第93話 再会の従者(37)
僕たちに対峙したまま、先生は無警戒に腕を組んで話す。
「なあ、ヒルグラム。お前は冒険者となって力をつけ、故郷のアイスレフを変えるのだと言っていたな。氷だらけで生きていくのがやっとな環境を良くすると」
「ーーああ。そう思って冒険者を始めたんだ。金も稼げる、魔術師とも会えるってな」
先生はヒルグラムさんの言葉に頷き、メガネを押し上げる。
「だが、そんな環境で生きていかなくてはならないのはなぜだ?魔術が自由に使えていればそんな氷だらけの悪環境のまま生きていく必要はない。或いはアイスレフを離れて街で暮せばいい。そのそちらも出来ないのは、そこのレコンキングス王が魔術使用を制限し住民の移住を王都での許可制にしたからだ」
「それは、そうだが……」
ヒルグラムさんがいい淀む。確かに魔術が自由に使えるならアイスレフの居住環境は大きく変わっていただろう。あるいは他の町に移り住めたかもしれない。
「アルシファード。お前なんかはもっとわかりやすい。魔術研究のために王都へ連れて行かれたのは、王の命令があったからだろう。それがなければお前も今頃こんなことには巻き込まれなかったろうに」
「……ええ、そうかもね」
視線をアルシファードさんに向けた先生の言葉に、アルシファードさんも頷く。アルシファードさんは王の出した命令で王都に半ば連れ去られたようなものだ。王による被害者、と言っても過言ではない。
「こうして考えれば、お前たちが王を恨む理由こそあれ守る理由はないように思えるがな。ラングはともかく、お前たちが協力する理由がわからん。今からでも考え直してはどうだ?」
先生はそう言って二人を見る。確かに、先生の言うとおり二人には王を恨む理由もある。
「いや、俺は結構だよ。あんたと戦うさ。俺は騎士だしな、理由には十分だろ」
「私は正直王を守る理由なんてそうないけど。あんたをぶっ飛ばす理由があるのよ。だからお断り」
剣を構え直すヒルグラムさんと鉱石を取り出すアルシファードさんに、先生はふう、とため息を着く。
「つくづく手を焼かせる奴らだ。ああ、面倒くさい……」
腕組みを解いた先生へ、僕がなにか言うより先にヒルグラムさんの剣が閃いた。なんの予備動作もなく、振るわれた剣先はしかし先生を捉えることなく空を切る。
「は、バカみたいな大振りじゃあないか」
その声をもって発動した魔術が炎となってヒルグラムさんへ伸びる。
「お、らあ!」
気合一閃。ヒルグラムさんは炎を避けようともせずその場に踏みとどまり、振るった剣を力任せに袈裟掛けに切り上げて炎を両断する。
「ン、なんだその剣。炎を無力化……いや弾いたな。成る程、さては魔術への反発機能だな」
「エクプリス・オド・エレコーー!」
先生の言葉を遮って、詠唱が聞こえた直後に轟音とともに爆発が起きる。先生を中心として起きた爆発に僕たちが巻き込まれる前に、巨大な壁が地面から立ち上がる。先生の周囲を四角く覆った壁越しに、アルシファードさんが鉱石を構える。
「戦闘中に呑気に観察してるんじゃないわよ!」
壁の上から投げ入れられた鉱石が、先生の真上で輝く。瞬時に鉱石から解放された大量の水が降り注ぎ、壁の中を満たす。溢れ出した水が周囲を濡らして、しばらく波打った水の音が収まると、不気味な沈黙が下りた。
「……先生?」
数歩、壁に近づく。まさか、と頭が冷静になる。先生だって導師の力という規格外な力はもっているけれど、アルシファードさんの魔術だって大概だ。もしかしたら、いまので先生はーー。
そんな不安で近寄った壁の向こうから、僅かな音が聞こえてきた。
ーーサラサラ、サラサラ。何か細かい粒が流れているような、そんな音が。
「離れなさい!ラング!」
アルシファードさんの叫びが聞こえたのと、壁に穴が空いて水が吹き出してきたのはほぼ同時だった。
逃げるまもなく激流に身を拐われそうになったのを、ヒルグラムさんが拾い上げてくれる。崩壊した壁の瓦礫を器用に足場にして水を避ける。
「やれやれ、今度は遠慮なく来たな。魔術と物理の絡め技、爆発を防げても水攻めは魔術防御じゃ防げないからな。いい攻撃だ……」
そう言いながら姿を現した先生にアルシファードさんが歯噛みする。
「そういう評価はせめて少しでも効いてから言ってほしいわ、髪も濡らさず言われてもね……!」
「ン、そうか。急だったからな、つい全て防いでしまった。すまないな」
涼し気な言葉を聞きながら考える。アルシファードさんもヒルグラムさんも全力だ。でも、先生は傷一つ負わない。これでは止めることなんて出来ないし、こちらの命が危ない。
(どうする……?なにが、できる……?)
魔術は効かず、剣も効かず。そも好きに物を置き換え出来てしまうのなら何であれ防がれる。まして、僕に戦う力なんてない。
ここに至ってようやく、今更に痛感する。ここにいてできることなんて何もないと。
無力感が体を重くする。今までだってわかってた。見ないふりをしていただけだ。工房にいた時だって、ずっと気持ちも体もどこか重かった。
「ッたく、つええなおい!剣も持たず魔術も使わず!防戦一方なのに傷一つないときた!」
僕を下ろしたヒルグラムさんが突然、大声を張り上げる。
「けどなあ!こっちだってまだ生きてんだ!負けてはねえよなあ!」
「……ヒルグラムさん……」
「どうしたラング。できることがないってへこんでるのか、絶望してるのか」
僕に振り返ったヒルグラムさんは、いつも見せるのと変わらない笑顔を向けてくる。
「なら、前を向け、背筋を伸ばせ、胸を張れ。下を向いて無力を嘆くな。お前が持ってる武器は、そんなとこにはないだろ?」
言われて、唇を噛む。
ああ、その通りなのだ。
僕はいつも、力なんてなかった。
「ちゃんと立ちなさい、ラング。やっていないことが、まだあるでしょう」
ヒルグラムさんの隣に、アルシファードさんも並び立つ。
「あなたは魔術も剣も、ついでに商才も持ってない。だからこそ、従者になったんでしょう?」
その通りだ。
僕は今までも、才能なんてなかった。だから従者になったのだ。
でも。
それでも。
そうだとしても。
「まだ、やれることはあるはずなんだ……だって、まだやってないことはあるんだから……!」
そうだ。試してないことならたくさんある。出来てないことはたくさんある。
たとえ僕に出来なくたって、二人にできることもたくさんある。
才能も力もなくっても、何も出来なかったわけじゃない。何もしてこなかったわけじゃない。
試すことはできる。動くことはできる。たとえ望んだ結果が出なくても。自分には出来ないと確認するだけになったとしても。
立ち上がって、顔を上げる。背すじを伸ばして胸を張る。それでも重い体を、息を吸って突き動かす。
「私なりに気を使ったのだがな、お前たちでは勝てないと教えたつもりだった。言葉でなければ伝わらないか?」
「いいえ、勝ちます。先生を、止めます!まだ僕は、諦めない!」
声を張り上げる。たとえ光明なんか見えてなくても、折れたくないから。
だって。
「だって、僕の武器は、それだけだから!諦めないで全部試す、ずっと求める、それだけなんだから!」
足の震えは止まり、睨んだ先には先生が居る。求める未来はまだ、諦めない。
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