第92話 再会の従者(36)
アルシファードさんに抱えられ混乱する市街を飛び越し工房へと戻った僕は、変わり果てた情景を目の当たりにした。工房の上にあった小屋は木っ端微塵、周囲に広がっていた平原もところどころ火の手が上がっている。
「先生は……!」
アルシファードさんが着地したのと合わせて僕はアルシファードさんの腕から飛び降りる。自力で走ってきているヒルグラムさんが到着するまで少しかかるだろうが、今は戦力が整うのを待つ余裕はない。
見回した景色の一点、光が弾けたのが見えた。僕たちの立つ位置から百数十メートル先、王都の外壁近くからだ。それに気づいてアルシファードさんに声をかけようとした瞬間、僕の真横を何かが通り過ぎた。一瞬遅れて轟音が響き僕の体は衝撃で地面を転がる。
「ラング!無事!?」
「な、なんとか!一体なにが……!」
アルシファードさんに返事をしながらなんとか立ち上がる。地面を抉って飛んできたものの行方を視線で追った。
そして、それに気づいた。赤い、線が地面に残っている。鉄の匂いを感じる。飛んできたものの正体を見て、叫ぶ。
「レコンキングス王!」
駆け寄って確認した彼の姿はひどいものだった。身につけていた外套も正装もボロボロにちぎれて、玉座の間で会った威厳ある姿とはかけ離れていた。体には大小様々な傷がこれでもかと付けられていて、激戦ぶりが窺える。今し方地面を抉って吹き飛ばされた傷は特に大きく、かなりの量の血が流れてしまっている。
「アルシファードさん!魔術で治療を……!」
「おいおい、そんな余裕があるとでも?」
耳元で聞こえた声に振り返る。真上から振り下ろされた剣先が僕に当たる前に、派手な金属音を立てて弾かれた。
「む、悪運のいい……」
いつの間にか真後ろに近づいていた先生が呟く。弾かれ手を離れた剣が地面に落ちるより早く、踏み込んできた騎士の剣が振るわれる。が、先生はすぐさま後ろに跳んでひらりと剣をかわしてみせた。
「っぶねえなあ……!」
「ヒルグラムさん!」
真後ろから僕に向けて振るわれた先生の剣を弾いてくれたのは駆けつけたヒルグラムさんだった。左手には見覚えのある、ガンドルマイファさんの拳銃が握られていた。
「間一髪間に合ったか、怪我はねえなラング!」
「は、はい!」
返事をしながら先生から距離を取る。ヒルグラムさんと共に、先生と対峙する。
「ふむ、奇襲のなんたるかを教えた直後に私が失敗するとはな。やれやれ、これではいよいよ指南役は名乗れんな」
肩を竦める先生に向けて、ゆっくりと深呼吸をしてから口を開く。
「先生、もう、やめてください。王を殺してなにになるんですか」
「まだそんなことを言っているのかラング。なにになるか、なんて私にとっての話でしかないだろう。お前がそれを問う意味がない」
切り捨てられた回答に歯噛みする。先生は問答をするつもりなんてない。わかっていることではあった。それでもと決めていた。
「じゃあ言い換えます。僕は、先生に人殺しなんてしてほしくない。だから、やめてほしいんです」
先生が言ってることは自分勝手だ。そして、僕も。だから互いの理屈なんて通らない。勝手を押し付け合うしかない。
先生は僕の言葉にキョトンとして、しばらく黙ってから、辺りに響くほど爆笑しはじめる。
「は、ははははは!殺してほしくない、ときたか!私に、人を殺すなと!はははは!こいつは、たまらん!」
「なにが、おかしいんです……!」
「なにが?そうだな、お前の前提がだ、ラング。私が何人殺したと思ってる?どれだけの命を奪ったと?その私が今更人殺しを気にすると思うのか?」
それは、そうだ。今更と言われれば今更のことでしかない。それでも、だ。
「それでも、奪う命に今更なんてありません……!たとえ今までどれだけ命を奪っていても、今生きている人たちとは別の命です……」
「……ああ、そうだな。だが、逆に聞くがな。お前たちがそいつを守りたい理由は何だ。むしろ、殺したい理由だらけだろうに」
そう言って先生がレコンキングス王を見下ろす。
「それは、どういう意味かしら」
王への処置を終えたアルシファードさんが僕の隣に立つ。腕を組んだ先生はふむ、と頷き答えた。
「ああ、なんだ。考えなかったのか。お前たちの今居る現状は、そいつのせいだと」
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