺は思わず呆けてしまう。


「剛、どういうことだ?」

「だから、選択してねーんだよ! 選ぶ前に時間切れになったんだよ!」


 まさかの時間切れ。相澤の回答は実に哀れな答えであったが……収穫もあった。


 ずーっと気になっていたこと……選択しないまま制限時間を迎えたらどうなるのか? その答えを相澤は身を持って教えてくれた。


 相澤が哀れな愚か者と言うことは分かったが……そうなると【勇者】は誰だ?


「あ、あの……ゴブリンは5匹いたと思うんだけど……俺と獅童君と相澤君と佐伯君……他にもゴブリンを倒した人――【適性】を授かった人はいないのかな?」

「ハル、それは俺が――」

「ん? 獅童君、どうしたの?」

「い、いや……何でもない」


 目立つのは嫌だが勇者が名乗り出ないのも気になる。俺は思い切って周囲に質問を投げかけた。ナツが反応したが、アイコンタクトで『黙れ』と伝える。


 しかし、名乗り出る者は誰もいない。


 グレーアウトになっていた【適性】と【特性】は先に選択した者がいた、と言う推測が間違っていたのか?


「佐伯君? 佐伯君が【適性】を選んだ時にグレーアウトしていた【適性】ってなかった?」


 俺は相澤よりも比較的話しやすい佐伯に質問を投げかける。


「グレーアウト? あの選択出来ない【適性】のことか?」

「うん」

「確か……【勇者】と【魔法剣士】が消えてたな」

「後は【聖騎士】と【竜騎士】も消えてただろ! つーか、松山は何で俺よりも先に佐伯に聞くんだよ!」


 相澤はバカだからそんな細かいこと覚えてないと思った……と、本音で返す訳にはいかない。


「いやいや……順番! 次に、相澤君に聞こうと思ってたよ! そんなことより、獅童君の話の続きを聞こうよ!」


 俺は強引に主導権をナツへと戻す。


「あ、あぁ……そうだな。そこで俺から提案がある。みんなで無事に生き延びる為に……次にゴブリンを倒すクラスメイト、そのクラスメイトが選択する【適性】と【特性】を相談して決めないか? 差し当たって最優先は――」


 ナツはゴブリンに襲われて怪我をしたクラスメイトに視線を向ける。


「――回復魔法を使えるクラスメイトを決めたいと思う」


 ナツは俺が渡したメモ帳の最後に書かれていた文章を言葉にした。


 先程のゴブリンの襲撃により、多くのクラスメイトが怪我をした。中には、動くのもままならない重症を負ったクラスメイトもいた。


「獅童君、一ついいでしょうか?」

「古瀬さん、何かな?」

「その回復魔法……? と言うのを使えるようになったらいぬい君、菊池きくちさん、宮野みやのさんたちの容態は良くなるの?」


 乾君、菊池さん、宮野さんは特に怪我の症状が重い三人のクラスメイトだ。


「確証はないけど……良くなると思う。いや、良くなると信じたい!」

「信じたい……って、そんなあやふやな憶測で……また、あの変な生物と戦うの!? 今度は命を落とすかも知れないんだよ!」


 学級委員長として気丈に振る舞っていた古瀬さんであったが、極度の緊張感が限界に達したのだろうか? 突然、ナツに八つ当たりするように大声で喚き散らす。


「確かに確証はない……。ハ……俺の言っていることは推論だ。じゃあ……どうしたらいい! 教えてくれよ! 俺は……俺たちは何をしたらいいんだ! 他に打開策があるなら……教えてくれよ!」


 ナツは危うく俺の名前を出しそうになるが、グッと堪える。しかし、完璧超人と言えど……ナツも普通の高校生。古瀬さんの感情に対して、感情でぶつかってしまった。


 普段は笑顔を絶やさず、クラスの中心人物でもあるナツが感情を露わにするのは珍しく、誰もが口を挟むことが出来なかった。


 クラスメイトの間に気まずい空気が流れる。


「ハル……何とかならないの?」

「は? 無茶言うなよ」


 俺の耳元でアキが小声で話し、俺も小声でアキに答える。


「でも……このままだと……獅童君が可愛そうだよ……。そうだ、私が……」

「待て」


 アキは良くも悪くも素直――直情型だ。アキもナツほどじゃないが、交友関係は深く影響力が大きい。ここで更に感情がぶつかれば、場は混沌と化すだろう。


「えっと……とりあえず、少し落ち着いてから話し合いを再開しない?」


 俺は嫌々ながらクラスメイトにクールタイムの提案を促した。


「あん? 松山! 何でてめーが仕切ってんだよ!」

「真司は死にそうなんだよ! そんな話し合う時間なんてないわよ!」


 相澤が文句を言うと、真司――乾の彼女である栗山くりやまさんもヒステリックに叫ぶ。


 おぉぅ……。ナツや古瀬さんとは違い、モブである俺の発言力は低い。あっという間にヘイトを稼いでしまったようだ。


「え、えっと……俺なんかが仕切ってごめん……。ただ、いきなり異世界とか魔法とか言われても、混乱する気持ちは分かるよ……。でも――《エンチャントファイア》」


 俺は話の途中に《エンチャントファイア》を使用してゴブリンの短剣に炎をコーティングする。


「……ご覧の通り、俺も魔法が使える。正確には使えるようになった。だから、獅童君の言いたい事が理解出来る。だからこそ、みんなには一度冷静になって獅童君の言葉の意味を理解して欲しい。その為にも、みんなが少し落ち着く時間が必要じゃないか……と、俺は思う」


 出来ればナツに渡したメモの流れ通りに進んで欲しい。故に、俺はなけなしの勇気を振り絞ってクラスメイトに提案した。


「みんな! ハルの言う通りだ! 一旦、休憩としよう! 再開するのは……15分後。異論のある人はいるかな?」


 ナツは半ば強引に休憩時間を差し込んだ。


 こんな空気の中、異論を挟める者がいるはずもなく……俺たちは15分の休憩を取ることになった。

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