第94話 再会の従者(38)

 踏み込み、大上段から切り降ろされるヒルグラムさんの剣に、先生は拾った小石を瞬時に剣と置き換えて武器を得る。


「攻撃が単調だぞヒルグラム。それでは陽動とバレてしまう」


 ヒルグラムさんの剣を受け止めた先生に放たれたアルシファードさんの炎はしかし、先生が声を発したことで導師の力をもって分解され消え去る。


「お前もだアルシファード。目だけで私がお前たちを捕らえていると思うなよ。特にお前の場合魔術の詠唱がある。聞こえていれば対応もできるというもの、だッ!」


 そう言いながら先生はヒルグラムさんの剣を払うとその勢いのままヒルグラムさんへ回し蹴りを叩き込む。屈強な体を持つヒルグラムさんが容易く吹き飛ばされ地面に転がった。

 次いで先生の声で起動した物の置き換えが、アルシファードさんの足元から巨大な岩を出現させる。突き上げられる形になったアルシファードさんは岩肌を蹴って体制を整えるも攻撃の手は止まってしまう。


「ッああ!」


 一瞬動きの止まった先生に、短刀を突き立てようと飛びかかる。だが、手足に重くのしかかる重圧はただでさえ速くない僕の動きを更に鈍らせる。


「結局懲りずに奇襲か。それもなんの力もないお前が。呆れたものだな、ラング」


 突き出した短刀は先生に届く前に手首を掴まれ払い落とされる。そのまま足を払われて無様に転ばされてしまう。


「闇雲に突っ込んで来るのがお前の試すことか?それではそこいらの子どものほうがまだしも頭を使ってるぞ」


「そんな、わけ……!」


 言い返しながら、先生の足首を掴む。先生がため息をつきながら僕を見下ろして、それに気づいた。


「どきなさいラング!」


 アルシファードさんの叫び声に先生が振り返る。と、先程先生が生やした巨大な岩の上を、黒い塊が疾走してきていた。


「ブラックリベリオンーー!」


「は、無茶ばかりするーー!」


 かわそうとする先生の足を、力いっぱい掴む。どのみち今からじゃ僕は逃げ切れない。それに、多分先生はーー


「本当に、まだまだ単調だよラング、簡単にものを考え過ぎだーー」


 その言葉をもって、先生は力を振るう。目に見えないそれが突進してくるブラックリベリオンの先端をバキバキと解体してーー


「ち、厄介なものをーー!」


 いかない。ブラックリベリオンの表面はバチバチと光を放ちながら破片へと変わっていくが船体が崩れる気配はない。突進の勢いは壁にぶつかったように押し留められているが、じりじり先生へ近づいている。


「ええ、あんたの力は見せてもらった。王城でのことも今の戦いもそう、あんたは物体の構造を看破し置き換え分解することはできる、でも全く異質の魔術が複数同時に刻まれていたら、それを全部分解しないと無力化出来ない!」


 アルシファードさんが船体の上から叫ぶ。


「これの船体には私の持つあらゆる魔術防御が施してある!防げるもんなら、防いでみなさい!イグニ・テイオス・ネランティブーー!!」


 右手を翳して高らかに響いた詠唱と同時に、ブラックリベリオンの船体後部に刻まれた魔術陣たちが一斉に起動し突進を後押しする。


「ぐ、ううう……!」


 僕の前に立つ先生がうめき声を上げる。頭を抑えてよろめく先生の目前に船が迫る。


「おおおらあぁぁぁぁぁ!!」


 その先生の背後。僕の後ろから、雄叫びと共にヒルグラムさんが突進してくる。腰だめに構えた剣が突き出され、背後から先生に襲いかかった。


「ッ、助かったよヒルグラムーー!」


 言うやいなや、先生は僕を振り払いヒルグラムさんの剣を素手で掴み取る。溢れる血を気にも止めずそれをブラックサンライズの方へ突き出した。

 瞬間、バチバチ!と激しい閃光と音が響き、一気にブラックサンライズの船体が分解され始める。一度崩れ始めた船体はあっさりと形を失っていき、やがて完全に破片となって崩れ落ちた。


「いや、今のは危なかったな。お前の剣が魔術を弾いてくれなければ船体を分解しきれなかった」


 カラン、と血に濡れた左手から剣を落とした先生は唖然とするヒルグラムさんへ向き直る。


「おかげで百数十年ぶりに怪我などしてしまったな。誇っていいぞ、三人とも」


「減らずぐち、を……!」


 足場を失い地面へ叩きつけられたアルシファードさんが咳き込みながら先生を睨みつける、がその目には色濃く悔しさが浮かんでいる。アルシファードさんにとって今のは切り札だったのだから。


「しかしそろそろネタ切れか?ああ、だとしたらやはり私の勝ちか」


「……ま、だです……」


 息を、吐き出す。起き上がって、先生を見上げて。


「なに……ーー?」


 見下ろした先生に向かって、握った拳を思い切り突き出した。なんのひねりもない、ただのパンチ。

 しかし、その拳はバシン!と先生の頬を打つ。


「……え……?」


 呆然とするアルシファードさんの声が聞こえる。よろめいた先生へ、一歩踏み込んで、もう一度拳を振るう。

 今度は先生も気づいてすぐ受け流す。


「ン……!?」


 が。腹を押さえて先生がよろめいた。息を、吸い込む。重い体を振り向かせて、痛む右手を握りこむ。


「……何をした、ラング。お前、私に……」


「……殴りました、先生を」


 賭けでしかなかった。失敗したら僕は死んでいた。でも、試さないわけにはいかなかった。


「ずっと、体が重かったんです。僕が先生を相手にするのが嫌だからだと思ってた。でも違った……だって王城にいたときはそんなことなかったから」


 体の重さは気分のものじゃなかった。本当に、重さが体にかかっていたんだ。ここ一帯が、僕が重く感じるもので満ちていたから。


「ああ、そうか……お前の持ってるものが、あったな……!ラング、お前……!」


 先生が、こんなときなのに心底嬉しそうに笑う。


「魔力の重さを感じる性質ーー!ラングお前、な!?魔力に触れ、物質へと変化させる能力に!」


 知らない。先生が何を言ってるのかは、わからない。今わかるのはーー


(先生を、止められるかもしれないってことーー!)


 言葉もなく、踏み込んだ。

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