第95話 選択の導師、再開の従者
振るわれた小さな拳を右に避け、しかし遅れて訪れた重い衝撃に数歩よろめく。
(まったく、厄介なーー!)
胸中とは正反対に笑みを浮かべる。ラングの能力、魔力を重さとして感じる能力は発展途上のものだった。その能力は本来、魔力に触れ本人だけが物質として扱う機能だ。だが今のラングは魔力を物質として扱い、それを他人に干渉させている。結果、魔力という見えない武器で殴りつけられているのが今の状況だ。
(さてどうするかーー!ここから逃げてしまえば事は簡単だがーー)
思案する。魔力は最小単位のエネルギーの一つだ、分解することは叶わない。であれば撤退して魔力の薄いところへ移動するか、今一度襲撃のタイミングを図るか。幸いこの状況でも自身と物質を置き換えることで瞬時に転送を行うことは可能だ。王都に自身を転送するのに使った王冠がまだプレイシタにある、あれと入れ替われば逃げられる。
が。
「どうした!それでは倒れてなどやれんぞ!」
否。
否だ。歯を食いしばって拳を打ち込んでくるあの姿。
今の今まで為す術なかった子どもがひどく優勢に立ったというのに、必死さや愉悦よりも悲痛さを感じるあの泣きそうな顔!
あんなものを見せられて、逃げ出せるわけがない。どうして泣く?どうして喜ばない?私に有効な力を握れたというのにお前は、なぜ本気で私を殺しにかからない?
突き出された拳が私に触れるより速く、腹に重い衝撃が走る。魔術で服の下から押し返したとはいえ威力は相当、後ろに跳んで威力を殺してなかったら内臓がやられていたに違いない。
「ーーなぜ、本気で来ない?もっと有効な使い方をお前なら考えられるだろう。それの間合いもだいたい掴んだ。せっかくの機会を逃すつもりか」
問いかける。
実際、魔力の物質化した武器らしきものによる攻撃の間合いはもう掴めている。こうなればもう見えないことは問題にはならない。そしてそれはラングも承知しているはずだ。だというのに彼は何の工夫もなく拳を振るうだけだ。とても本気でかかってきているとは思えなかった。
「……ふざけ、ないでくださいーー」
ラングの押し殺した声が聞こえる。問は、激情をもって答えられた。
*
「ふざけないで、くださいよ……先生!」
足が止まる。拳が下がる。問われた言葉に怒鳴り返した。
「なにが本気で、ですか!なにが機会を逃すですか!あなたこそ!やる気なんかはなっからないじゃないですか!」
疑問だった。なんで王を逃したのか。なぜここまで優位に立てるのにさっさと王を殺さないのか。
「……何を言い出す。私は見ての通り本気だぞ、王都にも侵入し王城を襲ってーー」
それもだ。結局僕がいなくても王都には侵入出来てる。なら僕を連れ出した意味はなんだ。
「じゃあなぜ王を逃したんです!?奇襲は気づかれる前に行う、あなたが言ったことだ!なのにあなたは王を逃すくらい時間をかけた、優位に立ってたあなたが仕損じたはずがない!」
導師の力があって奇襲したなら、ありえないことだ。王にはそれを止める力なんてない。なら、先生は奇襲をしなかったのだ。王が逃げられるくらい余裕を見せたのだ。絶好の機会を投げ出して。
「ーーアレが思いの外うまく立ち回っただけだ。それにこうしてきっちり殺しに来てるだろう」
「本当にそれが目的なら、僕らを真正面から相手にしてる意味がない。あなたは、最初から王を殺すのなんか二の次なんだ!しかもあなたは、僕らに攻撃をしているくせに傷つけようとしてこない!僕らに、僕に、何をさせたいんです!マコト=ゲンツェン!」
それを確信したのはついさっきだ。魔力を使って先生を殴ったときだ。
アルシファードさんの魔法は分解された。ヒルグラムさんの剣は弾かれさばかれた。そして僕の拳も、避けられた。
そう、避けたのだ。
おかしいじゃないか。
なぜ、僕たちの体を分解しない?
剣を振るう腕を、殴りつけてきた拳をバラバラにしない?
構造が複雑で攻撃に使えないからか?
違う。僕は森で
発動の余裕がなかったからか?
違う。僕たちでは到底叶わないほど先生の身体能力は高い。
理由なんてひとつしかない。
先生が僕たちを分解しようと、傷つけようとしなかった。それだけだ。
「僕たちが邪魔で排除したいならとっとと分解すればよかったじゃないですか!それをしようとしないで受け身一方になって!手を抜いてるのはどっちなんです!」
睨みつける視界が、にじむ。
格好悪い。なんでこんなに腹が立ってるのに、僕は泣いてるんだ。
先生はぽかんと、目を丸くして立ち尽くしている。あんな顔ははじめて見た。今なら殴って止めるくらいできそうだ。でも、そんなことより、答えが聞きたかった。
*
ーー怒鳴るラングの言葉は、理解できた。だが言葉の意味は理解できてもその意味するところはわからなかった。
(手を抜いていた?私が?)
そんなはずはない。予定通りやってきたはずだ。マウリアを離れて、ラングが逃げ出したのだって想定内だ。プレイシタを潰して王都に侵入してーー。
遠くの地面で横たわる、アルハンドラを見る。そうだ、ラングの言うとおりだ。なぜ私はすぐにアルハンドラを殺さなかった?それで、終わったのに。
「わたし、はーー……」
黙るわけにいかない。反論しなければいけない。ラングの言葉を否定しなければならない。そうしなければなにかよくないものに、気づいてはいけないものに気づいてしまう予感があった。だというのに言葉が続かない。
「そうか、私は……」
黙ってしまって、気づいてしまう。私が望んだもの、望んだこと、その本質。求めているものの正体に。
気づいたら無視できなくなった。そして答えを求められている以上、黙り続けることも出来なかった。
だから、仕方ない。仕方なく口を開いた。
「ああ、そうだな。その通りだ、その通りだったんだな」
語る言葉はひどく穏やかになる。ため息が出て、ラングの方に向き直る。そうして口にしたのは、何より素直な言葉だった。
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