襲撃

 獅童と古瀬さんが主体となって全員で話し合った結果、知り得た情報は――クラスメイト全員の最後の記憶は、『朝礼の最中に光に包まれた』と言う謎の現象のみということであった。


 ここはどこなのか?


 なぜ、ここにいるのか?


 全員が知りたいと願う答えを知る者は一人もいなかった。


 大人は周囲に一人もいない。同じ教室にいたはずの先生の姿もなかった。


 ここにいるのは、16歳〜17歳の思春期真っ盛りの高校生が27人のみ。


 この場に留まり救助を待つべきか?


 人里を探してこの場から離れるべきか?


 積極性に欠け、自主性に乏しい俺は……誰かが、行動指針を示すのを大人しく待つことにした。


 誰かが……恐らく獅童か古瀬さんあたりが行動指針を示すだろう、と俺を含めた多くのクラスメイトが思い、誰も発言をしない静寂に包まれた中――


「……ク、クラス転移」


 予期せぬ一人のクラスメイトが小さな声で呟いた。


「……あん? 馬渕まぶち! 何か言ったか?」

「あ、え、え、えっと……」


 小さな声で呟いたクラスメイト――馬渕まぶち悠斗ゆうとに、短気なクラスメイト――相澤あいざわつよしが詰め寄った。


 馬渕は相澤に恐怖を感じたのか狼狽する。


「剛、落ち着け。馬渕君、すまない。さっき言った言葉は何かな?」

「え、え、えっと……く、く、クラス転移」


 昂ぶる相澤を抑えた獅童が、優しい口調で馬渕に問いかける。


「クラス転移……? とは、一体何かな?」

「あ、あ、あ……え、えっと……」


 ――!?


 バカ野郎……こっちを見るな!


 クラスメイト全員の視線を受けた馬渕は逃げるように俺へと視線を向ける。


 馬渕と俺――松山まつやま春人はるとは出席番号が並んでおり、席も近かったことから互いの趣味を話し合うことが多かった。


「ん? ハル、なにか知ってるのか?」


 馬渕からの迷惑なパスを受けた俺へと獅童が近寄ってくる。


「知ってると言えば……知ってる」

「ハル、説明してくれ」

「えっと……獅童君はライトノベルとか……読まないよね?」

「獅童君って……昔みたいにナツって呼べよ」


 俺の言葉を聞いた獅童が苦笑を浮かべる。


 幼い頃は仲良しだったが、完璧超人でカースト上位の獅童と、カースト下位で一般人モブルートを歩む俺とでは歩む道は次第に別れ、中学生になる頃には疎遠な関係になっていた。


「獅童くん……え、えっと……ナツは『ニート転生』とか『よくあるジョブで世界最強』とか『籠手の英雄の成り上がり』って作品は知ってる?」

「聞いたことはあるな」


 俺はアニメ化も果たした代表的な作品を口に出すが、獅童――ナツの反応はイマイチだった。


「えっと……少し前に流行った作品なんだけど、簡単に説明すると……主人公が異世界へ転生、或いは転移する作品で……クラス転移って言うのは、クラス単位で異世界に召喚される作品だ」

「なるほど……つまり、ハルの言葉を信じるなら、ここは異世界と言うことか?」


 俺の言葉と言うか……馬渕の言葉だけどな。面倒だから、訂正はしないが。


 俺はナツの言葉に黙って頷く。


「あん? ここは異世界? 舐めてんのか!」


 ナツは俺の反応を見て静かに思考するが、相澤は納得出来なかったのか、俺に詰め寄って来る。


「いや……相澤君……落ち着こうよ……。別にここが異世界って言った訳じゃなくて、俺はナツ……獅童君にクラス転移って何? って聞かれたから、答えただけだから……」

「あん? んじゃ、ここはどこだよ!」


 必死に言い繕う俺に相澤が更に詰め寄る。


 知らねーよ……って言えたら楽なんだが、言ったら火に油を注ぐだけだよな……。


 おーい……助けろよー……。相澤は同じサッカー部だろ?


