第40話 帰還(4)

 マウリアに帰還した僕は、朝日と共に起きた。両親より先に起きたのははじめてで、少し肌寒い空気を感じながら着替えて、寝床から外に向かう。外に出るとまだオレンジ色の日が出たばかりで、町の中へ日が届きはじめたところだ。いつも学校へ向かう坂道を登って、坂の上に出ると丁度強い日差しが校庭を照らしていた。


(ううん、結構ぎりぎりだな……)


 ポケットから取り出した小さな青い鉱石を太陽光に向ける。アルシファードさんに訓練してもらっている時毎朝やっていたこの作業は日課として残していこうと思ったのだ。筋力トレーニングになるのももちろんだが、せっかくアルシファードさんから受け取った習慣を手放したくないと思ったからだ。


(この石も何かになるかもしれないし)


 まだ重さのない鉱石を太陽光に向けたまま見つめる。青い鉱石は太陽光を透けて通して、青い陰を手のひらに写す。この鉱石はドラゴ・アイというらしい。竜種の瞳に似た色をしていることからこの名前を冠しているとのことで、それなりに高価で取引されている。また、魔力を貯め込める石の一種ということで需要も多い……らしい。このあたりはアルシファードさんから聞きかじったことなので直接見たわけでもないが。


「ほう、ドラゴ・アイか。随分高い買い物をしてきたんだな?」


 後ろから声をかけられて振り向くと、さらりとした金髪をなびかせた長身の女性の姿が見えた。


「あ……先生。おはようござい、ます」


「ああ、おはようラング。そしておかえり。今回は契約書の機能をしっかり使えていたようだな」


 それにはコクリと頷く。しっかり転送魔術も使えたし、契約時に起動が視認出来るようにしてもらっていたから間違いない。報告にすぐ来なかったのも、先生が僕の位置を確認できていると知っていたからだし。


「それで?そのドラゴ・アイはどうした。まさか本当に買ったわけじゃあないだろう?」


「あ、はい。これは雇い主だった魔術師の方にもらったんです。卒業記念、って」


 そう説明すると先生は眉をしかめる。


「卒業記念?なんだ、まさかアレから魔術を習ったのか?」


「あ、はい。予定より早くダイアストに着けたので、残った四日間だけ。結局、魔術の発動も出来ませんでしたけど」


 先生はそれを聞くと口元を手で多いながら眼鏡を人差し指で持ち上げ呟いた。


「アルシファードめ、余計なことをーー」


「え?あ、いや、頼んだのは僕の方でーー」


「尚更だ。全く……アレもアレならお前もお前だぞラング」


 ため息をつく先生に首をかしげながら、ドラゴ・アイをポケットに仕舞う。魔術を習ってきたことになんの問題があったのだろう。


「あのなあ……お前の先生は、誰だ?」


「あ。」


 その一言で十分だった。そう、契約書を作ったのは先生で、アルシファードさんを紹介したのも先生だ。であれば、アルシファードさんの実力は知っているだろうし、何より学びのことでいえばわざわざ僕に時間を割いてくれている先生に先に相談するのが正しい。


「す、すいません!でもあの、必要ではあったというかあの場ではそれしかなかったというか……!」


「まあ、いい。後でゆっくり聞いてやる。とりあえず用が済んだなら家に戻れ。私もまだ眠い」


 言われて思い出した。そうだ、まだ朝日が昇ったばかりで、学校に先生が居る時間じゃないはずだ。


「あの、先生はなんでーー」


「ああ、ここに来たか、か?学校の敷地には侵入者が検知できるよう魔術をかけてあるからな。お前が入ってきたものだから起こされたんだ。後でその分も説教だ」


 なるほど、納得でありやらかしである。今度から場所を変えよう。先生は僕にいうだけ言って背を向ける。僕も先生に一礼してから坂道を下る。いつのもの見慣れたマウリアの町の景色は、朝日で妙に輝いて見えた。

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