第91話 再会の従者(35)

 ガラリ、と石の崩れる音がして、自分の意識がまだあることを理解する。体を起こす。僅かな痛みもなく、不自由はない。


(なにが、どうなった……!?)


 一瞬で意識は覚醒する。あまりの光景と衝撃で気を失っていたようだが、怪我はない。その理由はすぐわかった。


「ヒルグラムさん!」


「おお、なんとか無事、か。よかったぜ……!」


 僕のすぐ後で、鎧姿のヒルグラムさんが答える。ヒルグラムさんの鎧の腕部分に魔術陣が浮かび、円形に大きく広がっている。魔術陣は盾のように落下してきた瓦礫を受け止め防いでくれていた。その真下にいた僕とヒルグラムさん、そしてアナイさんは怪我一つなく済んでいた。


「みんなは……!」


 辺りを見回す。さっきまで中庭だった場所は、崩れてきた二本の塔によって原型を留めず破壊されていた。中央にあった噴水や綺麗に植えられた植物は無残に押しつぶされ見えない。そして、建物の前に倒れていた何人もの騎士たちの姿も。僕らの後ろにいたブラックサンライズの乗組員たちもだ。そしてーー


「ちょっと!返事しなさいよガンドルマイファ!」


 叫びが聞こえた。声のした方に振り向くとアルシファードさんの姿があった。安堵したのもつかの間、彼女の前に瓦礫に半身埋まったガンドルマイファさんの姿が見えた。

 慌てて駆け寄って状態を確認する。ガンドルマイファさんの腰から下が瓦礫に挟まれ動けなくなっていた。


「ン……おお、生きてたかアルシファード。そりゃよかった……ッて、ぇ……」


 意識を取り戻したガンドルマイファさんはアルシファードさんの顔を見ると笑顔を浮かべ、しかしすぐに痛みに顔を歪ませる。


「なんで私をかばったりしたの!あのくらいなら魔術で防御も出来た!なのになんで……!」


 怒鳴りつけるアルシファードさんの声を聞きながら、ヒルグラムさんがガンドルマイファさんの足を挟んでいる瓦礫を持ち上げる。上半身は皆が身につけていたチェーンメイルの魔術が効いたのか怪我してる様子はないが、ガンドルマイファさんの足は一見して重傷だった。ズボンをじんわりと血が濡らしていて、それが瓦礫に広がっていく。


「ああ、大声出すなよ……おめえ、あの状態じゃ魔術なんて発動できねえだろ……俺も動けたのは偶然みたいなもんだしな……」


「だったら!逃げなさいよ自分だけでも!昔だってそうしてたじゃない!私が連れてかれた時だって、さっさと騎士に差し出して自分は逃げて!あんたは、そういう奴でしょう!?」


 ガンドルマイファさんはああ、とバツが悪そうに笑う。


「そうだな、そうだ。俺はあんときお前を守れなかった。だからよ、もう一回会えたら絶対守るぞって決めてたんだよなあ。自分勝手しか出来ないからよ……わるいなあ……」


「ほんとよ!ふざけないで!今更親みたいな顔して、なんなのよ……!」


 体を震わすアルシファードさんの肩をヒルグラムさんが掴む。


「おい、そのへんにしとけ。親父さんこのままじゃ危ねえ。アナイ!治癒魔術だ!急げ!」


「は、はい!」


 駆け寄ってくるアナイさんの背後でガタガタと瓦礫をどけて立ち上がる人影があった。いくらか怪我をしているがブラックサンライズの乗組員たちだ。やはりチェーンメイルの魔術が発動していたようだった。


「……ほれ、何突っ立ってんだ。ラング、お前らはあの女を追えよ。どこ行ったかはわからんが放っておけねえだろ……」


「そう、ですけど……」


 ガンドルマイファさんにそう言われて、一瞬ためらう。もちろん先生が王を殺すのを止めなきゃならない。けどこうも一瞬で圧倒された後ではその足も重い。


「……言われなくたって行くわ。あんたはそこで寝てなさい。戻ってきたら言いたいことも山ほどあるからね」


 そうして迷う僕の横でアルシファードさんが立ち上がる。目元を拭って、ガンドルマイファさんにそう言うと僕らに見向きもせず歩き出す。


「ヒ、ヒルグラムさん!ガンドルマイファさんたちのことは、私が診ますから……!」


「ああ、頼む」


 短く答えたヒルグラムさんも、立ち上がった。アルシファードさんの後ろに続く姿を見て、思い出す。


(僕は……背中を追うだけじゃだめなんだ……!)


 自分で決めたのだ。先生を止めると。

 自分で選んだのだ。皆を巻き込むと。

 だから、もう誰かの後をついていくのではなく、自分で歩かなきゃならないんだと。

 思い直して立ち上がる。ヒルグラムさんたちの背中を追って、追い越して、アルシファードさんへ追いつく。


「アルシファードさん。先生の居所、わかるんですか」


「……レコンキングス王のほうはわかるわ。たぶん、私達のいた工房よ」


 追いついてきた僕を一瞬だけ見て、アルシファードさんは答える。


「なら、急ぎましょう。まだ、なにも終わってない……」


 二人が頷いてくれたのを確認して、走り出した。


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