 俺は目の前に詰め寄る相澤から視線を外し、ナツに助けを求める視線を投げかける。


「ハル、一つ聞いても――」


 ようやっとナツの助け船が来たと安堵した、その時――


「ギィ! ギィ!」

「ギィ!」

「「「ギィ! ギィ! ギィ!」」」


 森の奥から緑色の肌をした醜悪な見た目の生物が姿を現した。


「「「キャァァァァアア!」」」

「「「ウワァァァァアア!」」」


 周囲にいたクラスメイトたちが一斉に悲鳴をあげる。


 クラスメイトたちが悲鳴を上げた理由は、その醜悪な容姿に非ず。薄汚れた緑色の肌と、おおよそ俺たちの知るどの生物とも異なる見た目でもない。大きさも130cmほどと小学生程度と迫力にも欠ける。


 しかし、何故クラスメイトは一斉に悲鳴を上げたのか……。


 その答えは――目の前の醜悪な生物が手にしているモノ――錆びた刃物を目にしたからだ。


「ゴ、ゴ、ゴ、ゴブリン……」


 馬渕が現れた醜悪な生き物を見て小さな声を漏らす。


 ゴブリン。ファンタジー世界、或いはゲームの中の世界であれば定番のモンスター。


 当然、実在する訳はない架空の生物なのだが……確かに目の前の醜悪な生き物に名前を付けろと言われたら『ゴブリン』と名付けるのが一番腑に落ちる。


 ここから先は阿鼻叫喚の地獄絵図だった。


 突如現れた5匹の醜悪な生き物――ゴブリンは、見境なく刃物を振り回してクラスメイトを襲った。


「クソッ……何だよ! この化物は!」

真司しんじ……た、助けて……」


 クラスに突然テロリストが現れたら……街中に暴漢が現れたら……そんなシチュエーションを妄想し、颯爽と倒すヒーローをイメージしたことは幾度となくあった。


 しかし、現実を目の前にすると……小学生程度の大きさしかない化物が刃物を振り回すだけで、全ての思考が停止した。


「ワァァァアアア!」


 とあるクラスメイトが喚き散らしながら落ちていた石をゴブリンに投げつける。


「こいつ! こいつ! こいつ!」


 追い詰められたとある生徒が一心不乱に腕を振り回してゴブリンを殴打しようとする。


「ぶ、武器だ……! まずは、武器を取り上げろ!」


 ナツは冷静とは言えない感情に振り回されながらも、必死にゴブリンの凶行に抗おうとする。


「オラッ! 死ねやっ!!」


 相澤がゴブリンを背後から前蹴りで倒し、


「やれ! やれ! やられる前にやるんだぁぁあ!」


 倒れたゴブリンにクラスメイトが群がり、一心不乱に蹴りを入れる。


 そんな地獄のような環境の中、俺は離れた場所で一人震えていると……


 ――!?


 木の枝を巧みに扱いゴブリンを必死にあしらっていたクラスメイトの少女へ、背後から刃物を振り上げたゴブリンが近付いていた。


 木の枝を巧みに扱う少女――アキは目の前のゴブリンを相手するのに必死で背後のゴブリンには気付いていない。


「――アキッ!」


 俺はアキの名前を必死に叫ぶが、周囲の喧騒にかき消され……アキの耳には届かない。


 どうする……どうする……どうする……。


 動け……動け……動け……!!


「うわぁあああ!!」


 俺は目の前に落ちていた大きな石を拾い上げ、雄叫びをあげながらアキの背後から近寄るゴブリンへと走り出す。


「死ねっ!」


 そして俺は頭上に掲げた石をゴブリンの頭へと振り下ろした。


「ギィ……」


 目の前のゴブリンは頭から薄汚い緑色の血を流し地に倒れた。


「えっ? ハ、ハル……!」


 ようやく背後に気付いたアキが俺の顔を見る。


 驚いた表情を浮かべる幼馴染の表情を見て、安堵の溜め息も漏らしたその時――


 ――!


(素質を覚醒せし者よ……我が元に来たれ)


 俺の意識は混沌へと沈むのであった。

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